思いがけない対戦相手

     ◆(三人称)


 静寂せいじゃくにつつまれていた会場に、健闘けんとうをたたえる拍手はくしゅがわき起こる。これまでの試合では見られなかった光景だ。ひとまず、ジェネラルの敗北はいぼくという事態じたいがさけられたことで、観衆かんしゅう安堵あんどの表情を見せた。


 ギル――に『扮装ふんそう』したスプーは、温かい拍手に送られ会場を後にした。観衆から「よくやったな」「ナイスファイト」と相次あいついで声をかけられたが、何の感情もいだかず、顔色かおいろ一つ変えなかった。


 スプーの表情はしぶかった。しかし、それはくやしさからくるものではない。ジェネラルの手ごわさが予想以上のものだったためだ。


 意表いひょうをついて、だまし討ちさえすれば、自身でもどうにかなる相手と考えていた。スプーは戦略せんりゃくの変更を余儀よぎなくされた。


 人影ひとかげのない通路まで引き上げ、壁に背をあずけて一息ひといきついた。物陰ものかげからヌッと現れたネクロが歩み寄り、「しかったね」とねぎらいの言葉をかけた。


「とりあえず、ムキになっていた理由を聞いておこうか?」


 スプーはジェネラルと戦う理由をネクロに伝えていなかった。直情ちょくじょう的で思慮しりょの浅いネクロを信頼していないところがある。


「私の力がどこまでジェネラルに通用つうようするかためしておきたかった。場合によっては、我々が『根源の指輪ルーツ』を手に入れなければならない事態も考えられる」


 スプー達の当面とうめんの目的――それは〈とま〉の最上さいじょうそうに眠る『源泉の宝珠ソース』の奪取だっしゅだ。そのためには、ジェネラルが所持する『根源の指輪ルーツ』の入手にゅうしゅが絶対条件となる。


「何を張り切っているのかと思ったら、そういうわけか。でも、それはインビジブルがやると言っているんだから、任せておけばいいさ」


「やつは元々もともとこの国の魔導士まどうしだ。信頼にあたいしない。それより、次はお前の番だぞ。くれぐれも出過ですぎたマネはするなよ」


 スプーが鬼の形相ぎょうそうでネクロをにらみつける。まだ、先の試合による興奮こうふんがおさまっていない。


「わかってるよ。でも、『最初の五人』については話してもいいんだろ? まあ、念のため、先にあやまっておこうかな。やっぱり、直接人間をあやつってる時はカッカするんだ」


 ネクロは会場のすみに待機たいきさせた貴族型ゾンビの直接操作に取りかかった。


    ◇


 いよいよ、試合がせまってきた。緊張きんちょうで胸が高鳴たかなり、一つ前の試合は見ているようで見ていなかった。


「がんばれよ。僕らの生活が君の肩にかかっているんだぞ」

「負けたら承知しょうちしないからね」


 ロイとクレアにプレッシャーをかけられながら、スコットと一緒にフィールドへ向かう。ふと敵陣てきじんを振り向くも、まだトレイシーは姿を見せていない。


「よし、ウォルター。最後のおさらいだ。ジェネラルが見せた『防壁ぼうへき』は『風』にとって天敵てんてき中の天敵。あれをきずかれたら一巻いっかんの終わりぐらいに考えろ。とにかく、先手せんてを打ち続けてそのひまあたえるな」


 『氷』は絶大ぜつだい破壊はかい力と鉄壁てっぺきの防御をほこ反面はんめん構築こうちくまでに時間をようする技が多い。『水』と連携れんけいさせるのは、それを促進そくしんさせて欠点けってんおぎなうためでもある。


 『風』が優れているのは機動きどう力。猪突ちょとつ猛進もうしんと言われようが、長所ちょうしょをいかしてバカ正直にたたみかける。長期ちょうき戦はもってのほか――というのがスコットの持論じろんだ。


「よし、『風』の底力そこぢからを見せてやろうぜ」


 スコットの何とも言えない応援に送り出され、消えかけの目印めじるしがついた所定しょていの位置につく。まだトレイシーは現れない。さっき事務局に問い合わせたら、すでに会場へ来ているという話だったけど。


「ウォルター、がんばってくださーい!」


 スージーの元気な声援せいえんがとんだ。観衆からちょっと笑いが起こった。


 ほどなくして、人ゴミの中から男がフィールドへ出てきた。ちょうど真向まむかいの位置についた男に顔を向ける。唖然あぜんとなった。我が目を疑った。


 ふいに先日せんじつの記憶がフラッシュバックする。その立ち姿に見覚みおぼえがあった。


 男とは廃村はいそんで出会った。しかし、トレイシーではない。血色けっしょくの悪い肌にダラリとたれ下がった左腕。僕達を散々さんざん追いかけ回したあの貴族型ゾンビだ。


 男がこちらを見た。間違いない。顔をななめにかたむける、ちょっとしたしぐさまでそっくりだ。あの時、あいつは死んだはず。そうでないなら、あの黒こげの死体は誰だと言うのだろう。


 周囲を見回す。なぜ、誰も疑問に思わないんだ。どう見ても、あいつはトレイシーじゃない。制服だってボロボロだし、だいいち、あれは〈風の家系ウインドミル〉のものじゃないか。


「始めてください!」


 考えがまとまらないうちに、試合が始まった。この会場にはトレイシーを知っている人間が誰一人としていないのだろうか?


