侵入者の事情

     ◇


 結局、女は発見できずじまい。タイムリミットがせまったので、スージーに『交信こうしん』で無事を伝え、その日は報告がてらに寄ったパトリックの屋敷にまった。


 一夜いちやが明けると、朝からパトリックは出かけていた。デリック・ソーンの件で奔走ほんそうしていて、昼過ぎには戻ると書き置きがあった。スージーから『交信』で同内容の伝言があり、屋敷で待つように言われた。


 帰りを待っていると、何とヒューゴが屋敷へ現れた。昨晩さくばんは、僕らが屋根の上で戦っているとは夢にも思わず、街中まちじゅうを探し回ったそうだ。


「あの野郎が〈侵入者〉について白状はくじょうするっていうから来たんだよ。ついでに、お前とも話したかったしな」


 〈侵入者〉の情報と引きかえに、しばらくデリック・ソーンを深追ふかおいしないでほしいと頼まれ、『しばらく』という条件つきだったので渋々しぶしぶながら引き受けた、とヒューゴは言い訳のように言った。


 ほどなく、パトリックも屋敷へ帰ってきた。彼が居間いまへ入ってくるなり、ヒューゴは窓の外へ視線を向け、頑固がんこに顔を合わせようとしない。


「まずは、昨晩遭遇そうぐうした能力者について、詳しくお願いします」


 空に飛ばされたこと、ナイフの遠隔えんかく操作、瞬間移動、怪力かいりき、あと、自分には見えていたけど姿を消せること、七つの能力を持っていると言ったことも含め、残らず話した。


「空に飛ばされたのなら、どうしてお前はここにいるんだ?」


 ヒューゴにツッコまれた。うっかりしていた。


「ウォルターは空を飛べる能力を持っているんです」

「お前と同じわけか。まあ、普通の人間じゃないと思っていたけどな」


 パトリックが機転きてんをきかす。クレアにした言い訳と同じ内容なので都合つごうがいい。ヒューゴはパトリックの〈催眠術ヒプノシス〉のことを知っているようだ。


「本当に女でしたか?」

「はい。見た目も声も雰囲気ふんいきも」

「確かに女だったぞ。俺も声だけならハッキリと聞いたからな」


「いくつかは、私が知っているトランスポーターの能力と酷似こくじしています」

「あっ、トランスポーターから能力を借りたと言っていましたよ」


「……能力を借りたんですか?」

「はい。女が自分でそう言っていました」


 実際、この目で見たわけだから、その話を信用している。たった一つの能力に、あれほど多種たしゅ多様たような使い方が存在するとは思えない。


「トランスポーターってのはどんなやつなんだ?」

「男です。年齢的に私やウォルターとあまり変わらないそうです」


 パトリックが首をかしげながら、しばらく思案しあんに暮れた。


「問題はその女がどういった目的でここへ来たのかと、大量のマスケット銃を誰が使う予定で用意したかですね」


 なぜパトリックがそんなことに疑問を抱いたのか、理解できなかった。


「〈侵入者〉が使うためじゃないんですか?」

「連中は基本的に単独行動だろ」


「まだウォルターには話していませんでしたね。いい機会きかいですから、〈侵入者〉の話をしましょう」


    ◇


「我々はこれまで〈侵入者〉の拘束こうそくに三度成功しています。そして、その全員に対して、〈催眠術ヒプノシス〉による尋問じんもんを行いました。

 一口ひとくちに言えば、彼らをトランスポーターに雇われた工作員です。この国で得た情報と引きかえに、成功報酬ほうしゅうを受け取る契約けいやくをかわしています。

 侵入先に〈樹海じゅかい〉を選ぶのは、潜伏せんぷく先に好都合こうつごうという理由もありますが、一番の理由はトランスポーターの能力的制限によるものです。〈樹海〉が〈外の世界〉に最も近い場所にあるからにすぎません」


 この国の南方なんぽうには海が広がり、〈外の世界〉と地続じつづきなのは北方ほっぽうのみ。両国は断崖だんがい絶壁ぜっぺきによって分断ぶんだんされている。ただ、南方も海の果てに断崖絶壁があり、随所ずいしょから塩辛しおからい滝が流れ出ているそうだ。


「彼らが単独行動なのも能力的制限が一因いちいんです。〈転送トランスポート〉は『転送』した相手を元の場所へ戻せるものの、そのためには対象たいしょうとリンクをつないだままにしなければならず、それが一人に限定されているそうです。

