黒いマリモと高校生集団失踪事件

     ◇


 翌日、高校にほど近い図書館に集合した。みんなとは、もう何週間も一緒に合宿しているようなもので、今や家族以上に長く顔を突き合わせている。


 ただ、現実のほうで会うのは久々ひさびさだし、やっぱり私服で会うのは一味ひとあじ二味ふたあじも違った。中で長々ながながと話し込むわけにはいかないので、入る前にロビーで話し合いを行った。


「とりあえず、パスタの生産、販売に役立ちそうなことを徹底的てっていてきに調べつくそう。それにこだわらず、異世界で役立ちそうなことも合わせて調べよう」


 参考になりそうな本を手分てわけして探し始めたけど、目的が同じなので、結局、同じたなのそばに集まってきてしまう。


 真剣な表情で物色ぶっしょくするロイは、すでに三冊の本を抱えていた。その中の一冊は産業革命のうんたらかんたらと題された、分厚ぶあつくていかめしい装丁そうていのものだ。


 フロアの奥にポツンと置かれた四人がけのテーブルを見つける。近くに人気ひとけがないので、ここでなら多少会話しても問題なさそうだ。


 持ち寄った書籍しょせきを静かに読み始める。パスタのレシピ本を楽しげに読むスージーが、「これ、おいしそうじゃないですか?」と隣のコートニーに話しかけた。


 しばらくして、ロイがスマホをいじり出す。わざわざ図書館に来た意味が失われるけど、そっちのほうが手っとり早いのは万人ばんにんが認めるところだ。


「やっぱり、向こうにトマトは存在しないかもな。南米原産げんさんで普及し始めたのは二、三百年前のことらしい」

「じゃあ、トマトソース系は全部ダメなんですね」


 スージーが残念そうに言った。そうなると、選択肢せんたくしが相当せばまる。


「スパゲッティじゃなきゃダメなの? マカロニとかもあるでしょ」

「マカロニってあの太くて短い、たまにねじれているやつか。形を変えるだけなら〈梱包パッケージング〉でなんなく対応できるか。ただ、普及度ふきゅうどを考えると、スパゲッティが一番経済的なんじゃないか」


 マカロニグラタンにマカロニサラダと目にしないことはないけど、確かに、マカロニを含むパスタが、いつの間にかスパゲッティの代名詞になっている。


「でも、マカロニならフォークでなくても食べられるでしょ」

「……それは一理いちりあるか」

「じゃあ、マカロニ関連のレシピ本も探してきます」


 スージーが元気よく席を離れる。


「商売として継続させるなら、ある程度元手もとでが必要だよな。事業なんて数年は赤字を覚悟するのが常識みたいだし。何かササッともうけられる話はないか?」


「パスタのついでにフォークを売るのはどうでしょう」

「それはおもしろいな」


 軽い冗談のつもりで言ったけど、思いのほかロイに好評だ。すぐさま、ロイがスマホで調べ始める。


「おっ、フォークはスパゲッティを食べるために発明されたらしい。どうりで、存在しないわけだ。でも、すぐにマネされそうだし、深入ふかいりするのは危険かもな。さすがに、特許とっきょ概念がいねんはまだないだろうし」


 特許制度の歴史は結構古いという話だけど、きっちり制度がととのったのは産業革命以後の話だろう。そうこう言っていると、スージーが「たくさんありましたよ」と戻ってきた。


