ゾンビの身元

     ◇


 終業時間までひまを持てあましている時、クレアから「今、暇なの?」とふいに声をかけられた。こっちの返事を待たずに、「なら、緊急会合を行います」と例の部屋へ強制的に連行れんこうされた。


 そこへ行くのは、この間、掃除にり出された時以来だ。クレアは「ちょっと待ってて」と部屋に着くなり、どこかへ行ってしまい、数分後、息のあがった状態で戻ってきた。


「ウォルター、暇そうにしているの連れてきた」

「暇じゃねえよ。ぶっ飛ばすぞ」


 彼女に腕を引かれているのは、迷惑顔めいわくがおのヒューゴだ。


 クレアが〈大滝おおたき〉へ一緒に行った仲間として、彼の名前をあげていたのを思い出す。きっと、旧外世界がいせかい研究会けんきゅうかい一員いちいんだったのだろう。


「何でお前がここにいるんだ?」

「ウォルターは当会とうかいのメンバーですから」

「そういうことです」


 ヒューゴに「ふーん」とジロジロと顔を見られる。彼から〈侵入者〉の疑いをかけられたのを思い出す。まだ怪しまれているのだろうか。


「何をする会だ」

「外世界研究会よ」

「くだらない事を始めたな」

「くだらなくないわよ」


「対策室の仕事を手伝ってないって聞いたけど?」

「顔だけなら出しているぞ。さっきも資料を拝借はいしゃくしてきたばかりだ」


「それは手伝っていると言わないの。ヒューゴってね、昔は序列じょれつ一桁ひとけた台だったのに、試合に出ない、実務じつむはサボるで士官しかんから降格こうかくされそうなのよ」

「序列だのユニバーシティだのに、今さら未練みれんはねえよ」

「やりたい放題ほうだいやってると、本当に除名じょめいされるわよ」


 ヒューゴは侵入者対策室の所属しょぞくだけど、聞いての通りの状況だ。クレアは本当に心配している。当のヒューゴは歯牙しがにもかけず、彼女を押しのけて、僕の前に進み出た。


「そんなことより、お前、あの時のゾンビを覚えているか?」

「水路から出てきたやつですか? 確か、指輪をしていた」


 そのゾンビは僕とヒューゴでとむらった。レプリカの指輪をしていたため、貴族じゃないかと結構な騒ぎになった。その後、続報ぞくほうは耳にしていない。


「そうだ。あれから、ゾンビの身元みもと独自どくじに調べていたんだが、到頭とうとう突き止めたかもしれない。あの男とも関係しているかもしれないぞ」


 あの男ってベレスフォードきょうのことだろうか。これは見過みすごせない。


「何の話?」

「これから、そいつの家に行く予定なんだが、お前も一緒に来るか?」

「行きます」

「ねえ、勝手に話を進めないでよ」


 クレアの制止せいしに耳を貸さずに、ヒューゴが歩き出す。自分もあわててその後を追いかけた。


     ◇


 レイヴン城を出た。勤務中だから、城を出るのはマズいんだけど……。このさい、仕方ないか。クレアもちゃっかりついて来ているし、後で問題になりそうだ。


「場所はどこですか?」

「南地区だ」

「あの男って、ベレスフォード卿のことですよね?」

「他に誰がいる」


「どうやって特定したんですか? 貴族をよそおった〈侵入者〉っていう話もありましたよね?」

「まだ確証かくしょうがあるわけじゃない。対策室がリストアップした連中を自分の足でしらみつぶしに調べただけだ。根こそぎ資料を持ってきたから、おそらく、まだ対策室の連中はたどり着いていない」


 悪事に加担かたんしている気分――いや、加担しているか。


「名前はジェームス・ウィンター。〈氷の家系アイスハウス〉の人間だ。南地区で役人をしていたが、数年前にめている。

 北部の出身で家族との関係がうすい。こいつなら、今だに身元みもとが判明していないのもうなずける。連絡がとれなくなったのも、ごく最近の話だ」

 

