第16話グラビアのオーディションの審査って、審査員の好みで決まりそう

 掃除当番でいつもより少し遅く帰宅した俺は、そうそうに母から言われた。

「ついさっき警察の人が来て事情聴取を受けたわ。『娘さんが誘拐の被害に遭う前に相原を捕まえられて、ほんとに良かったですよ。相原は誘拐罪の容疑がかけられていて、その誘拐した子を国外で違法な売春を強いさせる極悪人なので』だって言ってたわよ、怖いわね」

「確かにそれも怖いけど、母さんも警察の人の言葉をよく覚えてるね。怖いくらいに」

「何を言ってるのりくと、それくらい覚えられなきゃお母さんっていうのはやってけないのよ」

 自慢げに胸を張って母は言った。

 なんだかんだで母の意外な記憶力の凄さを思い知った。

「それにしても入念な手口よね」

「よくあることじゃねえか、なりすましなんて」

「それがね、りつなが話してくれたんだけど、ネットで知り合った友達もグルでコメントくれた時点から術中だったそうよ」

 それは極めて周到なやり口だな。妹はすごい仲良くしてたもんな、その人と。今頃ずいぶん落ち込んでるだろうな。

「それでりつなは?」

「りつななら部屋にいると思うわよ。りくとはお兄ちゃんなんだから、こんな時くらいお兄ちゃんらしく慰めてきてあげて」

 そうして俺は二階へと階段を上った。妹の部屋の前に立つ。

 この前のように追い返される、それは十分あり得る。でも話ぐらいは聞いてほしい。

 俺はドアの向こうに聞こえるように声を出した。

「おーい、そう落ち込むな」

「……何、兄さん? ごめん今ちょっとムリ」

 やはりか、余計なお世話だよな。それは知ってる。

「トップグラドルへの道はスカウトだけじゃないぞ。お前が本気で取り組みたいなら事務所のオーディションを受けてみろよ、絶対受かるから」

「なんでそんなにグラビアに拘るの? できる職業なら他にもたくさんあるよ」

 なんだか諦めの籠った声だ。俺は反論した。

「お前にはトップを目指せる力があるんだよ。グラビアアイドルが嫌なら何をするっていうんだよ……それこそAVしかないぞ」

「……兄さんデリカシー皆無だよ。女の敵だね」

「話を戻すぞ、グラビアをやりたいのかやりたくないのか。聞きたいのはそれだけだ」

「じゃあ兄さんは私のグラビアを見たい? 見てドキドキする?」

 虚をつかれた質問だった。なんて答えれば、正解なんだ。そもそもこの問いに正解なんてあるのか? それさえわからない。

 それならば答えは一本に絞られる。

「ああ、見たいよ。見るとゾクゾクするし滅茶苦茶興奮する」

 俺の答え、それは正直になること。本心をそのまんまに打ち明けるのが、後悔しない答えだ。

 ドアの向こうは静まった。

 突然ドアノブが内から回された。俺は後ろに一歩下がる。

 妹が少し開けたドアから顔を出す。やけにニヤニヤしていた。

「そうかー、滅茶苦茶興奮するんだ。妹の私に」

「ああ、情けないけどほんとだ」

 公に顔向けできなくなるほどの恥辱な発言をした手前、恥ずかしさに俺は顔を逸らして認める。

 クスッ、と妹は不意に朗らかな笑いをこぼした。

「相手が兄さんとはいえ、誉められるのは嬉しい。ちょっとやる気が出たかも」

「……そうか」

「そうだよ、だからオーディションも受けてみる。ネットで知り合った友達のことは残念だけど、それはそれでこれはこれだから」

 立ち直った、と思っていいのか? 案外妹は強いのかも。

 

 

 

 


 


 


 









 

 

 

 

 


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