「おっ、凄いものを発見したぞ」


 ロイがスマホの画面に目を落としたまま、驚きの声を上げる。


高価こうかこなチーズの代わりに、パンをかけて食べる習慣が昔からあったらしい。小麦粉消費の面では一挙両得いっきょりょうとくだ」

「スパゲッティにパンをかけて食べるんですか……」

糖質とうしつオンリーメニューですね」


「ニンニクなどで風味ふうみをつける……、ニンニクはあったかな」

「パセリとか、適当なハーブで代替だいたいできるんじゃない」


 庶民しょみんに日常的に食べてもらうことがゴールだから理念りねんにそっている。パン粉の案は今日にも試してみることが決まった。


     ◇


「気になったんですけど、向こうに図書館みたいなところはないんですか?」

「そうだな、あるなら行ってみたいな。学長の蔵書ぞうしょは内容がかたよっているし」


 ロイとスージーの視線が城内を知る僕らに注がれる。存在するなら、レイヴン城内か、大学みたいなところか。図書館的な書庫しょこがある話は耳にしたことがある。


 分野的ぶんやてきにアカデミーにつとめるコートニーのほうが専門だろう。どっちにしろ、自分は話すことができないから、視線をそちらへ受け流す。


「本の置かれた場所ならたくさん知ってるけど、まとまって置いてある場所は見たことないかな。少なくとも、自由に出入りできない場所にあるんじゃない」


「そういえば、学校みたいなところもありませんよね。学生っぽい集団を街で見かけたことありません」

「年をとらないなら、同じことの繰り返しになるからな」

「その代替がアカデミーなのかもね。私達ぐらいの若い子もいっぱいいるし」


 他の三人は何ともないのに、自分だけ異世界の話に加われない。所在しょざいなげにしている僕に、ロイが気づいた。


「どうして、おたがいの世界のことを話せないんだろうな」


 不思議そうに僕を見つめたコートニーが「紙に書くこともできないの?」とノートを差し出した。ついでに受け取ったシャーペンをかまえる。


「何を書きましょうか」

「とりあえず、異世界でおかした一番の悪事あくじを」

「私達に秘密で買ったものがあったら」


 ロイのはともかく、コートニーのは何だろう。基本的に買い物はみんなで出かけるけど、大半たいはんが食材の買い出しで、最終決定権はコートニーにある。


 そんなわけで、財布さいふのヒモはコートニーがにぎっている。何か疑われるようなことしたっけ。ダイアンにプレゼントしたブローチのことだろうか。


「どっちも書けませんよ」

「じゃあ、ダイアンへの想いを書いてください」

「昨日の夕食のメニューを書きます」


 基本ごっただからパンとスープなんだけど。しかし、いざ書こうとしても、シャーペンがプルプルとふるえるばかり。脳からいくら命令を送っても、手だけががんとして動かない。ペンを動かす手すら束縛そくばくするのか。


 心ならずも『何も書けません!』とみんなから見えるように大書たいしょした。


「君は呪われているのか。いずれ、僕らも君みたいになるんじゃないだろうな」


 不安を吐露とろしたロイのみならず、コートニーも心配そうな様子を見せる。みんなの不安を取りのぞこうと、『最初からこうでした』とノートに書き記した文字をさし示す。


「僕達を向こうへ連れて行ったのは君だが、君を向こうへ連れて行ったのが誰か判明していないからな。やはり、君が運動公園で見つけた黒いマリモだろうか」

「覚えていないんですか?」


 そう言ったスージーに『覚えてません』と引き続き筆談ひつだんで応じる。


「この間君の部屋で見たあれは、まだあるのか? ほら、引き出しに黒い煙が充満じゅうまんしていただろ」

『まだあります。減っても増えてもいません』


「紙に書けるってことは話せるってことじゃない?」


 言われてみればそうだ。実際、現実の話だし。以前も耳にした黒いマリモの話はさっぱり思い出せない。運動公園を散策さんさくしたのは覚えているけど、その先はあついベールにつつまれている。


「ますます、アレが怪しいな。例の高校生集団失踪事件と経緯けいいが似ているし、僕達も現実に戻って来れなくなることも考えられるな。今度、本格的ほんかくてきに調べてみるか」


 ロイの表情がくもる。スージーが手にした本をパタンと閉じた。


「私達戻って来れなくなるんですか?」

「可能性の話だよ」

「ウォルター、責任取ってください!」

「そんなこと言われても……」


「受験のこともあるし、僕はいっそのこと向こうで暮らし続けたいよ。年をとらないところが何より魅力的みりょくてきだ」


「結構、失踪しっそうした高校生達も向こうの世界で生きてたりね。そう考えると、私達みたいに能力を持っている人が怪しくない? 学長ってちょうど高校生ぐらいの年齢でしょ」


 今まで考えたこともなかったけど、あの街にいる能力保持者はパトリック以外いない。しかも、平民の身分で辣腕らつわんを振るったり、突出とっしゅつして浮いた存在だ。


「でも、学長は現実の話をしても感心するばかりじゃないか。とても現実で暮らしていた人間とは思えないな」


 パトリックは現実の話を聞きたがる。口封くちふうじを受ける自分以外とは、よく現実の話している。ただ、人々から巫女の記憶がぬけ落ちているように、パトリックも現実の記憶を失っている可能性は考えられないだろうか。


「コートニーは失踪事件にくわしかったよな?」


「詳しいってほどじゃないけど、有名なルポなら読んだわよ。失踪した五人は四つの部活に所属しょぞくしていて、同じ教室を部室として共有きょうゆうしていたんだって。

 一緒に運動公園へ出かけたのが失踪前日。当日は五人とも普通に登校してきて変わった様子はなかったらしいわよ。

 それなのに、放課後になった途端とたん、部室にいたはずの五人が荷物を残したまま一人残らずいなくなったんだって。知ってるのはそのぐらいかな」


「よく知らなかったけど、そこまでエキセントリックな内容だったのか」

「ビックリするぐらい謎めいていますね……」


 この話には参加できる。初めて知る内容だけど、世間せけんが大騒ぎしたのも、推理小説を愛するコートニーが、興味を持つのも納得できる。


「僕達と似ているといえば似てるが、いなくなったのは運動公園へ行った直後か。コートニー、写真とか見たことないのか? 名前でもかまわないんだが」


「私が読んだルポにはってなかったかな。名前はAとかBって表記ひょうきされてたし。はっきりしてるのは全員高校二年生で、男四人に女一人ってことぐらい」


「高校生だし、事件を起こしたわけではないからな。ただ、十数年前とはいえ、相当騒ぎになったみたいだし、ネット上にころがっていてもおかしくないか」


 この後、カーニバルまでに乾燥かんそうパスタを使ったとうなメニューを仕上げるという目標を立て、おひらきになった。

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