幽霊パーティー1

     ◇


 明くる日、招待状の話を伝えようとヒューゴをさがした。手始てはじめに、西棟にしとうにある侵入者対策室のオフィスへ向かう。本人はいなかったものの、『水路のゾンビ』に遭遇そうぐうした時に会ったニコラの姿を見つける。


「どこにいるか、こっちが聞きたいくらいなの。それと、最近あいつが何を調べているか知らない?」


 逆に問い返された。返答はにごし、伝言を頼んでオフィスを後にする。城外へ捜しに行くわけにも行かない。帰りがけにヒューゴの自宅へ寄ることにし、仕事に打ち込んでいると、終業の三十分ほど前に〈資料室〉へ現れた。


「パーティーの話をこの前してたじゃないですか。それの招待状が届いたんです」

「俺には届いていないな。よし、寄越よこせ」

「いやいや、それは無理でしょう。それに、自分で行くつもりですから」


「行ってどうするんだ」

「代わりに、僕が調べてきますよ。何か、要望はありますか?」

「お前には任せられない。俺も行く」


「でも、招待されてないんですよね?」

「ジェームス・ウィンターの件で事情を聞きたいとか、適当な理由をつけて押しかけるさ」


 たぶん、本当に押しかけてくるな。ヒューゴの行動も計算に入れておこう。


「それはそうと、何か進展しんてんはありました?」


「今だに例の男とは会えていない。レイヴンズヒルにいるのは確実だが、ちかしい人間としか会わないらしいからな。大方おおかた、屋敷に引きこもってるんだろう。あと、ハンプトン商会しょうかい難癖なんくせつけて立ち入ってみたが、たいしたものは見つからなかった」


 もう自分で難癖とか言ってる。この分だと、自分に捜査の手がおよんでいることを相手側は気づいているだろう。


「確か、ベレスフォードきょうの屋敷のはなれに住んでいるんでしたっけ?」

「そうだ。あいつの部屋の位置までわかってるぞ」


「屋敷を調べれば、何か出てくるかもしれませんね。ヒューゴが相手を引きつけている間に、僕が離れを調べるというのはどうですか?」

「それはかまわないが……、お前、そんなことができるのか?」

「面と向かって何かするよりは、そっちのほうが得意です」


 言わば、〈悪戯トリックスター〉は空間の気分をあやつるもので、人間の気分は操れない。屋敷への潜入せんにゅうのほうが存分ぞんぶんに力を発揮はっきできる。


「いいだろう。お前、本当におもしろい奴だな。見込みこみがあるよ。〈資料室〉に置いておくのにはしい人材じんざいだ」


 なぜだろう。全くめられた気がしない。


「名前はウォルターだっけ?」

「はい」

「この件がハズレだったら、次はお前のことを調べるか。じゃあな、ウォルター」


 先が思いやられる言葉を残して、ヒューゴは立ち去った。軽い冗談じょうだんであることをいのろう。


     ◇


 ヒューゴと打ち合わせを済ませたので、その日の夕食時に、話の経緯けいいやパーティーでの計画について、みんなにけた。


「あのゾンビの話が思わぬ方向に発展はってんしていたんだな」

「しかも望外ぼうがいの方向です」


「学長には内緒ないしょで進めるのね」

「そのつもりです」


 おそらく、伝えたところで協力は得られない。ヒューゴにも義理立ぎりだてしたい。


「人を殺しちゃうような相手なんですよね? 大丈夫ですか?」


 スージーが不安げに言った。確かに、遊び半分でいると痛い目にあうかもしれない。戦闘で役立つ能力を持つのは自分だけだし、みんなを巻き込んでいいものか。


「ただ、話が本当なら一挙いっきょ形勢けいせい逆転だ。このチャンスをのがす手はないな。危険な役目やくめは全部ウォルターに任せればいい」


「そうです。僕に任せてください。ついこの間、ゾンビ相手に死線しせんをくぐり抜けたばかりですから。普通の人間なんてへっちゃらですよ」


 パーティー開始は夕方の五時半。二時間の予定だけど、何が起こるかわからないので、目覚まし時計を普段ふだんより一時間遅らせると取り決めた。


    ◇


 パーティー当日を迎えた。ヒューゴともう一度綿密めんみつな打ち合わせをし、屋敷の本邸ほんていと離れの位置関係も把握はあくした。二つの建物は距離的に目と鼻の先で、渡り廊下ろうかでつながっているそうだ。


 パトリックの屋敷から馬車に乗り込み、ベレスフォード卿の屋敷がある南地区へと向かう。八月のなかばということもあり、以前より日が落ちるのが早くなってきている。


 服装はというと、自分はユニバーシティの制服、ロイは主に仕事の時に着ているローブ。コートニーとスージーは、パトリックが用意した可憐かれんなパーティードレスを身にまとっている。


 屋敷前は方々ほうぼうから乗りつけた馬車で渋滞じゅうたい気味ぎみだった。レイヴン城内ではあまり見かけない中高年ちゅうこうねんの夫婦が目につく。派手はで衣装いしょう着飾きかざる女性と違い、男性は総じて地味じみな服装をしている。


