対抗戦対策会議

 魔導士の失踪しっそう事件が解決してから三週間近く。ようやくスコットが出向しゅっこうから戻ってきて、〈資料室〉は平穏へいおん――勤務の半分が自由時間という日常を取り戻した。


 ダイアンも待ち望むカーニバルへの関心もあるけど、その二日後から始まる対抗戦のことで、今は頭がいっぱいだ。なぜなら、ストロングホールドで出会ったトレイシーと試合をする約束をかわしたからだ。


 ベレスフォードきょう推進すいしんする河川かせん整備せいび計画に、反対の意思を示してもらうことを交換条件にしているので、約束は反故ほごにできない。


 対抗戦にそなえ、魔法の鍛錬たんれんを始めてみると重大じゅうだいな問題が発覚した。いこいの場となっている〈資料室〉の裏手うらてで、スコットとケイトに、まずトレイシーとの話を打ち明けた。


「トレイシー・ダベンポートって言ったら、辺境守備隊ボーダーガードでも一、二を争う人だぞ」


 スコットの話を聞いて、「えっ……?」と思わず絶句ぜっくした。問題はさらに深刻しんこくとなった。


「ただ、辺境守備隊ボーダーガードは例の事件で有名な人がごっそりいなくなったから、城塞守備隊キャッスルガード上位陣じょういじんと比べると実力的に見劣みおとりするけどな」


 例の事件とは、中央広場事件の前に〈樹海〉で起きた戦闘のことを指しているのだろう。トップの辺境伯マーグレイヴひきいる辺境守備隊ボーダーガード精鋭せいえい部隊が全滅ぜんめつに追い込まれた。


「確かその方、去年の序列じょれつが九位だったと思います。『辺境守備隊ボーダーガードのトップが九位かあ』と残念そうに話されてるのを覚えています。

 でも、九って言ったら一桁ひとけたですよ。両手の指で表現できる数ですよ。どうして、そんな方との試合を引き受けたんですか?」


 ケイトが詰問きつもんする調子で言った。ほんの出来心できごころというか、目の前のエサにつられたというか。良く言えば、じつを取った。


「確か、あの人は『水』と『氷』の組み合わせだったな。つまり、ジェネラル戦を見すえた肩慣かたならしってところか」

「そこまで考えてなかったけど……」


「ウォルターは本気でジェネラルを目指めざしているんですね。何だか、スゴく遠い存在に感じます」


「そういうことか。その人に『風』オンリーでどう対抗するか、俺に聞きたいってわけだな。あらゆる組み合わせと死闘しとうをくり広げた、この『風』のエキスパートにどんと任せろ。これに関したら、俺の右に出る者はいない」


「耳を貸してはいけません。好きこのんでやる人が誰もいないだけですよ!」


 話が切り出しにくい。重大な問題とは魔法の連携れんけいのことだ。独力どくりょくで取り組み始めたものの、やり方が根本的こんぽんてきに間違っているのか全くできなかった。


「その話をどうして俺に聞こうと思った?」

「確かにお門違かどちがいというか、人選じんせんミスですよね」


「スコットも別属性べつぞくせいとの連携ができないわけじゃないよね?」

「俺はさとりの境地きょうちいたったから、どうも別属性の使い方が思い出せない」


 エーテルの消失しょうしつによる魔法無効化は、カモフラージュの方法でもみ出さない限り、封印ふういんしようと考えている。クレアに目をつけられているし、そもそも、自分自身に効果がおよぶのでフィニッシュに持ち込めない。


 エーテル濃度のうど上昇による魔法強化は、距離を取った状態なら有効だ。ただ、相手が能力の有効範囲内に入れば、向こうも恩恵おんけいを受けてしまい本末ほんまつ転倒てんとうだ。正に、あちらを立てればこちらが立たない。


 そんなわけで、接近戦では能力ぬきで戦うしかない。けれど、上位陣と互角ごかくに渡り合えるかは疑問が残る。技術や経験の差がどうしても出てくるはずだ。


 少しでもその差をめるため、二つの属性を連携させられるようになりたかったんだけど、スコットを甘く見ていたかもしれない。


 トレイシーは相当そうとうの実力者だから、『風』のみで戦えば、負けても言い訳が立つ。手をぬいたという非難ひなんもあびないだろうし、行きすぎた周囲の期待にみずをあびせられるかもしれない。


「難しいことではないです。私が代わりに教えます」

わるあがきはよせ。で試合に出るとケガするぞ。『風』一本いっぽんにしぼり込んだほうがいい」


「私の指輪をお貸しします。今日から試合の日まで、みっちり練習しましょう。安心してください、この指輪は本物です」


 ケイトがはずした指輪を僕の手のひらにおさめ、望みをたくすようにギュッと両手でにぎりしめる。


「まずは『火』を出してみましょう」


 差し出した右手の上方じょうほうに、出しる限りの炎を発現はつげんさせる。中心点へうずを巻くように収束しゅうそくさせ、太陽のような高密度こうみつど球体きゅうたいを作り上げた。これはデビッドが試合で見せた技をマネたものだ。


