外の世界と侵入者とマスケット銃

     ◇


 うわさのジェネラルに初めて会う。やっぱりオーラが違った。また一つ頭痛の種が増える予感がしたけど、クレアのおかげでなんを逃れた――のだろうか。


「ねえ、少し時間ない?」


 クレアが満面まんめんの笑みを見せる。ひとみをうるませ、幸せそうな表情だ。彼女との間に何もなければ、恋心こいごころを抱かれていると有頂天うちょうてんになったはずだ。


 本当はいそがしいけど、言われるがままクレアの後に従った。連れて行かれたのは東棟の三階にある倉庫のような一室。様々なものが雑然ざつぜんと置かれている。


 中央に置かれたテーブルはホコリをかぶり、天井てんじょう四隅よすみにはクモの巣が張りめぐらされている。部屋をただようホコリが、格子窓こうしまどからさし込む陽光にらされ、粉雪こなゆきのように舞っている。


 この手狭てぜまな部屋がながらく放置されていたことは疑いようがない。クレアがわざとらしくせき払いをしてから、あらたまった調子で言った。


わたくし、クレア・バーンズは、外世界がいせかい研究会の復活をここに宣言いたします」


 演説えんぜつに慣れていないのか、ぎこちなくてさまになっていない。会の名称は初耳だけど、おおよその見当けんとうはついた。有無うむを言わさず、その会に入れさせられるのも読めた。


「まだ会員は二名にすぎませんが、この場所で月に一回は会合かいごうを行います。ここまでで質問ありますか?」


 毎日のように何か手伝わされたらたまらないと思っていたので、月イチと聞いて一安心ひとあんしんした。同好会みたいなゆるい集まりだろう。


「会員の頭数あたまかずに自分も入ってるんですか?」

「もちろん。当分とうぶん、会員は私とウォルターの二人だけです」

「じゃあ、具体的にどういうことをやるかを」


当会とうかいの目標は、ズバリ〈外の世界〉へ行くことです。そのための手段の探求、および実践じっせんが主な活動内容です。加えて、同志どうしを集めるための勧誘活動を積極的に行い、当会をユニバーシティ内の一大いちだい勢力に育て上げます」


 意外に野望やぼう壮大そうだいだった。結構面倒くさくなりそうだ。


「晴れの第一回会合は今度の日曜日です。とりあえず、ここの掃除そうじを行いますので、会員の出席は絶対厳守げんしゅです。わかりましたか?」

「……わかりました」


 休日をつぶされるけど、弱みをにぎられた以上、拒否権きょひけんはない。身から出たサビだし、これで秘密を守ってもらえるなら安い物か。それに、クレアが心から楽しんでいるからよしとしよう。


     ◇


 お互い仕事を抜け出して来たので、その後すぐに解散した。終業しゅうぎょう後、報告や相談のため、パトリックの屋敷へ立ち寄った。


 コートニーとスージーの二人は、ついさっき食材の買い出しに行くため、先に屋敷を後にした。ロイは屋敷に居残いのこって残業中だ。今日は一日中ゾンビ関連の古い資料に目を通していたそうだ。


 まずは外世界研究会のことを報告し「別にかまいませんよね?」と確認した。すると、書斎しょさいデスクに座るパトリックは深くため息をついた。


「のめり込んでほしくありませんが、事情があるなら仕方ありません。彼女の機嫌きげんそこねないよう、穏便おんびんにやり過ごしてください」


 〈外の世界〉や〈樹海〉がからむと、パトリックは過剰かじょう神経質しんけいしつとなる。


「彼女は復活させると言ってましたけど、以前にも存在したんですか?」

「はい。私が立ち上げた張本人ちょうほんにんであり、彼女もその一員でした。いろいろと問題が起きて五年前に解散しました」


 五年前といえば中央広場事件か。話の流れからすると、主犯の辺境伯マーグレイヴも関係していたのだろう。パトリックは机の手紙に目を落とし、羽ペンをなめらかに走らせ始める。


「そもそも、どうして空を飛ぼうなどと思ったんですか?」

「軽い興味本位きょうみほんいです。男というか、人類のロマンですよね。あと、魔法と能力の併用へいようができれば、戦法にはばが出ると思いました」


「試合で魔法と能力を併用する状況が思い浮かびませんが」

「試合だけが戦いではないですよね? 〈侵入者〉とか、例のトランスポーターとか」


 その場しのぎの言い訳ではない。練習の時は、自由に空を飛びまわる欲求がまさったけど、常に〈侵入者〉との戦いは意識していた。


「〈侵入者〉との戦いまで想定そうていしてくれているのなら、こちらとしてはありがたいです。ただ、今回はそれで墓穴ぼけつを掘ったようなので、今後は細心さいしんの注意を払ってください」


 最後にくぎをさされたけど、思いのほか好意的こういてきに受け止められた。


「この国には剣とかやりとか、そういう武器はないんですか?」


 以前から不思議に思っていた。守衛しゅえいですら武器や防具を身に着けていない。それは平和な雰囲気を演出えんしゅつしているけど、〈侵入者〉という存在を考慮こうりょすれば、不用心ぶようじんと言わざるを得ない。


「古い物ならあるのですが、現在は製造も所持も禁止されています。無用むような争いを防止するのが目的ですが、攻撃・防御面において魔法がはるかに優れているため、必要性を感じていないのが一番の理由です」


