幽霊パーティー

招待状

 ある平日の昼下ひるさがり。ふいにヒューゴが〈資料室〉に現れた。


「例の男がレイヴンズヒルに戻ってきているらしい」


 『例の男』とは、僕らが『水路のゾンビ』の死に深く関わっているともくする男だ。確か、名前はデリック・ソーン。ハンプトン商会のトップをつとめ、ベレスフォードきょうの右腕と言われている。


用心ようじんぶかい男なのか、なかなか接触できない。あまり人前ひとまえに出ず、指示だけ出して、部下任せにするタイプらしい。ベレスフォード卿の屋敷内にある離れを、拠点きょてんとしていることはつかんだんだが」


「屋敷内の離れを拠点にですか。もはや、身内みうちに近い存在なんでしょうか」

「聞いた話では、ベレスフォード卿の娘と婚約こんやくする話が進んでいるらしい」


 完全に身内だ。不謹慎ふきんしんだけど、ますます面白くなってきた。直接犠牲者の死に関与かんよしてたら、メイフィールドの開発計画を中止に追い込める。


「あと、ベレスフォード卿が近々ちかぢかパーティーを開くという話を耳にした。大勢おおぜいを集めて大きな発表をするらしいが、お前、何か聞いていないか?」

「聞いていません」


 平日は仕事で城内に拘束こうそくされているとはいえ、何の役にも立ててないことが申し訳ない。それにしても、何の発表だろう。婚約関係か、それとも開発計画に何か進展しんてんがあったとか。


「できることがあったら協力するので、何でも言ってください」


 このぐらい念を押さないと、知らぬに事件が解決していそうだ。男が〈侵入者〉と関係していれば、ヒューゴは裏で手打てうちするかもしれない。


「俺としては、今から手伝ってもらってもいいんだけどな」


 口元くちもとをゆるめたヒューゴが、試すような視線を注いでくる。僕が返答に困っていると、「冗談だよ」と言い残して〈資料室〉を後にした。


     ◇


 内輪うちわ着々ちゃくちゃくと進めていた『パスタ作戦(ロイ命名)』が、到頭とうとうを見ることになる。舞台はメイフィールド。屋敷の主人であるアシュリーはもちろん、パトリックやダイアンも招待して、パスタ料理の試食会を開くことが決まった。


 試行錯誤しこうさくごの上に完成させたメニューは、塩ゆでしたマカロニをダイアン直伝じきでんのスープにひたしたものと、同じく塩ゆでしたスパゲッティに前述のスープを少しかけたものに、ハーブで風味ふうみをつけたパン粉をまぶしたシンプルな二品にひんだ。


 安く作れるが開発コンセプトだから、創意そうい工夫くふうは少なく、胸を張っておいしいとも言えない。ただ、試作品しさくひんからは目を見張みは進歩しんぽがあったし、お腹いっぱいに食べても差しつかえないほどコスト面は完璧。


 完成度を高めるため、ロイは連日れんじつパスタを量産りょうさんしている。そのため、最近はパスタ三昧ざんまいの日々で、パンの消費量が明らかに激減している。水を差すようで言い出しにくかったけど、勇気を出してたずねた。


「パスタが普及ふきゅうしても、パンの消費量がその分減ることになるんじゃ?」


「同じ主食だから、多少そういう面は出てくる。しかし、よく考えてみてくれ。いくらお腹がすいていても、ごはんを四杯も五杯も食べるのは嫌にならないか? パンでも同様だ。しかし、パスタとパンを半々はんはんに同量食べるなら、だいぶ気分が違う。

 さらに、個人で作ることが難しいパンと違って、乾燥パスタは長期保存が可能な上に、ゆでれば食べることができる。パン食でない地域にも波及はきゅう効果が見込みこめる」


 劇的げきてきな効果があるかは疑問符ぎもんふがつく。けれど、ロイの理屈りくつは理解できた。実際、パンは配達に頼らざるを得ないので、各家庭で作れる点は大きなメリットだ。


「パスタとパンは別腹べつばらってことですか?」

「そうだ。ただでさえ、小麦粉は割安わりやすになってる。料理にする場合、パンよりパスタのほうがアレンジの幅が大きいし、この国に新たな食文化しょくぶんか花開はなひらくかもしれないぞ」


     ◇


 試食会当日。アシュリーの屋敷へ向かう前にダイアンを迎えに行く。なつかしい屋根裏部屋の窓を見上げていると、勝手口かってぐちから彼女がが姿を見せた。


「これが精一杯せいいっぱいのおめかしよ」


 見慣みなれない格好につい見とれると、ダイアンが茶目ちゃめを見せる。彼女は濃紺のうこん茶系ちゃけい地味じみなワンピースを好んで着ている。けれど、今日のワンピースは刺繍ししゅう入りで色使いもはなやか。


 以前プレゼントしたブローチを、ダイアンは毎日身につけてくれている。いつもは悪目立わるめだちしているそれも、今日に限っては脇役わきやくだった。


 パスタ料理は村人達にも振る舞う予定なので、ロイが数日がかりで大量のパスタを用意した。もとをただせば、アシュリーから安価で融通ゆうずうしてもらった小麦粉なんだけど。


 街は五日後にせまったカーニバルのムード一色。一般家庭にも様々さまざまかざりつけがほどこされ、街行く人々も心持こころもちオシャレな服装をしている。見慣れた街並みのはずなのに、見知らぬ街に迷い込んだ気分にさえなる。


