第14話グラドルのスカウトって何を基準にしてるんだろうな?

 次の日曜日にも妹はめかし込んで外出し、ボロボロになって帰ってきた。

 俺は挫いたという妹をソファに腰かけさせ足首に湿布を貼ってやりながら、訳を尋ねた。

「ボロボロになって帰ってきたけど、何があったんだ?」

「……転んだだけ」

 そっけなく答えたきり、妹は一言も口にしなかった。


 その次の日曜日にも妹は出掛けたが、帰ってきた時の表情はなんだか嬉しそうだった。

「どうした、良いことでもあったのか?」

「スカウトされちゃった」

 事も無げに妹は告げた。

 思考がぐるぐる巡り巡った。それぐらい俺は取り乱して、質問を一気に捲し立てる。

「スカウトって何の? どこで? 何て言う人から? どこの事務所? 所属人数は?」

 俺の畳み掛ける質問に、妹は不快げな顔をして体を一歩引く。

「に、兄さんしつこいし顔が近い。気持ち悪い」

 気持ち悪いの一言は、グサリと俺のメンタルを鋭く苛んだ。すごく痛い。

 ストレートな雑言にしょぼんと項垂れた俺の横を、そっと妹は通り過ぎて二階に上がっていった。

 床を見つめて佇んでいると、りつなの分の夕飯を温め直していた母がリビングから俺を手招きする。

 なんだ?

 俺はリビングに顔を出すと、母が優しく肩に置いて言った。

「りつなをあんまり刺激しちゃダメよ、ああ見えてもすごい驚いてるはずだから。お母さんが話を聞いておくから、りくとはそれまで詮索しないこと、ね?」

「ああ、わかった」

 とりあえずこの件は、母に任せておこう。


 すっかり夜になり、母が家族をリビングに集めた。今から家族集会が行われる。

 議題は『りつなのグラビア業界デビュー賛成か反対か』である。

 母の話ではりつなはスカウトから名刺をもらっており、それでグラビア事務所ということが発覚した。

 母もこの事務所の名を、現役時代に聞き覚えがあるという。

 しかし俺の向かいの席で、議題の中心である妹が下を向いたままもじもじしている。

 母が傍から声をかける。

「りつな、そんなに照れることないわよ」

「ち、違うよお母さん。ただこんなに大事に扱われるなんて思ってなくて……」

 まぁ、突然のことだもんな。自身が整理ついてないよな。

 恥ずかしくてか小さくなっている妹に、母が真剣な目になって切り出した。

「単刀直入に言うわ、お母さんはりつなに早い内に業界入りしてほしい。グラビアは素質もあるけど、何よりも経験だからよ」

「初心者の私なんかに現役のグラドルなんて務まるのかなぁ?」

 妹は不安を口にする。

 そんな自信のない妹に、笑って母は親指をつきだす。

「大丈夫よ、私が太鼓判を押してあげるわ。自信持っていいわよ」

「……うん」

 若干の躊躇いを見せて妹は頷いた。本人の意志がスカウトの承諾に傾きつつあるようだ。

「りつな」

 俺の隣の父が静かに声を発した。

「父さんは反対、だな」

「まことさん、りつなは……」

「落ち着け、なみ。俺は別にりつながグラビア業界に入るのに反対しているわけじゃないんだ」

 すぐさま反論をしようとした母を、父は冷静に制した。

「どういうこと、まことさん?」

「事務所自体に反対なんだ、俺は。名刺だけじゃどうにも安心できない」

 さすが父さん、考えが沈着だ。なりすましの可能性を考慮している。

「それじゃあ、りくとはどっちかしら?」

「そうだなりつなの兄として、りくとの意見も聞きたい」

 母と父から期待した視線を注がれる。

 俺は自分の複雑な心境に解を出せず、こう答えた。

「りつなの意思に任せる」

 自分でも適当すぎる意見、だと思った。とはいえ実際に俺が口出ししたところで、妹は意思を曲げないだろうがな。

「りつなはどう、したいんだ?」

 父がりつな本人の意思を聞く。

「私は、挑戦してみたいかな」

「そうか、じゃあ直接会って話だけでも聞いてみるか」

「そうね、りつなをスカウトした敏腕スカウの顔を見ておきたいわ」

 とりあえず会って話をしてみよう、という結論に至った。



 そしてついにスカウトの来る日がやって来た。

 午後二時頃に伺ってよろしいですか、とあちら側の予定に合わせた訳だが、とっくに二時を三十分も回っている。

 母と父はテーブルにつき訪問者をじっと待っている。俺はそわそわする心を繕うように、父の隣で何気なく天井を見つめていた。

 一番の重要人物である妹は、母の隣で言葉もなく天板をずっと見下ろしていた。

 呼び出し鈴に肩をビクつかせた。ついに来た。

「はーい」

 母が立ち上がり玄関に向かっていった。その声にも若干の緊張が混じっていた。

 母に連れられて入ってきたのはスーツをきっちり着た好青年、といったふうの血色の薄い白い肌の若い男だった。背もそれなりに高く穏やかな顔つきをしている。

 母の合図で、腰をおろした若い男はまず頭を下げた。

「はじめまして、〇〇〇事務所スカウトの相原です。話をお聞きしたいということを娘さんの親御さんからお聞きましたが?」

「あ、はい。りつな自身がやってみたいと言うので話だけでもと思いまして」

 母が受け答える。

「お話を聞いてくださるだけでも構いませんよお母さん。それにしてもお綺麗ですね」

「そんなご冗談をおっしゃらないで……」

「いえいえ、けっして冗談などでは」

 母と相原さんだけで話が逸れながら展開していく。

 父が割って入る。

「それで、りつなをスカウトされた理由はなんてしょうか?」

「それはですね、街中で見ましてビビッと来たわけですよ。これはトップグラビアになれるぞ、と」

 トップグラビアの単語に、母が身を乗り出す。

「やっぱり見込みありますよね?」

「え、ええ」

 相原さんは母に圧倒されて、短い合いの手を打つだけだった。

 父が興奮気味の母をなだめてから、再び質問した。

「りつなを事務所に所属させたとして、契約の詳細は?」

「念のため契約書類を持ってきましたので、お渡しします」

 渡された数枚の書類を父の横から覗き込む。契約についての概要だった。

 これといって特記するべきデメリットはなかった。不利な点をわざわざ書くわけないか。

「契約書についてはお電話頂ければ、後日お渡ししますのでじっくり考えなさってください」

「はい」

 その後も当たり障りのない問答が続き、相原さんは次の訪問があると数十分で帰えられた。

 いよいよ現実味を帯びてきた妹のグラビア業界デビューに、俺は妹の多忙を想像し兄妹の距離を遠く感じた。





 

 

 



   

 

 

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