 〈外の世界〉への帰還きかん無視むしすれば、何人でも連れて来られますが、現実的ではないと思います」


 前々まえまえから〈侵入者〉に対する危機感がうすいと思っていたけど、そういう事情があったのか。確かに、たった一人なら、できることなんてたかが知れている。


「そのトランスポーターっていうのが、この国に現れたことはないのか?」

「ありません。彼の〈転送トランスポート〉は自身を『転送』する場合、様々さまざま制約せいやくがあるそうです」


 そういえば、障害しょうがいぶつや距離の話など、女も制約の話をしていた。


「彼らの行動パターンは千差せんさ万別ばんべつです。個々が自らの意思で行動し、『転覆てんぷく巫女みこ』の情報を得るという、漠然ばくぜんとしたもの以外、特段とくだん命令を受けていません。

 武器はマスケット銃かつるぎ。証言によると、肌の表面ひょうめんから三十センチ以内におさまる物なら持ち込めるそうです」


「トランスポーターと〈侵入者〉は連絡が取れないんですか?」


「はい。約束の期日きじつはおおむね一ヶ月後に設定され、その日が来ると強制きょうせい的に〈外の世界〉へ戻されます。言いかえれば、彼らの意思では帰還できません」


「スージーの能力があったら泣いて喜びそうですね」


 〈侵入者〉は外部がいぶとの連絡をたれ、孤独こどくな戦いをいられていた。仮に自分がその立場だったら、手をこまねいたまま、無益むえきな一ヶ月を過ごしそうだ。


「ちなみに、拘束した三名は全員命を取らずに解放しました。厳密げんみつには、期日が来るまで監獄かんごくで拘束しました。死体で返すと、敵方に警戒けいかいしんを与えますから。念のため、うその情報を〈催眠術ヒプノシス〉で信じ込ませました。

 ただ、ほとぼりがめた頃に能力をいたので、もう相手方あいてがた露呈ろていしているでしょう。今思えば、その後から〈侵入者〉の足取あしどりがつかめなくなりましたから、それが彼らの警戒をまねいたのかもしれません」


「そんな状況だから、協力者を作る方針ほうしんに変えたんでしょうか」

「そうとも言えますね」


「でも、女が〈転送トランスポート〉を使えるなら、何人でも〈侵入者〉を送り込めますよね? どちらかが、こっちに送迎そうげい役として来ればいいんですから」

「そうだな。こっちから〈外の世界〉へ行くことも可能ってことか」


 ヒューゴがにわかに色めき立つ。その考えが頭になかったのか、パトリックはしばらく固まった。


「おっしゃる通りです。能力の借り方にもよると思いますが……」


 パトリックが驚いたのも無理はない。所詮しょせん〈侵入者〉は単独犯と軽視けいししていたのなら、そのだい前提ぜんていくずれさる。この国の根幹こんかんをゆるがしかねない事態じたいだ。


「ただ、その女は単独行動だったんですよね?」

「仲間は見当みあたらなかったです」

「では、まだ何らかの障害があると見るべきではないでしょうか。複数で行動する彼らが発見された例は、いまだかつてありません」


 言われてみればそうだ。できることをしない理由はない。それができない理由、もしくはしたくない理由があるはずだ。


     ◇


「デリック・ソーンはどうなりました?」

「ベレスフォードきょうの屋敷にも、ハンプトン商会しょうかいにも姿を見せていません」

「もう〈外の世界〉へ逃げおおせたかもな」


「ベレスフォード卿はなんて言っているんですか?」

「彼が何も言わずにいなくなったので、困惑こんわくしている様子でした」


「もう屋敷の中は調べたのか?」

「まだです」

「れっきとした証拠しょうこをつかんだんだから、強引ごういんにでも調べればいいだろ」


現時点げんじてんでは、ベレスフォード卿本人に疑いをかけるわけにはいきません。それに、デリック・ソーンと〈侵入者〉の関係を証明できるものはありませんし、マスケット銃についても屋敷の部屋からどう持ち出したんだという話になりますから」


 いくら言いつくろっても、部屋にしのび込んでぬすみ出した事実は変わらない。


「もう証拠は隠滅いんめつされているかもしれませんしね」

「それでどうするんだ。クサいものにフタをして、また見て見ぬフリか?」


「私が最も危惧きぐするのは彼らと共闘きょうとうする勢力せいりょくの存在です。それがデリック・ソーン個人、もしくはその周辺にかぎられるのか、すでにベレスフォード卿を中心とした大きな勢力をきずき上げているのか。どちらにころぶかで話が大きく変わってきます」


 後者こうしゃだと国を二分にぶんする戦いになるし、味方に後ろからたれる危険性だってある。


不用意ふようい深入ふかいりするのは危険です。まずは、彼らがこの国にどれだけ根を張っているのか、慎重しんちょうに見きわめなければなりません。

 少なくとも、対抗戦が終わるまではデリック・ソーン個人の捜索そうさくにとどめ、動向どうこう静観せいかんしたいと思っています」


「五年前みたいなことになっても知らないぞ。全部、お前が責任を取れよ」

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