第13話実際のスリーサイズを披露することになるとすごい恥じらうよね

 妹は土や砂にまみれた服を洗濯機に入れたついでに入浴も済ますそうで、今はお気楽にお風呂に浸かっている。

 妹が風呂に入ってすぐに母から電話が寄越された。『私とまことさんは外で食べてくるから夕食は二人だけで食べてね。りつながいつ帰ってるのかわかんないいけど、ふふっ』だそうだ。

 声色からも喜びが染み出ていた。

「ねぇ兄さん!」

 浴室から妹が俺を呼んだ。なんだろうか?

「シャンプー切れてる、替え持ってきて」

「はいよ」

 ソファに座りかけていた俺は、即座に腰を上げてなおして階段下に向かった。普段は母さんがシャンプーやボディソープなどの入れ替えをやってくれているのだが、あいにく今は不在だ。俺が持ってくしかない。

 階段下の押し入れから詰め替え用のシャンプーを引っ張り出した。

 それを洗面所まで持っていく。

 曇りガラスの外から声をかける。

「シャンプー持ってきたけど、ここ置いとけばいいか?」

「ここってどこ、はっきりして!」

 また叱られた、けどまぁ当然だ。ここ、でわかるわけがない。

「もういい、頂戴!」

 曇りガラスが唐突に開かれ、半ばまで開いた隙間から妹が顔を覗かせる。けしからん胸も上の方が見えてしまっている。

 息を呑んでドギマギした。

「ほら、早く頂戴!」

 面倒そうに顔をしかめて、妹は片手を差し出してきた。

「お、おう」

 目を逸らしそうになったが耐えて、言われた通りシャンプーを渡した。こういうときは平静を装うが一番だ。

 俺からシャンプーを受け取ると、妹はすぐさま曇りガラスを閉めきった。

 __寒いもんな。


 風呂から上がってきた妹は、可愛さの欠片もない中学の頃のジャージに着替えてリビングに訪れた。紙袋を取りにきたらしい。

「そんなにたくさん、何を買ったんだ?」

 ある程度は服だと予想はついているが、どんな服を買ったのか気になっていたので尋ねた。

 紙袋を手に提げた妹が、侮蔑するような視線を向けてくる。

「そんなの聞き出して、どうするつもり?」

「いや、どうもしないけど。ただ気になったんだよ」

 俺が変な性癖でも持っている、とでも疑うのか我が妹よ!

「いろんなグラビアを見てきた兄さんは、さぞかし女性の衣装にはこだわりがありそうだけど?」

「ないないないない、そんなのない」

 俺は全力で否定する。

 しかし妹の嫌疑の目は俺を見つめ続けた。

「兄さんが中学校の時、グラビアばっかり見てたらしいじゃん。お母さんから聞いた」

 妹は意地悪く笑う。何を話してくれたんだ母さん!

「でも……」

 突然に言葉を切って、躊躇するように間を置いてから再び口を開く。

「そのおかげで私は自信が持てた」

「はぁ?」

「ほんとはお母さんに聞かされる前から、兄さんがグラビア見てたの知ってたんだ」

「なにぃ!」

 俺の隠したい過去は、全くもって隠されていなかったというのか! ぬかった。

 それを暴露したのに、意地悪い笑みは浮かべていなかった。

「兄さんがグラビアを見ていなかったら、多分私塞ぎ込んでたと思う」

「どういうこと、だ?」

「この胸、コンプレックスだったから……今はもう自負できるけど」

 いたって真面目に妹は話す。

 俺もしっかりと耳を傾けることにした。

「視線が胸に集中して、嫌だったんだ。水泳しかやってこなかったのに、皆に見られて水泳が怖くなってやりたくなくなった。今でも水泳は好きだよ、高校でも続けたかったけど周囲の視線に耐えられなかった」

「…………そうか」

 妹の長い言葉を、俺はその一言で返してしまった。どんな言葉をかけるべきか、さっぱりわからなかった。

 しんみりと沈黙が降りる。

「さて」

 妹が楽しげな声で沈黙を破った。

「もう私、部屋行くからね」

 小走りでリビングを出ていった。

 

 夜が深まりだした頃、父と母が帰宅した。

二人様子は対照的で、母さんは溌剌、父さんは閉口していた。

 父さんはきっと母さんにあちこち振り回されたのだろう。お気の毒に。

 入浴を済まして寝る仕度をし終えた父は、ぐったりして寝室に入っていった。

 時刻は夜11時を過ぎている。

「りくと、ちょっと来て」

 母がリビングで呼んでいる。俺は辟易したくなりつつも呼ぶ方に向かった。

「じゃん!」

 入るなり満面の笑みでウエストの細いホックのスカートを、俺に見せつけてきた。

 失礼ながら俺は母に尋ねた。

「そんな細いの穿けるのか? 穿けないなら買っても意味ないだろ」

 チチチ、と母は人差し指を振る。

「今は穿けなくてもいいのよ、これ。後々に穿けられれば」

「後々?」

「そうよ、ダイエット後にね。それでこのスカートが穿けるようになるのを目標にするの」

 なるほど、三日坊主の母にしてはグッドなアイデアだ。

 母は顔を引き締め握りこぶしを作る。

「りつなにのパーフェクトボディに負けないくらいを目指すわ」

「あいつってパーフェクトボディなのか? スタイル良いことは認めるけど……」

「あら、そんな見解? 94-57-89のどこがパーフェクトじゃないと言えるの?」

「え、マジで?」

 その数字は初耳だ。プロフィールは詐称だったのか。しかし、バストを小さく表記していたとは俺の目に狂いはなかったわけだ。さすが俺。

 と、ドタドタ激しい足音が廊下から響いてくる。何事だ?

「ちょっとお母さん!」

 剣幕の表情でリビングに飛び込んできた、すでにパジャマに着替えた妹はそう叫んだ。

「勝手に私のことを兄さんに話さないで! お母さんのスリーサイズもばらすよ!」

 ふふふ、と詰め寄る妹を意に介さず母は微笑んで言った。

「私はばらされても構わないわ。でもね、りつな。男性っていうのは目の前で測ってくれた方が、ドキドキするらしいわ。ね、りくと?」

 俺に質問を振るな! 今すぐこの場から逃げ出したかった。

 しかし妹の怒りに燃えた視線と母の目に見えない圧力に、俺は立ち竦んで答えざるをなかった。

 厳密に言葉を選定して口にした。

「自分の目で見た方が信用性が高い、からな」

 妹の視線がさらに鋭さを増す。

「兄さんってやっぱり変な性癖持ってんだ。今日で見直した、と思ったのに最低! 気持ち悪い!」

 妹の右手が高く掲げられ、その手のひらが電光石火で迫ってくる。しかし見切った。

 俺は左手を自身の顔の横に構えた。手首を掴んで阻止してやる。

 俺の目算は甘かった。軌道を読みきった思ったのも束の間、次の瞬間右の頬に固い衝撃が襲った。

 甲で打つ逆手のビンタを喰らったのだ。

 俺は膝をついてくずおれた。

「ほんとに最低! 変態! グラビアオタク!」

 臆面もなく言い散らした妹は、怒りに任せた足取りでドスドスとリビングから姿を消した。

 平より甲の方が断然痛かった。


 


  




 

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