 街を歩いていると、たびたび目にする物がある。それは四メートル程度の細長ほそながやりのような棒に、カラフルな布を巻きつけた謎の物体だ。一見いっけんするとはたかのぼりのようだけど、中央の部分だけが異様いように盛り上がり、いびつな形をしている。


大昔おおむかしに人狼族との大きな戦争があってね。凱旋がいせんの際に人狼の死体を串刺くしざしにして持ち帰ってきたんだって。当時のパレードを再現するために、あれを持って街をり歩くのよ」


 予想外に血なまぐさい話だった。中央にくくりつけられているのは、戦果せんかたる人狼の死体をした人形か。大きさ的に二メートルを超える巨体きょたいなのだろうか。


    ◇


 僕らが調理を担当し、屋敷の前庭まえにわで数十人を相手に振る舞った。好評をもって試食会のまくが下りた時、灰色のローブを着た使者が屋敷に現れた。この服装は市街しがいの役所で働く役人のものだ。


「学長、お探ししました」

「どうかされました?」


 大勢おおぜいの前で話し始めたところを見ると、たいした用事ではなさそうだ。


「ラッセル・ターナーの所在しょざいをご存じありませんか?」

「ラッセル・ターナーですか? いえ……、所在以前に初めて耳にする名前です。そのかたがどうかされました?」


 知っている名前が聞こえたので、後片づけの手を止めた。


「三週間ほど前、レイヴンズヒルへ行くと休暇きゅうか申請しんせいしたきり、行方ゆくえがわからなくなっていて、親族から捜索そうさく依頼いらいが出ています。先の失踪しっそう事件に深く関わっていたそうで、どうも解決直後から様子がおかしかったそうです」


 パトリックが何か言いたげにこちらをチラッと見た。


「ダベンポート卿のご子息しそくであるトレイシーと一緒に市街へ入った記録が残っています。ただ、その先の足取あしどりが途絶とだえていて。そのトレイシー・ダベンポートも、レイヴンズヒルに滞在たいざいする際には、必ずと言っていいほど訪れていた親族のもとに、全く顔を見せていないそうです」


 ラッセルに続き、トレイシーの名前まで出てきたので話に加わる。トレイシーは対抗戦へ出場するため、レイヴンズヒルに来ているのだろう。


「事情はわかりましたが、なぜ私のところへ?」

「情報がなく困っていたところ、トレイシー・ダベンポートが学長の屋敷から出てきたのを目撃した人物がおりまして。その確認のために参上さんじょうした次第しだいです」


「私の屋敷からですか……? ちなみに、いつ頃の話ですか?」

「十日ほど前とうかがっております。その後、レイヴン城へ向かったそうですが」


「その時期に来客らいきゃくがありましたが、ダベンポート卿のご子息ではありません。どのような容姿ようしをされていますか? ダベンポート卿とは何度かお目にかかったことがあるのですが」

「私も存じ上げないのですが、赤毛あかげでがっしりした体格たいかくの方とうかがっております」


「トレイシーとラッセルが行方不明なんですか?」

「ウォルターはお二方ふたかたと会っていませんか?」

「二人とは会ってませんけど、同じチームのギルとなら会いましたよ」


「ギル・プレスコットですか?」

「はい。名字はうろ覚えですけど」

「金髪の……?」

「金髪で少しぶっきらぼうな人です」


    ◇


 目撃者の勘違かんちがいで話は決着けっちゃくし、使者は屋敷を立ち去った。後片づけを終えてから、屋敷の居間いまでくつろいでいると、パトリックから一通の手紙を差し出された。


「これを預かっています」

「何ですか?」

「パーティーの招待状です。ロイの分もあります」

「僕の分もですか?」


 ロイが意外そうに言った。誰かと思えば、ベレスフォード卿からだ。一度会っただけのロイを、きっちり覚えているどころか、パーティーに招待するとは。気配きくばりというか、根回ねまわしが周到しゅうとうだ。


 僕達を抱き込む気が見え見えだから、とても行く気になれない。けれど、ヒューゴがパーティーの話をしていたのを思い出す。右腕であるデリック・ソーンと会うチャンスかもしれない。


「学長も招待されているんですか?」

「はい。私は招待を受けるつもりです」


 ヒューゴが一方的いっぽうてきに嫌っているだけとはいえ、信頼関係を守るためにも、彼から手に入れた情報は軽々かるがるしく教えられない。


「私も招待されました」


 アシュリーが弱々しい声で言った。対立する相手にまで招待状を送るとはあつかましい。神経を疑うけど、これがベレスフォード卿の手強てごわいところか。


 そばに控えた執事しつじが「もうお断りの返事をいたしました」と付け加える。まあ、当然だろう。


 スージーが「パーティーですか」と招待状を興味津々きょうみしんしんとのぞき込む。


異性いせいのパートナーを同伴どうはんしていいそうだ。これなら、四人で行けるな」

「本当ですか?」


 ロイが出席する方向で話を進めているけど、今回は自分も同じ気持ち。例の話がなければ、アシュリーの手前てまえ出席を控えていたかもしれない。


 実は『水路のゾンビ』の話は、まだ誰にも伝えていない。ヒューゴが調査を続けている以上、いたずらに話を広めたくないし、ぬか喜びさせたくなかった。


 とりあえず、招待状のことをヒューゴに報告しよう。みんなに伝えるのは、その後でも遅くはない。

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