チーフの過去
◇
「くすぶっているのは俺だけじゃないだろ? ケイトだって、レイヴンズヒルを
「
初めて耳にする話だ。ここ数年、ケイトは試合に出ても、ものの数分で
現在
「昔のケイトをよく知らないけどさ、その話を何人からか聞いたぞ?」
「……ある時期を
「じゃあ、
「それはわかりませんけど……、『転覆』した後のような気もします」
『転覆』前については、パトリックから雲をつかむような話を聞かされただけ。話を掘り下げたい欲求がたちまち胸をつき上げる。しかし、自分の過去に話がおよびかねないので、
少し間を置いて、「二人は『転覆』前に何をしてたの?」とさり気なくたずねる。
「『転覆』前の記憶は
「俺は結構覚えてるぞ。北東の
『転覆』前はゾンビがいなかっこと、別種族の人狼のことなど耳寄りな話ばかり。歴史研究家とでも名乗れば、他の人にも
この国の人達には、
顔を上げると、待ちわびるような視線を二人から注がれていた。話の自然な流れでは、次は僕の番か。ただ、
「その頃から、キツネと一緒に暮らしてたのか?」
自分には人間よりもキツネが多い
ここはごまかすしかない。家族に複雑な事情を抱えている、あるいは暗い過去を
「……キツネとは打ち解けられるものなんですか?」
キツネは
◇
「こんなところで
ふいにチーフが姿を見せた。一日中ボーッとしている姿を見慣れているせいか、普通に歩いているだけでも
「誰か一人でいいから持ち場に戻れ」
「新しい仕事が入ったんですか?」
「そういうわけじゃないが、
「……少しぐらいチーフが手伝ってくれてもいいですよ」
「それはダメだ。ここへ入る時、『何もしなくていい』と上から言われたから」
「『何もしなくていい』は『何もするな』と
スコットやケイトの
「ここで何をやってたんだ?」
「ちょっとウォルターに魔法の
「君はいきなり
「はい、正確には相手の反則負けですけど」
「だったら、もうお前が教えられる立場じゃないだろ」
相手が
「ウォルターはまだ試合経験が少ないですから」
「そんな状態の彼に、お前は
ところが、今日の二人はかつてない
「『風』のみで戦うとかいう、あのしょうもないことはまだやってるのか?」
「しょうもなくないですけど、まだやってますよ」
「
「俺の自由ですよね」
スコットは怒りをこらえながらも、
「お前、まさか負けた時の言い訳にするために、くだらない
ケイトはオロオロと胸の辺りで指いじりを始める。何か言いかけたけど、なかなか言葉にならないようだ。
「ん?
スコットの右腕が
「オフィスには誰が戻りましょうか!? やっぱり、私ですよね!」
声を震わせながらも、ケイトが
「さあ、チーフも一緒に戻りましょう」
ケイトが腕を引っ張り、この場からチーフを連れ出そうとする。
「チーフって確か、数年前までは
チーフが
「ウォルターも俺も本気でジェネラルの座を目指しています。同じ〈
これでもかという挑発的
初めてチーフの人間らしい
けれど、それも長く続かず、チーフは気のぬけた普段の顔を取り戻すやいなや、「嫌だよ、面倒くさい」とスコットの怒りをいなすように視線をそらす。
そして、おもむろに右手の指輪をはずしたチーフが、それをスコットの前に差し出した。指輪には〈
「だったら、これやるよ。これでお前が彼の相手になってあげればいい。何なら、試合でも使ってくれ。犬も食わないカッコつけをやめれば、お前も
「チーフ、指輪は
二人の世界に入り込んでしまい、ケイトの言葉は耳に届いていない。当然ながら、スコットは差し出された指輪に手を伸ばす
「しょうがない。代わりに、将来有望な君にプレゼントしよう」
「さあ、オフィスに戻りますよ!」
見るに
◇
チーフはどうしてこんな、ひねくれた
こんな事があったので、ほとぼりが冷めてから、思いきってケイトにもう一度たずねてみた。
「中央広場事件の前に起きた〈樹海〉での戦闘のことを知ってますか? チーフはその
そうだったのか。自分だけ生き残ったがために、後悔に押しつぶされ、やり切れない思いを抱えたまま、ふさぎ込んだのだろうか。
「〈資料室〉の所属となったのは事件後ですが、最初からあんな感じでした。
それにしても、それほど
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