「さすがです! これなら、即座そくざに試合で使つかものになりますよ!」


 我ながら上出来じょうできだったし、デビッドのものと比べても遜色そんしょくない。ただ、これが指輪のみの力なのか、〈悪戯トリックスター〉の力を借りているのか判然はんぜんとしない。一緒に重力操作でもすれば、はっきりするんだけど。


 その時、スコットが不満そうな顔で舌打したうちした。ケイトが「舌打ちしないでください」とすかさず見とがめる。


「せっかくだから、五つの属性を残らず連携させてみるか」


無理むり難題なんだいを押しつけて邪魔しないでください。早速さっそくですが、『風』と『火』を連携させましょう。そうですね……、今見せた炎球えんきゅうを『風』で操って向こうの壁にぶつけてみてください」


 僕は「やってみる」と応じるも、先日せんじつはそれができなかった。ただ、二つの指輪を使えば、状況が変わるかもしれない。二十メートル近く離れた城壁じょうへきにねらいを定め、控え目な炎球を発現させる。


 そして、それを押し出すイメージで、続けざまに『風』を発動した。すると、明後日あさっての方向へ飛ばないよう手加減てかげんしたのに、起こした突風とっぷう眼前がんぜんの炎球を軽々かるがるとかき消した。


「吹き飛ばしちゃダメですよ!」

「あれあれ? どうした、ウォルター?」


 スコットが声をはずませる。原因がわからない。先日と全く同じだ。感覚的に言えば、全力ぜんりょくの二割程度の力で『風』を発動した。これ以上の繊細せんさいあつかいが必要なのだろうか。


「炎を風に乗せて操る感じです」


 ケイトのアドバイスはピンとこない。自分でもそうしたつもりだった。


 一回目より火力かりょく一段いちだんと強め、反対に『風』の力を極限きょくげんまでおさえ込んだ。そよ風が猛々たけだけしい炎に押し返される――そんな常識的な予想とは裏腹うらはらに、今回も炎が打ち負けた。まるでマッチの火のような頼りなさだ。


 ケイトが「えー……」と言葉を失う。対して、スコットは喜びがこらえ切れない様子で、ポンと僕の肩に優しく手を置いた。


「あきらめろ。ウォルターの魔法は威力いりょくが強すぎるんだ。手加減が下手なんだな。これは『風』オンリーで戦えという天からのおげだ。お前はその星のもとに生まれてきたんだよ」


 さきに失敗の要因を〈悪戯トリックスター〉に求めた。『風』へ切りかえる際に、炎を消失させる原因を作り出しているのかもしれない。


 パトリックは〈悪戯トリックスター〉を指輪の強化版きょうかばんと呼んでいた。人並ひとなみ以上に強力な魔法が使えるのもそのおかげ。効力こうりょくが強すぎて、別属性の存在を許さない状況を生み出しているのだろうか。


「ウォルター、忘れたのか? お前は『風』のみで、事もなげにデビッドをくだしたじゃないか。同じこころざしを胸に抱き、一緒に天辺てっぺんを目指そう。俺達は『風』の申し子だ」


「時間はあります。あせらずゆっくり考えましょう」


 魔法の連携に失敗することを、一度パトリックに相談しようか。ただ、彼は魔法を研究していても、使うこと自体は素人しろうと同然。毎度まいど他人に頼るのも何だか情けない。


 回避策かいひさくが存在しないか、しばらく自分の力で試行錯誤しこうさくごしてみよう。対抗戦は『風』、もしくは『火』だけでのぞむことも覚悟しなければならないか。


 ふいにケイトが僕の肩に手をかけ、スコットに背を向けさせた。背後のスコットは上機嫌じょうきげん鼻歌はなうたを歌っている。


「あの……、ちょっといいですか? スコットのことで相談があるんです」


 そう切り出し、隠す気がさらさらない内緒話ないしょばなしを始めた。


「うちの部署ぶしょを悪く言いたくないんですが、スコットはここでくすぶってる人じゃないんです。昔は〈風の家系ウインドミル〉の傑物けつぶつと言われ、将来を嘱望しょくぼうされてましたし、本人も有頂天うちょうてんでした。

 でも、『俺は『風』のみでのし上がる』なんて意地いじを張り出してから、ずっと序列を失ったままです。この間なんか、『あいつは傑物じゃなくて、傑作けっさく野郎だな』って陰口かげぐちをたたかれていました」


「俺、かげでそんなこと言われてるの!?」


「素直に『火』と『風』の組み合わせで試合にのぞめば、序列をもらえる実力を持っているんです。そこでお願いなんですけど、ウォルターのほうから、スコットに一言ひとこと言ってあげてくれませんか?」


 僕は「うん……」と言葉をにごす。横合よこあいから熱い視線が注がれている。


「別に悪い気はしないけど、この距離だと丸聞まるぎこえだ。そういう話は当人とうにんのいないところでしようか」


 ケイトもわざと聞こえるようにしていた。相手を思っての発言だから、スコットの言葉に嘘偽うそいつわりは見られない。ただ、信念を曲げるつもりは毛ほどもなさそうだけど。

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