 男がいきなり歩き出す。しかし、数歩進んだところで立ち止まり、不気味ぶきみな笑みをうかべながら、ふいに手招てまねきした。足がすくんでなかなか動かない。


 男はおどけるように両手をあげてから、再度さいど手招てまねきした。不用意ふよういな行動は命取いのちとりになる。けれど、行かなければ。あいつには聞かなければいけないことがある。


 男のさそいに乗った。歩調ほちょうを合わせるように、センターラインまで進み出る。僕らの不審ふしんな行動を見て、会場がざわつき出す。


「何か聞きたいことがあるんじゃないか?」

「……あなたはトレイシーじゃない」

「そうだ。私はトレイシー・ダベンポートではない」


 男はあっさり認めた。目的は何だ。なぜここに来たんだ。


「しかし、まわりの反応はどうだい? 君と連中との認識は一致いっちしてるかい? 私がトレイシー・ダベンポートでないと、一人でも疑っている者がいるだろうか?」


 その点が釈然しゃくぜんとしない。視線をめぐらしても、観衆の様子に異変いへんは見られない。僕らの行動をあやしんでも、目の前にいる異常な身なりの男についてはあやしんでいない。


「君が正しい。事実、私はトレイシー・ダベンポートではない。けれど、まわりの連中には、私がその男に見えているのさ」


 簡単に受け入れられる話ではない。けれど、そうとしか思えない。つまり、この男は他人に成りすませる能力者であり、僕にだけ本当の姿を見せているということか。


「君が正しい。君が正しいんだよ、トリックスター」

「……どうしてそのことを」


 思わず動揺どうようしてしまい、男がしたり顔を見せた。


「まわりの連中には秘密だったのかい? この体の真の姿を見きわめられる。君がトリックスターである何よりの証拠しょうこじゃないか」


 そういえば、あの女もよく似たことを言っていた。それに、この男は雰囲気ふんいきがよく似ている。得体えたいの知れないうす気味きみ悪さがそっくりだ。


「私はローメーカーの使いでこの国へ来た」

「……ローメーカー?」


「かつての同志の名を忘れてしまったのかい?」

「あなたが何を言っているのかわからない」


 自分をふるい立たせるように、言葉に力をこめた。そうしなければ、相手のいきおいにのまれそうだった。


 立会人たちあいにんに「もう始まってますよ!」とかされる。男は気にもとめない。


「とぼけているわけではないか。ローメーカーも君のことは知らないと答えていたしね。それなら、教えてあげよう。仲間の名を忘れているのも、この〈扮装スプーフィング〉の能力が通じないのも、君が『最初の五人』だからさ」


「『最初の五人』……?」

「少し昔話をしようじゃないか。その二つは同じ出来事にたんを発しているからね」


 男は表情やジェスチャーがイチイチおおげさで、人をおちょくるような態度をとり続けている。


昔々むかしむかしある所に、五人の能力者がいましたとさ。後に『最初の五人』と呼ばれる彼らは、当時、この世界で無敵むてきをほこったエックスオアー――君らが『転覆てんぷく巫女みこ』と呼ぶ女を打倒だとうするため、勇敢ゆうかんに立ち上がりましたとさ。

 さて、五人の名をあげよう。ローメーカー、トランスポーター、エクスチェンジャー、あそこにいるヒプノティスト、そして、トリックスターこと君」


 話の途中、男がパトリックをチラッと見た。〈催眠術ヒプノシス〉のことまで知っている。僕が巫女打倒に立ち上がった? パトリックや、あのトランスポーターと一緒に?


「覚えているかい?」

「覚えていないし、そんなことはありえない」

「どうしてそう断言できる?」


 無言をつらぬいた。返答するのもバカらしかった。自分に記憶を失った記憶なんてない。まあ、理屈りくつは通ってないけど、それを証明する手立てだてはどう考えたってないじゃないか。


「君ら五人は勇敢であり、優秀ゆうしゅうだった。そして、その一人がエックスオアーをあと一歩のところまで追いつめた。それは誰だと思う?」


 だいたい予想はついた。男はもったいぶってを取った。


「君だよ、トリックスター」


 かりに自分が記憶を失っているとして、どんな理由があって、わざわざ巫女打倒に立ち上がるのだろう。出発点からしておかしい。


「しかし、君は最後の最後でしくじった。その結果、君達とエックスオアーは停戦ていせんのために『誓約せいやく』をかわすこととなった。それはローメーカーの能力〈立法ローメイク〉で行われた。

 内容は『全員に関する記憶を世界中の人間から消去する』と『同意を得ないかぎり、おたがいの能力を無効むこう化させる』の二点だ。どうだい、納得がいったかい?」


 これまでの出来事との矛盾むじゅんはないし、すじは通っている。ただ、肝心かんじんなことがぬけ落ちている。それは僕がこの世界の人間ではないこと。この男にそれを言ってもムダか。


 男はなぜこんな話をするんだ。僕よりも僕のことを知っているような口ぶりが、無性むしょう腹立はらだたしかった。

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