 確かに、接近戦ならまだしも、剣や槍では魔法に太刀打たちうちできないか。たてよろいで魔法を防ぐのにも限度げんどがあるし。


「僕らの世界より未来をいっていますね。……いや、刀狩かたながりの意味合いもあるのか?」


 ロイがひとごとのように言った。


「武器や防具がどうかしましたか?」

「空を飛んでいる時、両手がガラ空きなので武器があったら攻撃に使えるなと」

「機会があったら探しておきましょう。ただ、先程さきほど言った通り、常時じょうじ身に着けるのは無理ですよ」


「〈侵入者〉はどんな武器を使うんですか? 魔法ですか?」

「魔法は使いません。我々の特権とっけんですから。アレをお見せしましょう」


 部屋を出て行ったパトリックが銃をたずさえて戻ってきた。


「これは拘束こうそくした〈侵入者〉から押収おうしゅうしたものです。これが最新式らしく、彼らはマスケット銃と呼称こしょうしていました」


 ロイと一緒に観察する。アンティークで結構かっこいい。黒ずんだ銃身じゅうしんは長く一メートル近くある。持ち手は木製もくせいで、背の部分に装飾そうしょくのような複雑な仕掛しかけがほどこされている。


火縄銃ひなわじゅうではなさそうだが、そこまで新しいものではないな」


 現実に戻ってから調べてみると、フリントロック式と呼ばれる火縄銃の改良版かいりょうばんだった。着火ちゃっか方法は火縄ひなわでなく、撃鉄げきてつ火打ひういしを用いる。火種ひだねが必要ない反面、不発ふはつが結構あるようだ。


「これは使えるんですか?」

「おそらく使えますが、弾丸だんがんがありません」


「このレベルの銃があるのなら、大砲たいほうも存在するな。合わせて対抗策たいこうさくを考えておかないとな」


 火縄銃と同じく銃口じゅうこうから弾丸をつめるので連射性能がない。なので、遠方えんぽうからの狙撃そげきにだけ注意すればいいか。ただ、炎や風の魔法では迎撃げいげきが難しいかもしれない。


 やっぱり、重力操作でどうにかすべきか。ただ、十メートル程度では即座そくざ推進力すいしんりょくを失うとは考えられない。いっそのこと、空を飛んで逃げたほうが簡明かんめいだろうか。


「ところで、〈外の世界〉とはどんなところですか?」

「どうも記憶があやふやなので、文献ぶんけんに残る知識しかありません」


「この国が『転覆てんぷく』する前のことを、どのくらい覚えているんですか?」

「おぼろげに覚えています。ただ、巫女が関係しているからなのか、『転覆』前後の記憶が一切いっさいありません。それは私にかぎったことではないですよ」


 この国を『転覆』させたのは、巫女みこだと確定したわけじゃないのか。でも、巫女は『転覆の魔法』を使うそうだし、とおに『転覆の』とかんするわけだから、そう考えるのが常識的か。


「この国とあまり変わらない認識でいいですか?」


「いえ、人間が多数派たすうはとはいえ、この国と違って人狼じんろう、ドワーフ、エルフといった多種多様たしゅたよう種族しゅぞくがいるそうです。特に、人狼族は過去に我々と大戦争だいせんそうを行った関係で無数むすうの記録が残っています。それを終結しゅうけつみちびいたのは巫女だそうです」


耳慣みみなれた名前ばかりだな」

「あなた方の世界にもいらっしゃいますか?」

「広く知られていますが物語の中での話です。実際にはいません」


 これまで出会った異質いしつなものはゾンビと魔法ぐらいだけど、ファンタジーで定番ていばんの別種族がきっちり存在しているのか。会いに行きたい。〈侵入者〉として現れないだろうか。


「やっぱり、この世界をつくったのは僕達の世界の人ですよ」

「君じゃないのか? よくそういう小説を読んでいるじゃないか」


 そんな気がしなくもない。ここで話題を変えた。


「そういえば、今日ジェネラルが直接会いに来て、士官しかんに昇格する気はないかって聞かれたんですけど、どうしたらいいですか?」

「……ジェネラルがですか? ただちに了承りょうしょうしましょう。断る理由がありません」


 パトリックがドン引きするくらいの勢いで飛びついた。


「私も頃合ころあいを見計みはからって、あなたを士官へ昇格させようと考えていましたが、身内みうちの私が推薦すいせんするとかどが立つので頭を悩ませていました。それをジェネラルが代行だいこうしてくれるのなら願ってもないことです」


 言葉通りに受け取れない。もう裏があると勘ぐってしまう体になった。


「士官になれば、役職やくしょくにつけますし、士官手当てあても出ます」

「ウォルター、ぜひ受けたまえ」


 ロイがすかさず横槍よこやりを入れてきた。役職の話はジェネラルにも聞いたけど、まだそんな願望はない。ただ、士官手当ては魅力的みりょくてきだ。


「もっと待遇たいぐうのよい部署ぶしょに移ることも可能ですよ」

「なおのこと良いじゃないか!」


「それは遠慮えんりょします。ようやく仕事を覚えたところなんです。それに、今はかなり忙しいので、みんなに迷惑かけられませんし」

「それはそれでかまいません。士官に昇格することと関係ありませんから」


 ロイが僕の肩にポンと手を置き、無言の圧力を加えてくるも、くっしなかった。居心地いごこちがいいという理由で、いつまでも〈資料室〉にいるわけにはいかないけど、もう少し猶予ゆうよがほしい。


「何かデメリットはないんですか?」

「試合でマッチアップされる相手が士官になるくらいです。一口ひとくちに士官といっても、相当数そうとうすうの人間がいますから、実力にもひらきがあります。ウォルターの実力なら、あしを踏むこととは思えません」


 その程度なら甘受かんじゅしなければならない。考えはかたまった。士官昇格の話は受けるけど、当面は〈資料室〉に残る。その意思をパトリックに伝えると、ロイがあからさまに不満げな表情を見せたけど、素知そしらぬ顔でやり過ごした。

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