「それで、ベレスフォード卿とのつながりというのは?」

「そいつはハンプトン商会しょうかいという水運すいうん関係の業者で働いている。そこのトップがベレスフォード卿の右腕と言われるデリック・ソーンという男だ。東部経由けいゆの水運事業も、メイフィールドの開発計画も、そいつが主導しゅどうしているらしい」


 単なる事故の可能性もあるけど、かすかに希望が見えてきた。たとえ、ベレスフォード卿本人が関係してなくとも、右腕の不祥事ふしょうじなら大打撃だいだげきを加えられる。


「それゾンビの案件あんけんじゃない。ヒューゴがやるのは筋違すじちがいでしょ」

「ゾンビのことはどうでもいい。今回の件は裏で〈侵入者〉がからんでいるかもしれない」


「そんなことより、三人で〈大滝〉へ行く計画を立てない?」

「〈大滝〉? あそこはもう行っただろ。散々さんざん山をさまよって、何度も同じ道を行ったり来たり。一ヶ月近くかけて、結局、滝を見上げただけで終わったじゃねえか」


「今度は世紀せいきの大発見ができるかもしれないわよ」

「何を根拠こんきょに」

「ねぇ、ウォルターもそう思わない?」

「……どうだろうね」


 クレアの言いたいことはわかる。〈大滝〉は〈外の世界〉との境界線きょうかいせんたる断崖だんがい絶壁ぜっぺきからふき出している。空を飛べば、その場所まで行けるだろう。ただ、〈外の世界〉に通じているかはわからない。


 〈悪戯トリックスター〉には時間制限があるし、もし上空じょうくうでバランスをくずし、滝の水に打たれたら即死そくし案件だ。できれば、遠慮願いたい。


「ついでに、リトルもさそおうか」


 ヒューゴの表情が豹変ひょうへんする。間を取り持ちたい気持ちは痛いほどわかるけど、パトリックとヒューゴの関係は修復しゅうふく不能ふのうなほど亀裂きれつが入っている。


「行きたいなら一人で行け。幼稚ようちなお遊びに付き合ってられるか」


 クレアをにらみつけたヒューゴが、彼女を振り切るように歩速ほそくを上げる。


「あいつの言い方ヒドくない?」

「……そうだね」


 すごい板挟いたばさみだ。気まずくてしょうがない。


    ◇


 犠牲者ぎせいしゃおぼしき人物の家は、南地区の倉庫街にほど近い場所にあった。そっくりの外観がいかんをした一軒家いっけんやが同じ通りに並んでいる。家のつくりはしっかりしているけど、プレハブ小屋みたいにぢんまりしている。


質素しっそな家ですね」

ひとり暮らしだったらしいからな」

「この通りにある家は水夫すいふ寝泊ねとまり用よ」


 従業員用の宿舎みたいな感じか。ヒューゴが躊躇ちゅうちょなく犠牲者の家に踏み込む。クレアは「本気?」とあきれている。


「俺は今すぐにでも〈外の世界〉へ行く準備ができている。城塞守備隊キャッスルガードのおえらいさんは帰ったらどうだ?」


 失う物がないと強い。自分もここまで来たからには引き返せない。


 ヒューゴが容赦ようしゃのない家探やさがしを始める。机の引き出しを開けたり、棚の中をあさるのはかわいいもの。しまいには、箱をひっくり返して中身を床にぶちまけ始めた。もう怖いものなしだ。


「人の家を勝手に引っかき回して。本当に知らないわよ」

「死人に文句言われる心配なんか必要ねえよ」


 それは一理いちりある。現実なら大問題になるけど。何も手伝わないのは気まずい。ただ、やりたい放題に加担するのは気が引ける。


 ということで、極力きょくりょくバレないようにするため、引き出しを閉めたり、散らかされた物を箱に戻して、元の場所へ配置し直す作業に従事じゅうじした。


 一時間近く作業したものの、結局、収穫はゼロだった。仕方なく、近所で聞き込みを開始すると、犠牲者の使用人しようにんをしていた男性にたどり着く。


「どんな奴だった?」

まことに言いづらいことですが、だらしのない御方おかたでした。毎晩のように飲み歩いていましたし、女性の方を頻繁ひんぱんに連れ込んでいました」


「どんな女だったか覚えているか?」

「取っかえ引っかえでした。特定の女性ではないですよ。よく怒鳴どなりつけられましたし、あの方に良い印象はないんですが、金回かねまわりがよかったので、チップははずんでくれました」


