サイコキネシス

     ◇


 窓から外を確認する。女の姿は門柱もんちゅうの上にあった。銅像どうぞうのようにかまえ、屋敷を見上げている。ここから二十メートル近くはなれている。あそこまで瞬時しゅんじに移動したということか。


 遠隔えんかく操作したり、瞬間移動したり、能力のオンパレードだ。このはかれない能力を持つ敵相手に、ろくなさくもなしに立ち向かっていいのか迷った。


 だからといって、みすみす逃がすわけにはいかない。あの女がここに来た理由は、この国――ひいては巫女みこを攻撃する目的なのは火を見るより明らかだ。


 窓から外へ飛び出し、女のもとへ向かった。けれど、またもや女の姿が消えた。しばらく周囲を見渡みわたしたものの、どこにも見当みあたらない。


 ふと、女が屋根を見上げていたのを思い出し、そちらへ目を移す。やはり、そこにいた。ここまで来れるものなら来てみろ。そう言わんばかりの顔で、こちらを見下ろしていた。


 望むところだ。すぐさま空中飛行で屋根へ上がると、女があきれ顔で言った。


「そっか。君は普通の人間じゃなかったね」


 女にあせりの色は見られない。とはいえ、逃げ回っているのだから、言うほど戦闘に自信はないようだ。いつでも瞬間移動で逃げきれるということか。


 ただ、それほど遠くに行かなかったのだから、瞬間移動に距離の制限があるのは確実。おそらく、自身の目がとどく範囲だろう。


「君の能力は何て言うの? 裏切うらぎり者でも出たのかと勘違かんちがいしたけど、空を飛んでいたから〈転送トランスポート〉じゃないよね?」


 そう聞かれて、正直に答えるバカはいない。〈転送トランスポート〉は確か、〈侵入者〉を送り込んでいる張本人ちょうほんにん――トランスポーターの能力名だ。


「お前はトランスポーターの手先てさきか」


 冷笑れいしょうを見せた女が、おちょくるような目つきをする。何がおかしいんだ。トランスポーターの能力がなければ、この国に来れないはずだ。


「君はどうなの? 君はトランスポーターの仲間じゃないの?」

「そんなわけないだろ」


「だったら、何で私が見えているの?」

「……どういう意味だ?」


「だって私、今〈不可視インビジブル〉を使っているのよ。普通の人間なら、私の姿が見えないはず。もしかして、視覚以外の手段で見てたりする?」


 やはり、能力で姿を消していたのか。ということは、魔法を無効化した時のように、〈悪戯トリックスター〉が無意識むいしきに相手の能力を相殺そうさいしているのだろうか。


「それとも――エックスオアーだったりする?」

「エックスオアー……?」

「ああ、ごめん。世間せけんでは『転覆てんぷくの巫女』と呼ぶんだっけ」


「僕が女に見えるか?」

「そうだよね。僕ちゃんはどう見ても女じゃないよね」


 女がケタケタと笑う。人をバカにする天才か。冷静になれ。相手の挑発ちょうはつに乗っちゃダメだ。


 それにしても、この女は本当に人間なのだろうか。人のかたちをした『何か』――得体えたいの知れない化物ばけものが人間に宿やどっているような、そんな感覚がぬぐえない。


「ナイフいる?」

「いらない」


 女が取り出したナイフを僕の前にほうり投げ、うしに別のナイフを取り出す。


「そこに置いておくから、好きに使って。私はもう一本持っているから」

「いらないって言ってるだろ」


 敵から渡された武器なんて気味が悪くて使う気になれない。足下あしもとのナイフには目もくれず、女を見すえ続けた。


 いや、待てよ。女には遠隔操作の能力があった。その相手の持ち物が、そばに転がっているのは気持ち悪い。警戒けいかいの目を向けながら、ナイフを慎重しんちょうに拾い上げる。


「使ってくれるんだ。じゃあ、投げ合いっこしようか」


 まるでおもちゃで遊ぶかのように言った。頭が狂ってる。こっちの調子も狂う。さっさと、魔法を使ってナイフをはるか彼方かなたまで吹き飛ばそう。


「私から投げるわね」


 そう言ってナイフをかまえた女が、すぐさまそれを投げた。とてつもないスピードだった。とっさに体をひねって、かろうじてかわす。


 手首だけを使って軽く投げたにも関わらず、百キロ近い速度が出ていた。怪力かいりきなのか、遠隔操作の能力が働いているのか判断がつかない。


 度肝どぎもをぬかれ、唖然あぜんと女に目を移す。相手は僕しに何かを目で追いながら、かすかに指を動かしている。そうか、遠隔操作か。すかさず後ろを振り返った。


 あんじょう漆黒しっこくの空にきらめくナイフがUターンしてきた。そればかりに気を取られていいかとも考えたけど、一瞬の油断が命取いのちとりになりかねない。スピードは狂ったように速いままだ。


 右手をかまえ、魔法でむかとうとした矢先やさき、ナイフは突如とつじょ進行方向を変えた。大きくカーブしたと思ったら、S字を描くように横合よこあいから突っ込んできた。


 せまり来るナイフを、のけるようにける。がよだつ風切かざきおんを立てながら、目の前をスレスレで通過した。たまらず背中から倒れ込み、屋根の上をころがった。


 ひと安心したのもつかの、女が電光でんこう石火せっかで攻撃をしかけてくる。投げ捨てるひまがなかったもう一本のナイフ――自分が手にしていたそれが、いきなり意思をもち始め、きばをむいた。


