虹の能力者

     ◇


 魔法で牽制けんせいしてから、ベレスフォードきょうの屋敷へ戻る。その最中さなかに女の姿が消え、予想していた方向へ目を向ける。


 ビンゴだ。さっき長々ながながと視線を向けた別の屋敷へ、女は移動していた。


 予想通り、特定の場所以外は、戦闘中としては致命的ちめいてきとも言える時間をついやさなければ、移動することができない。


 すなわち、攻撃をたたみかければ、瞬間移動はふうじられる。移動場所が予測できるなるら、攻撃を先回さきまわりさせることだって可能。


 着地ちゃくちと同時に取って返すように、その屋敷へ針路しんろをとる。女がつぎばやに瞬間移動したのを確認後、到着を待たずに空中で重力を軽減し、逆噴射ぎゃくふんしゃしてとんぼ返りした。


 『風』で攻撃しても元の場所へ戻るだけ。直接的な打撃だげきを加えるなら『火』しかない。けれど、指輪がないので『火』の使用には〈悪戯トリックスター〉が必要だ。着地を決めてからでないと攻撃に移れない。


 しかも、飛行途中にバックするという慣れないことをしたせいで、着地に大失敗。屋根の上をころげ回って、時すでに遅し。意表いひょうを突くはずの作戦は失敗に終わった。


 片膝かたひざをついた状態で顔を上げると、女は微笑ほほえましくこちらをながめていた。


「残念、めが甘かったわね。でも、何もかもお見通みとおしみたいね」


 この余裕はどこからくるんだ。まだかくだまがあるのだろうか。


「だけど、次の移動地点はもう登録済みよ。さて、どこでしょうか」

「あまり時間がたってないから、少なくともこの屋敷の上だろ」

「大当たりよ。めてあげるわ」


 おそらく、即座そくざに移動可能なポイントは自由に変更できる。こっちがカラクリに気づいたと知ったからには、そろそろ切りかえてくるに違いない。


 とにかく、別の屋敷への移動は徹底的てっていてき阻止そしする。そのためには、よそ見をする余裕を与えないほど、根気こんきづよ波状はじょう攻撃をしかけるしかない。


 できるだけ広範囲こうはんいに火炎を放射ほうしゃする攻撃に切りかえる。炎球えんきゅうと違って速度が出ないのが欠点だ。女は息もつかせぬハイペースで移動を繰り返す。またたく間に背後はいごへ移動するのでまとがしぼれない。


 律儀りちぎに追いかけていたら、その場でクルクルと回転する状態になった。しまいには目が回りそうだったので、上半身だけをひねる手法しゅほうに切りかえた。


 女はわずかに瞳を動かす程度で、移動地点の予測は難しい。当てずっぽうで乱発らんぱつしたほうが奏功そうこうするかもしれない。


「飛んでいる時だけ、火の魔法を使わないのは理由があるの?」


 まだ女には、こちらの炎をかいくぐりながら、悠長ゆうちょうに話しかける余裕がある。その指摘してき図星ずぼしだけど、別に気づかれても、痛くもかゆくもない。


 ふいに女が間近まぢかに出現した。右の手首を取られ、尋常じんじょうじゃない力で押さえつけられる。


「ねえ、この腕を折っても魔法は使えるの?」


 反射的はんしゃてきに振り払おうとするも、女の手は微動びどうだにしない。やむなく左腕でなぐりかかると、思いきり右腕みぎうでを後ろへ引っぱられ、大きく体勢たいせいをくずされた。


 さらに、後ろ向きに倒れかかった自分の足首を女が取り、振り回すように屋根の外へほうり投げられた。とっさに重力を軽減し、空中に退避たいひした。


「私、意外いがい力持ちからもちでしょ?」


 女がおどけながら言った。いた口がふさがらなかった。何ていう怪力かいりきだ。あの細い腕のどこにあんな力が……。


「逃げ回っているから、接近戦は不得手ふえてだと思った?」


 これも女の能力だろうか。人間のものとは思えない力だった。


薄々うすうす勘づいたと思うけど、今のは別の能力を使ったのよ。実は私、七つも能力を持っているの。『にじの能力者』なんて呼ばれ方をすることもあるわ」


 七つだって……。瞬間移動、遠隔えんかく操作、姿を消す能力、怪力。あと、空に飛ばされたのもあったっけ。それを入れて五つ。残り二つもあるのか。


「でも、そのうちの二つは戦闘で全く役立たないわ。ただ、あと一つはスゴい取っておきよ。きっと君も目玉めだまが飛び出るぐらい驚くと思うわ」


「空に飛ばしたアレじゃないのか?」

「それは〈転送トランスポート〉。その能力は本当に目玉が飛び出るのよ」


 女は病的びょうてきな笑みを浮かべ、舌なめずりでも始めそうな様子だ。どういう意味合いで言ってるんだ。それを推測すいそくするだけでゾッとして鳥肌とりはだが立つ。

 

