第4話 証明する生き物たち

 この冷酷な殺人事件は、簡単に解決する。

 好きになってしまった親友を失うことは、どこまでも悲しい事実として、胸の中に残り続けるだろう。だけども、水滴が時間をかけて岩を削るみたいに、少しずつ悲しみは削り取られ、中にある美しい物が顔を出すはずだ。

 アマガは、そう信じていた。

 言葉を借りるならば<ゲーム>――ミナベを殺した犯人はギイだ。証拠はないが、証明して見せる。 

 かみ砕こう。

 これは、裁判でも取り調べでもない。ならば、決定的な証拠という物は必要ない。

 もっと、かみ砕こう。

 決定的な多数派を作ればいい。

 今の段階では、それぞれがそれぞれへ犯人の票を入れている。全員が、犯人である疑惑の一票を持たされてしまっているのだ。

 その票を取り出して、ギイに入れさせればいい。

 アマガは、信じていた。これが、簡単に解決する殺人事件であることを。


「最初に、美術室に来る前、どこで何をしていたか。 土曜日に学校に来た理由を言おう。 嘘はなしだ」

 二人が、静かに重く頷く。

 最初は、エツラから語りだした。

「俺は、家で寝てたんだ。 そうしたら、ミナベから連絡が来て、すぐに着替えて家を出た。 確か、4時前くらいに連絡をもらったから……アマガと合流するまでの証明できない空白は、20分くらいか?」

「それが本当なら、エツラがミナベを殺すのは不可能だろ。 何か、証明できるものは無いか?」

 エツラは、頭を掻きむしり、どうにか証明できないか悩んだが、どうにも策が出てきそうにはなかった。

 その時、急にミクサが、上半身を脱ぎだし、骨が浮き出た細い体を露わにした。

「みんな、上半身を脱いでくれないか」

 エツラとアマガは戸惑う。すると、慌てた様子で、手を横に大きく降り説明を加えた。

「ち、違うよ! 変な意味じゃないよ! ミナベさんの胸の血を見たら、犯人は返り血を浴びてるんじゃないかなって」

 上半身を脱ぎながら、エツラが噛みついた。

「お前、アマガの話聞いてないのかよ。 犯人をギイにするんだろ?」

「そうだけど……僕には、アリバイがないんだよ! このままじゃ、大学受験に響くだろ。 こうしてる間にも、受験生は知識を蓄えてるんだよ! 僕だけ、引き離されてるんだよ!」

 歯を食いしばり、首に血管を浮き上がらせながら取り乱す姿は、普段のミクサから想像もできなかった。

 ミナベの死で、それぞれの中の何かが、何者かによって破壊されている音は聞こえていた。<何者か>というのは、比喩でしかない。だが、それぞれの違った誰かなのだ。

「落ち着け、ミクサ。 俺は、絶対にお前が犯人だとは思ってない」

 ミクサは、小さく「ごめん」と謝り、目元を拭った。

「イライラするな! 俺、なんか飲み物買ってくるわ」

 エツラは、足音を強く鳴らしながら廊下を歩き、下の階へと降りていく。

「俺も、少し頭冷やしてくるよ。 ミクサも一緒に行くか?」

「僕は、大丈夫。 一人になりたい」

「そっか」

 ミクサの表情を見ているのは辛かった。彼の弱さや臆病の所は、ミナベでなくても見て取れる。今だって、表情だけは微笑んでいても、目の奥は震えており、焦点は定まっていない。目の下のクマがそう思わせているだけなのかもしれないが、そのクマだって、彼の受験に対する臆病な部分なのだ。

 アマガは、振り返ることなく一階を目指した。エツラとも、ミクサとも一緒にはいられなかったのだ。

 信じていた仲間を疑い合う空気感――それから、を隠し続けるのがしんどかった。

だが、それは、アマガだけではない。


   *


「君のせいで、多くの罪なき生き物が苦しめられてるよ」

 ラジオのノイズに掻き消されそうなほど小さなギイの声が響く。視線は、何も書かれていない文庫本に落とされている。

 やはり、この人物と顔を合わせて会話をするのは、不都合だ。

「そんなことはない。 それより、名前どうにかならないの?」

「駄目だ。 物語に置いて、名前は重要なんだよ。 君の方こそ、その嘘をどうにかしたほうがいいんじゃないか?」

 ギイと顔を合わせられない誰かの会話はここで途切れた。この声の主が、彼であるのか彼女であるのかは、やはり、物語を進める上では、どうしようもなく不都合なのだ。


   *


 星一つない暗い空を十分に眺め、冬の風に吹かれてから3階へと戻る。アマガの心は落ち着かせることができても、思考をまとめることが出来なかった。

 だが、3階に辿り着いたとき、エツラの嬉しそうな声が大きく聞こえてきた。

「いやぁ! なんで、俺、気づかなかったんだよ!」

 ミクサの肩を強引に掴み、横に揺れている。

「どうした?」

「俺、学校に来る前にコンビニ寄ったんだよ! だから、ミナベを殺して、家に戻って、また来るみたいなことはできないんだよ! 防犯カメラに映るだろ?」

 アマガは、エツラの表情を見て少しだけ安心した。自分を含めた3人の中で、最も、アリバイの証明が難しかったのはエツラなのだ。

 ミクサに関しては、一つだけ確実性の高い証明がある。それに、奉仕活動をしていたのだ、証明する時間は空白の30分間だけでいい。

 だが、エツラは、アマガと合流するまで。言ってしまえば、朝起きてからの全てを証明しなくてはいけない。自転車を使えば、十分かからないで学校に辿り着いてしまうエツラだからこそ困難だったのだ。

「よかった。 あとはミクサだけだな」

「僕……無理だよ。 このままじゃ」

「大丈夫。 すごく言いにくいんだけど、ミクサ……ツイッターやってるだろ?」

 ミクサの目を見て話せなかった。彼は、どこまでも臆病で、嫌われることを恐れている。だから、趣味とかそういう個性が露出してしまうものを隠さなくてはいけない。だが、ミクサを証明するにはこれしかない。いくら顔を真っ赤に染めて、俯き「やってない」と半べそをかきながら言われても無理やり聞きださなくてはいけない。

「嘘はなしだろ? ミクサ、ミナベと会う前の30分間……何してた?」

「勉強だよ」

「ミクサ……」

 真っ赤に染めた顔を上げてはくれない。しばらくの沈黙が二人の間には流れた。

 だが、その沈黙に耐えられなかったのはミクサの方だ。ここで、嘘を付いてしまったら嫌われる要因になりうる。ただ、それだけの理由だ。

「やってたよ。 多分、ツイートの時間を見れば、30分間、ほとんど絶え間なくツイートされてるよ。 でも、そんなの証明にならないよ」

「いや、なる。 ギイが犯人である証明には、それで十分なんだ」

 ミクサは、ほっとしたような表情だった。エツラに、再び肩を組まれも、眉を顰めることなく笑っている。

 ギイは、ミナベの殺人をゲームだといった。

 アマガは、それを比喩などと解釈することなく、そのまま抵抗なく受け入れることができた。それもすべて、アマガの隠してる限りなく重要な部分が確信しているからだ。

 ミクサのポケットでは、厨二臭いハンドルネームのホーム画面を表示したスマホが揺れている。

 しかし、それ以上に3人は、限りなく重要な部分を隠しているのだ。

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