 パーティー会場は屋敷の西側に位置する大広間おおひろま。以前屋敷を訪れた時には、足を踏み込まなかった場所にあった。大広間は個人の邸宅ていたくにあるものとは思えない巨大な吹きぬけの空間で、まるで権勢けんせい誇示こじするかのようだ。


 パーティーは立食りっしょく形式だ。純白じゅんぱくのテーブルクロスがかれたテーブルがいくつも置かれ、すでに目のくらむような豪華ごうかな料理が並んでいる。


 豚や鳥の丸焼まるきなど肉料理がズラリと並ぶテーブルには、男性中心の人だかりができている。女性が集まるテーブルには、主にパイやタルトが並んでいた。


「よし。とりあえず、相手に打撃だげきを加えようじゃないか」


 というわけで、まずは戦いにそなえて腹ごしらえ。こんな時でしか、なかなかお肉にありつけない。コートニーとスージーはパイやタルトのテーブルへ向かった。


 切り分けられたうすい肉をほお張りながら、会場を見回す。ベレスフォード卿の姿をなんなく発見した。かたわらに一際ひときわ目立つドレスを着た若い女性の姿がある。


 例の男と婚約こんやくしたという娘だろうか。談笑だんしょうする相手は老齢ろうれいの男二人。黒髪の若い男としか聞いていないけど、あの二人ではないだろう。


 目についた料理にかたぱしから手をのばしたので、さすがに食いきてきた。特別なもよおし物がなく、パーティーの趣旨しゅしがわからない。単に出席者同士の交流が目的なのだろうか。


「今のうちに、離れを偵察ていさつしておくか」


 ロイが提案した。コートニーを会場に残して、三人で離れの下見したみへ向かった。


     ◇


 会場を出て、屋敷の中庭なかにわめんする廊下へ入る。ここは以前来た時に通ったので記憶に残っていた。会場への帰り道がわからなくなったていで廊下を進む。


 廊下は会場と比べものにならないほど暗い。出席者が立ち入ることを想定そうていしていないからだろうけど。


「二人とも。あれが離れだな」

「離れなんていうレベルじゃないですね」

「男の部屋は二階の中央らしいです」


 離れは中庭をはさんで本邸と平行へいこうに建っていた。パトリックの屋敷ぐらいの大きさはある。一階の一部屋から明かりがもれているものの、二階の部屋は全てくらだ。


「こちら側は目立つので、反対側に回りましょうか」

「そうだな。一階には人がいるようだし、空を飛んで二階へ直接押し入るか」


 少し歩くと、以前訪れたサロンの前を通りかかる。ここに巫女みこの描かれた絵画かいがかざられていた。確か、題名だいめいは『出陣式しゅつじんしき』だったかな。


「せっかくだから、あの絵画を見ていきませんか?」

「これから大仕事おおしごとひかえてるというのに、君は余裕よゆうたっぷりだな」


 サロンには屋敷の人がいた。断りを入れて見物させてもらう。一度見ているとはいえ、夢中で見入みいった。新たな発見はないか、作品の隅々すみずみへ目を走らせる。


「何の絵なんですか?」

「ウォルターのおもびとが描かれた絵さ」

「巫女ってことですね」


「こうして見ると、スージーと体型たいけいが似ているな」

「ダイアンとも似ていますよね」


 ロイとスージーの会話でハッとなった。言われてみると似ている。ただ、髪型は全然違う。いや、髪型なんていくらでも変えられるか……。


 その時、コートニーから連絡が入る。会場で動きがあったようだ。早々そうそうに切り上げて会場へ戻った。


 コートニーのもとへ向かう途中、彼女が何かを目線めせんで訴えた。その先に目を向けると、三人の男の集団がいた。一人はヒューゴだ。他人ひとのことを言えないけど、ユニバーシティの制服を着ているので目立っている。


 彼と神妙しんみょう面持おももちで話しているのがデリック・ソーンだろうか。体は大きくない。いかにも仕事ができそうな知的ちてき風貌ふうぼうをしている。無愛想ぶあいそうで表情がとぼしく、聞いていた通り、人付き合いが苦手そうだ。


 ヒューゴもこちらに気づいた。あごをクイッと動かして、ゴーサインを送ってきた。三人ですぐさま引き返し、再び会場を後にする。


 離れとつながる渡り廊下のそばまで来た。ここからなら離れを一望いちぼうでき、建物内の動きはもとより、本邸から離れへ向かう人も確認できる。


 離れへの侵入は僕とロイが行う。スージーはこの場に見張みはり役として残り、それを〈交信メッセージング〉で伝えてもらう算段さんだんだ。


「もし何をしているか聞かれたら、『パートナーがお花をつみに行っている』と答えるんだぞ」

「わかりました。念のため、お花をつんできてくださいね」


 それは、こっちの世界の人に通じるのだろうか。スージーも勘違いしているようだし。

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