開かずの間

     ◇


「時間があるようなら、先に城を見て回りたいな」

「そうです、お城を見学しましょう!」


 第一試合が始まるまでに三十分、ジェネラルの試合が始まるのは、さらにそこから三時間。他の人の試合にも興味はあるけど、先にロイとスージーとの約束を済ませることにした。


 試合会場の外も人が多い。普段なら絶対に見かけない中高年の夫婦を頻繁ひんぱんに見かける。先日せんじつのベレスフォードきょうが開いたパーティーと雰囲気ふんいきがよく似ている。


 それもそのはず、今夜宮殿きゅうでん大会堂だいかいどうで、各地の貴族を集めた歓迎会が行われるらしい。そういう人達にとって対抗戦は余興よきょうの一つと言えるかもしれない。


 僕とコートニーのオフィスが入る東棟ひがしとうは、西棟にしとうとウリ二つな上に、岩のかたまりを整形した感じの無骨ぶこつな建物。見ても感動がないし、今日は立ち入りが制限されている。


正面しょうめんに見えるのが宮殿です」


 正門せいもんから宮殿の大扉おおとびらまで一直線にのびる石畳いしだたみは、ほれぼれする壮観そうかん。だけど、特に用事がないので、ここを通って正門をくぐりぬけたことは一度もない。


 宮殿ははなやかの一言ひとことで、複雑な左右さゆう対称たいしょうの設計と美しい白い壁が印象的だ。こちらの世界では珍しく、窓にガラスが使われ、それが太陽光を反射して光り輝いて見える。


「入れるんですか?」

「どうなんだろう」


 正面の大扉は開いている。大会堂の中をのぞくと、観光客のような見物けんぶつ人が結構けっこういた。ただ、偉そうな貴族の人達ばかりなので、僕らは遠慮した。


「大きな塔ですねー」


 スージーが天高てんたかくそびえる〈とま〉を見上げながら言った。塔の高さ百メートルをゆうにこえ、宮殿の中央から突き出ている。頂上ちょうじょう付近はよく見えないけど、数メートルおきに小さな窓があるのは確認できる。


「無駄にデカいけど、時計塔じゃないよな。防衛ぼうえいの役にも立たなさそうだし、何のために存在しているんだ。実は時計どけい役目やくめを果たすとか、影の長さで季節がわかるとか、そんな感じか?」


「学長が言ってましたけど、てっぺん付近の部屋に、巫女みこがのこした何とかっていう神器じんぎがまつられているそうです」


 コートニーが「私も聞いたことある」と言った。ロイの顔つきが変わった。


「よし、じゃあ行ってみるか」

「たぶん、入れませんよ。カギがかかっているそうですし」


「カギ開けの達人たつじんがここにいるじゃないか」

「普通のカギじゃないみたいです。ジェネラルが持っている何とかっていう指輪がキーになっていて、それも神器の一つだそうです」


 スージーが「漫画とかゲームの話みたいですね」と感想を述べた。


「ほとんどうろ覚えじゃないか。君は言うほど巫女みこに興味がないのか?」

「いや、何か関わってはいけない雰囲気ふんいきがあるんですよ」


 ロイがあきらめきれない様子で〈止り木〉を見上げる。コートニーが「三階に巫女の居室きょしつがあったんだって」と話をそらしてくれた。


「そこには行ったことあるのか?」

「立入禁止です」

「君の巫女に対する思いはその程度か?」


 ロイはそっちにも食いついた。この間の潜入せんにゅうに成功したので気を良くしている。言われてみると、何か手がかりがつかめる気がしなくもない。


 しだいに興味がわいてきたものの、いたずらに危険な橋を渡るなという思いとせめぎ合っている。


「巫女の居室にかずのがあるって同僚どうりょうが言ってたわよ。愛人をかこっていた場所なんじゃないかって噂されているみたい」


「開かずの間……、いいひびきだな。ますます行かなければならなくなったな。お宝が眠っているかもしれないぞ」


 ロイが俄然がぜん乗り気になった。お宝かどうかはともかく、巫女に関する重大じゅうだいな秘密が眠っているかもしれない。


「でも、ただでさえ人が多い日に、わざわざそんな事をしなくても……」

「だからこそさ。逆に警備が手薄てうすになっていると考えるべきだ。それに、僕が城内を自由に行動できるのは今日ぐらいなものさ」


 行くと決めたわけではないけど、下見したみに行く感覚で宮殿の裏手うらてに回った。さいわいにも人気ひとけがない。しかも、宮殿の裏に天然てんねんの城壁――切り立ったがけが立ちはだかっているので、人目ひとめもない。