「素直に帰ると言っている私を、君はそれでも引き止める?」


 うんともすんとも言えなくなった。本当に心理戦しんりせんがうまい。闘争とうそうしん減退げんたいを始め、戦意せんい喪失そうしつしかけた――そんな時だった。


 女がいきなり両手を上げ、左右のまぶたを閉じた。


「もう観念かんねんするわ。服従ふくじゅうあかしに目をつむりましょう。これならトランスポートできないでしょ?」


 思いがけない展開てんかいとなり、あっ気に取られた。相手が白旗しろはたをあげたのに、安心するどころか、頭が混乱するばかり。完全に手のひらの上でおどらされている。


「これだけじゃ信用できない? だったらこうしましょ」


 おもむろに両膝りょうひざをついた女が、屋根の上でうつせになり、自ら両手をうしに組んだ。何かたくらみがあるとしか思えない。でも、みすみすチャンスをのがすわけにはいかないか。


「両目をふさがせてもらう」

「かまわないわ。能力のことを洗いざらい話すから、やさしくしてね」


 瞬間移動や遠隔操作のことを考慮こうりょすれば、視覚しかく遮断しゃだんするのが先決せんけつだ。ハンカチ代わりに持ち歩いている布をキツく巻きつけ、目隠めかくしにした。


 手のほうはどうするか。怪力のことがあるから、極力きょくりょくさわりたくない。あいにく、他にしばり上げられる物は持っていないし、しばっても簡単に引きちぎられそうだ。


 とはいえ、両手が自由のままだと、何のために目隠しをしたのかわからない。頭が回らない。やっていることが支離しり滅裂めつれつだ。とりあえず、肩甲骨けんこうこつの辺りを上から押さえつけ、起き上がるのをふせごう。


「〈転送トランスポート〉を使うには、まず始めに移動先の座標ざひょうを登録するの。君も気づいた通り、そこへ視線を向け続ければ登録完了よ。かかる時間は距離に応じて変わるの。だいたい、五メートルで一秒ってところかしら」


 聞いてもいないのに、女は自ら解説を始めた。心理戦の一環いっかんだろうか。ただ、内容に嘘偽うそいつわりはなさそうだ。実際、数メートル先への移動は瞬時しゅんじに行っていた。


「自身が移動できる限界距離は三百メートルよ。障害しょうがい物があってはいけないし、その地点を約一分間も凝視ぎょうしする必要があるから、まめに移動するのが常識的な使い方ね」


 油断ゆだんして聞き入った。だいたい五十メートルで十秒だから、普通に走る速度と変わらないか。〈悪戯トリックスター〉にも制限時間があるし、多かれ少なかれ、各能力は制限を抱えているようだ。


「どうしてそんなにペラペラとしゃべるんだ?」

「言ったでしょ、服従の証だって。それに、〈転送トランスポート〉は私の能力じゃないから。教えてもしくないのよ」


「……自分の能力じゃない?」

「あなたも知っているトランスポーターからのものよ」


 本当に聞きたかったのはそこじゃないけど、能力を借りられるのか。それがこの女の能力だろうか。


「サービスしてもっと話してあげる。さっき言った、取っておきの能力の話なんだけど、名前は〈千里眼リモートビューイング〉って言うの。これは『人狼じんろうおう』からの借り物よ」


 人狼王……。人狼と言えば、この国とかつて敵対関係にあった種族しゅぞくだ。


「どんな能力かというとね、ある地点を登録すれば、そこからのながめにどこからでもアクセスできるようになるの。それがどれほど素敵すてきなことかわかる? まぶたを閉じれば、いつもお花畑が広がっていたりするのよ」


 不覚ふかくにも、のぞきに使えるなと、すぐに邪念じゃねんが頭の中を渦巻うずまいた。のぞかれる危険もあるから、精神せいしん衛生えいせいじょうそんな能力は存在してもらいたくないけど。


「そういうことだから、三百メートル先で会いましょ」


 その直後、女の姿が消えた。すぐには状況を理解できなかった。冷静になってから、目玉が飛び出るの意味と、降参こうさん芝居しばいをうった理由に気づいた。


 まんまとハメられた。相手を信用した時点で術中じゅっちゅうにハマっていたのか。


 あっ、そうだ……、ハンカチを持って行かれた。

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