 あお向けの自分目がけて、目に見えない力でナイフが振り下ろされる。何という力だ。直接手でにぎっているとしか思えない。必死の抵抗で持ちこたえるのがやっと。遠隔操作でここまでできるのか。


 徐々じょじょに押し込まれ、ナイフのさき顔面がんめん数センチのところまでせまる。戦闘経験が段違だんちがいだ。女は自身の能力を知りつくし、それをフル活用するすべを知っている。これが〈外の世界〉の能力者か。


 ふと、飛翔ひしょうしていたナイフの存在が頭をかすめる。この状況で戻ってきたら万事ばんじきゅうす。『同時に操れるのは一つ』といった制限の存在に望みをたくすしかない。


 さいわいにも、いつまでたってもナイフは飛んでこなかった。けれど、本人が直々じきじきに歩み寄ってきた。ゆっくりと足音が近づいてくる。やがて、視界しかいに入り込んだ女の手にはナイフがにぎられていた。


 望みは届いた。でも、本人が使えるならもともない。もうさき鼻先はなさきをかすめんばかりにせまっている。先にこっちをどうにかしなければ。


 もはや、重力をなくすしか逃げ道はない。けれど、この状況でそれを行えば、ナイフが顔に突きさりかねない。


 とはいえ、このままではどっちにしたってされる。いちばちけに出るしかない。一気いっきに両手の力をぬくのと同時に、顔を大きく横にそらした。


 思惑おもわく通りにいった。側頭部そくとうぶをかすめたナイフを屋根へ押しつけ、すかさず重力を無効化。立て続けに下に向かって『突風とっぷう』を起こし、はじけ飛ぶように空中へ脱出した。


 有効範囲内にいた相手をうまく巻き込めた。余裕よゆう綽々しゃくしゃくと振る舞っていた女が、空中へ投げ出されたことで、あわてふためいている。


 無重力空間ではこちらに一日いちじつちょうがある――とはいったものの、急激に飛び上がった反動はんどうで猛回転してしまう。


 魔法で一撃いちげきを加えようと考えるも、なかなかねらいがさだまらない。回転が弱まるのを我慢強く待ってから、女を地面に向かって吹き飛ばすように『かまいたち』を放つ。


 見事みごとにクリーンヒットした。女がクルクルと回転しながら落下していく。ところが、地面に衝突しょうとつする寸前すんぜんでその姿が消えた。重力を戻し、屋根へ降り立つ。


 女は最初に立っていた場所にいた。あの状況からでも、自由に瞬間移動できるのか。いや、同じ場所へ戻ったことに何らかの理由があるはずだ。


「エリア全体に適用てきようされる能力ってわけね」


 女の顔から笑みが消えた。相手のペースには乗らない。一メートルだい炎球えんきゅう発動はつどうし、すかさずち放つ。どこにでも瞬間移動できるか確かめる。


 一瞬で姿が消えた。すばやく辺りに目を走らすも、なかなか見つからない。


「やっとわかったわ。君は伝説のトリックスターね」


 すぐ後ろで声が上がった。とっさに身をひるがえし、飛びすさって距離を取る。予備動作は見られなかった。いつでも思いえがいた場所に移動できるのか。


 ――ん? 伝説のトリックスター?


「まさか、こんなところにいたとはね。君の話は少しも聞かされていないわ。この国のウスノロどもに一任いちにんしていたのが、そもそもの間違いだったみたいね」


 〈悪戯トリックスター〉のことを知っている……?


「で、どうしてこの国にいるの? やっぱり、君がしとめそこなった『あの女』を探しているの?」


 女が反応を見定みさだめるような目つきで言った。話が全く見えない。


「何の話だ」

「記憶を失っているのね。まあ、君にかぎったことじゃないし」


 唐突とうとつに女がそっぽを向いた。その方向を釣られて見る。何もない。そうだ、ナイフはどこに行った。女の手にはない。屋根の上にもないから、下に落ちたのか。


 遠隔操作できるのだから、下に落ちたとしても油断は禁物だ。ただ、女は操作する時に、露骨ろこつにナイフを目で追っている。だったら、視線にだけ気をつけていればいい。


 今度は女が両手を上げた。そして、次に思いがけない言葉を発した。


降参こうさんするから見逃みのがしてくれない? ただでさえ能力が通じないのに、これではかないっこないわ。当たりくじを引いた君を殺すわけにもいかないしね」


 いつの間にか、形勢けいせいが逆転した? それにしても、こちらを混乱させるような、わけのわからない話をいちいちはさみ込んでくる。


「逃がすわけないだろ」

「だったら、仕方しかたないわね」


 とっさに身構みがまえるほどの、ゾッとする目つきを女が見せた。


予告よこく――今から私は全力で逃げます。捕まえられるものなら捕まえてごらん」


 逃がすものか。女の姿が忽然こつぜんと消える。しかし、あっさり隣の屋敷にその姿を見つけた。やはり、このぐらいの距離が限界か。


 牽制けんせいの『かまいたち』を放ってから、隣の屋敷へ飛び移る。着地ちゃくちと同時に、またもや女の姿が消えた。何という目まぐるしさ。振り返ると、さっきの場所に舞い戻っていた。


 良いように翻弄ほんろうされている。これじゃあ、イタチごっこだ。ただ、距離に制限があるのなら、あせる必要はない。女のしぐさから、次の移動先を推定すいていできさえすれば。


 数秒間、女はこちらから視線をはずし、別方向の屋敷を見た。ただのよそ見とは思えない。そういえば、この場所もさっき見ていた。


 あらかじめ目でマーキングする必要があるのかもしれない。確かめてみよう。カラクリさえわかれば、絶対にこちらが主導しゅどうけんをにぎれる。

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