 けれど、ここからでは大会堂のある一階部分が巨大すぎて、三階部分の様子が全くうかがえない。


「よし、軽く上がってみよう。二人はここで見張みはっておいてくれ」

「えー、また私が見張みはりですか?」

「でも、ウォルターとカギ開けの名手めいしゅたる僕ははずせないだろ。そもそも、見張みはり役をつとめられるのはスージーだけじゃないか」


 スージーは幽霊ゆうれいパーティーの時にあれだけ怖い思いをしたから、トラウマになってるのだろう。ここであの女と遭遇そうぐうすることはないだろうけど。


「私が残ってれば十分じゃない?」


 コートニーの言う通り、スージーが一緒に行けば万事解決だ。けれど、三人で飛ぶとなると、くみ体操たいそうみたいなアクロバティックな状況になりそうだ。


 最終的に、ロイをおぶった上にスージーを抱きかかえるという、見た目は滑稽こっけいだけど、オーソドックスなやり方になった。重力を軽減けいげんすれば、二人分の重量も気にならない。


 まずは一階部分の上まで一気いっきに上がる。宮殿は二階部分、三階部分とだんだん小さくなる構造になっていて、身をひそめるスペースがふんだんにあった。


 こちらは北側なので、二階部分にも三階部分にも窓がない。正面の南側に行けばあるだろうけど、そこへ行くほど僕らは大胆だいたんじゃない。


 さらに三階部分の上に上がり、〈止り木〉の背後はいごに取りつくと、足下あしもとに正方形の穴を見つけた。人一人が入れるくらいの大きさで、鉄格子てつごうしでふさがれている。


「これは煙突えんとつというか、排気はいきこうか。つまり、ここを下りれば、排気を必要とする部屋にたどり着くってことだな」


 巫女の居室にある暖炉だんろ的な場所に通じている可能性が高い。早速さっそく、ロイが鉄格子の取りはずしに着手ちゃくしゅする。


「また、元に戻せなくなったりしませんか?」

「ゲームの当たり判定みたいなのがあって、こういうピッタリとハマっていた物は、向きさえ間違わなければ元通もとどおりにできるんだ」


 五分足らずで取りはずしに成功した。結構穴は深いけど十メートルはない。先に下りても、上の二人は能力の恩恵おんけいを受けられるだろう。僕を先頭にして、一人ずつ穴の中へ突入した。


 その先は広さ四畳ほどの部屋べやだった。ワラがしかれ、部屋の片隅かたすみおけがある。壁や床には汚れが目立めだち、引っかき傷のようなものが多数ある。そこはまるで独房どくぼうのようだった。


「何なんだ、この場所は。巫女の部屋のすぐ近くだから、牢屋ろうやじゃないよな」

「桶が置いてありますし、トイレですかね」

「見てください。動物の毛みたいなのがたくさん落ちてますよ」


 スージーが寝ワラを調べながら言った。自分もそばにしゃがみ込む。ワラに白髪のような毛が大量にからみついている。


「ペットの部屋でしょうか」


 鉄板てっぱん補強ほきょうされた木製もくせいの扉はカンヌキでかたく閉ざされている。それを持ち上げ、ゆっくりと扉を開ける。


 打って変わって、せい反対はんたいの光景が視界しかいいっぱいに広がった。窓からの光がサンサンとさし込み、部屋を鮮やかに、爽快にらしている。


 けれど、部屋はだだっぴろいわりに、ひとにぎりの家具がポツンと置かれているだけで、ガランとしていた。やたら装飾そうしょく派手はでなひじ掛けイスに天蓋てんがいつきのベッドと、あとは大小だいしょうのテーブルが一つずつあるくらい。


 ロイが「窓には近づかないようにな」と注意した。


「生活感はゼロですけど、全く使われていない感じではないですね」

「ベッドのシーツもキレイですよ」

「これは管理している人間がいるな。あるじがいつ帰ってきてもいいようにしてるんだろう」


 しばらく部屋を見て回ったものの、ぼしい発見はない。部屋の扉は外からカギがかけられていた。


 もう少し詳しく調べたかったものの、長居ながいするのは危険な気がした。独房のような小部屋に戻る直前、あることに気づいた。


「もしかして、開かずの間ってここのことですか?」

「愛人がどうのこうのってやつですか?」


「そう。とても愛人の待遇たいぐうとは思えないけど」

「内からカギがかかってたし、巫女の部屋とつながっているな」


 もう一度、入念にゅうねんに小部屋を調べた。しかし、せまい上に物が少ないので収穫しゅうかくはゼロだった。


「お宝はないみたいですね」

「ていうか、これおかしくないか?」


 ロイが扉のカンヌキに手をかけながら言った。


「何がですか?」

「ここに誰かを閉じこめるなら、このカンヌキは外にあるべきだ。これじゃあ、ここに閉じこもりたい人間が内からかけるものじゃないか」


 ロイの言う通り、このカンヌキは内カギだ。誰かがここに残らないと金庫としても使えない。トイレにしては扉もカンヌキもおおげさだ。ペットも自分で内カギをかけない。


 この何もない小部屋を、何から守りたいのかわからない。プライバシーだろうか。巫女は閉所へいしょ大好きしょうだったり……しないか。


 いくら考えても結論が出そうにない。あきらめて小部屋を後にし、それから一時間ほど城内を散策さんさくしてから試合会場に戻った。

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