「いつ頃から、姿が見えなくなりました?」

「数週間前の話なのではっきりとは……」

「ゾンビ騒ぎがあった頃か?」

「ああ……、そうですね。騒ぎがあった頃にお姿が見えなくなりました」


「何か気になる出来事はありませんでした。噂話うわさばなしでもかまいません」

「お姿が見えなくなる一週間ほど前に、『あの野郎、散々協力してやったのに。もの見せてやる。全部バラしてやる!』って、家の前でさけんでいるのをお見かけしました。だいぶ、酔っていらっしゃったようですが」


 鼻が曲がりそうなほどの事件のニオイ。これは間違いない。関心を示していたなかったクレアの顔つきも変わった。ただ、それ以上のぼしい情報は得られなかった。


口封くちふうじのために殺されたんじゃないですか?」

「可能性は高くなったな。本腰ほんごしを入れてハンプトン商会を調べてみるか」

「これ〈侵入者〉なの? ただの殺人犯じゃないの?」


 自分としてはそっちのほうが好都合こうつごうだ。ベレスフォード卿の側近そっきん――しかも、メイフィールドの開発計画に深く関わる人物が、殺人事件を起こしていたら大スキャンダルだ。


「中央広場事件のことを忘れたのか? 〈侵入者〉と取引しようとしたのが、そもそもの発端ほったんだって言うじゃないか」


 詳しく聞いていないけど、パトリックもそんなことを言っていた。


「ここ最近の連中のもうけ方は普通じゃない」

「じゃあ、そのデリック・ソーンという男が〈侵入者〉と裏取引うらとりひきをして、利益を得ていると言いたいのね」

「ジェームスっていう人はそれをバラそうとしたから殺された」


 ヒューゴがしたり顔でうなづく。すじは通っている。仕事をほったらかしにしてまで来た甲斐かいがあった。


「でも、個人で〈侵入者〉を捕まえてどうするつもり? 変な取引をするわけじゃないよね」

「まずは〈外の世界〉のことを話させる。それから、〈外の世界〉へ連れて行けと要求する。できないなら、その場でとっちめてやるだけさ」


「〈外の世界〉へ行って何をするの? 教えてくれたら、今回の件は全部見逃みのがしてあげる」


 表情をくもらせたヒューゴが、言いよどんでそっぽを向く。


辺境伯マーグレイヴに会いたいのね?」

「ああ、会って生きていることだけでも確かめたい。俺は絶対に認めない。あの人があんな事件を起こしたことも、〈侵入者〉ごときに負けたことも」


ぎぬを晴らしたいってこと?」

「今さら、そんなことはどうでもいい。ただ、〈外の世界〉へ行くためなら、悪魔にだってたましいを売ってやるさ」


 クレアと感情面は別方向べつほうこうを向いているけど、目的は同じだ。二人にこれだけしたわれる辺境伯マーグレイヴが、どんな人なのか気になった。


「今日のことをあの野郎や対策室に言ったら、ただじゃおかないからな」

「待ってください。何か新しいことがわかったら、僕にも教えてください。できる限りの協力をするつもりです」

「ちょっと、ウォルター。あなたまで首を突っ込む気?」


「いいぜ。あと、もし俺の姿が突然見えなくなったら、そいつに殺されたか、〈外の世界〉へ行ったと思ってくれ」


 立ち去るヒューゴの背中を見送りながら、クレアが「もう手のほどこしようがないわね」と大きなため息をついた。

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