第39話 日常へ
ノルエは自分が置かれている状況が理解出来ず、首を傾げた。
焼け焦げた跡や破壊された部分のある教室に、何故自分は倒れているのか。
友人や【太陽の魔道士】たちが、自分を心配そうに覗き込んでいる。
「俺は……?」
「ノルエ、大丈夫?痛いところはない?」
「……大丈夫だけど、何で、皆……」
皆、服装や髪が乱れている。特にマギィやメルチェイは傷だらけで、魔物と戦ってきたのではと思うほどぼろぼろだ。
メルチェイが頬を膨らませてノルエを睨んだ。
「もうっ、あんたが悪魔に憑りつかれたせいで、あたしたち大変だったんだからね!」
「は?あ、悪魔?」
ノルエは信じられないといった表情でメルチェイを見た。ハウウェルは、メルチェイは勝手に割り込んできただけでしょ、と心の中で言った。口に出すと後でどんな目に遭わされるかわからない。
「そうよ!あんたがフェンリルって上級悪魔に憑りつかれちゃって、【太陽の魔道士】もハウウェルも変になっちゃったし、そりゃもう大変だったわ!」
メルチェイは得意気に胸を張って言った。
次の瞬間、ハウウェルは肩に強い痛みを感じていた。両肩を見ると、ノルエの指が肩に食い込んでいた。
「ハウ。お前、変になったってどういうことだ?」
「……え、と……」
自分がサタンに身体と精神を乗っ取られていたと言えばいいのだが、こいつは悪魔の血を引いていると軽蔑されるのが怖い。かといってフェンリルの攻撃を受けたことにすれば、ノルエは自分が友人を傷つけたと思い、苦しんでしまうだろう。
ノルエは絶対に軽蔑なんかしない。大丈夫。そう言い聞かせ、ハウウェルは意を決して自分が十二の上級悪魔の一人、魔王サタンの血を引いていることを話した。
話を聞き終えたノルエは、深く頷くと、俯いているハウウェルの頭を撫でた。
「お前が無事で、ほんとによかった」
たった一言、それだけだった。安堵のため息とともに吐き出されたノルエの言葉に、ハウウェルは目を見開いたまま固まってしまった。
この世に生きるほとんどの人間が悪魔を忌み嫌う……とハウウェルは思っていた。マギィは黒魔女一族という特殊な出身であったから偏見がなかっただけで、他の人間には悪魔に対する侮蔑の念が根付いていると思っていた。
しかし、ノルエは、メルチェイは違った。悪魔のことなど何も気にしていないようである。それが、ハウウェルは不思議でならなかった。
何も言えないでいると、ぽん、と誰かの手が肩に乗せられた。
「さあ、帰ろう。詳しいことは帰り道に説明するよ」
手の主はバルハラであった。彼は立ち上がると、呪文を唱えた。
「再生の精霊リージェ、再生のための力を貸し与えよ……リジェネレイション!」
一瞬この場の空気が歪んだような感覚が襲ったかと思うと、焼け跡や穴だらけだった教室は、すっかり戦闘前の綺麗なそれに戻っていた。
箒にも乗らず、転移魔法も使わず、ハウウェルら五人は歩いて帰った。
「【太陽の魔道士】、さっき言ってた詳しいことって何ですか?」
ノルエに催促され、バルハラは話し始めた。
実体を封印している悪魔は、常に魂の憑代を探している。その憑代に選ばれたのが、バルハラやハウウェル、そしてノルエなのだ。
悪魔は憑代の精神を支配する場合、精神の隙につけ込む。
ハウウェルやバルハラは悪魔の一族出身のため、心の隙がなくとも先祖となっている悪魔の魂は憑依しやすくなっている。
ノルエは悪魔の一族ではない。そのため、狩人との戦闘の後のショックを受けた心にフェンリルが入り込んだのだろう。
「そうだ!俺、あの狩人たちと【太陽の魔道士】が戦っているのを見て、怖くなって……。家で部屋に閉じこもってたら誰かの声が聞こえたんだ。「強くなりたいか」って」
ノルエは思い出したように手を叩いて言った。彼の言う誰かの声というのが、フェンリルの魂の声だったのだろう。
悪魔に憑依された者は肉体、精神共に支配されてしまうのだ。バルハラはルシファーの支配を抑えることが出来るが、それも長くは持たないらしく、ルシファーの人格が表れてしまうことがあるという。
「じゃあ、ハウウェルがおかしくなっちゃったのもそのせいなのね」
おかしくなっちゃった、とは、ハウウェルが別人のようになってしまったことを指しているのだろう。
メルチェイの独り言に、バルハラはそうだよと頷いた。
ハウウェルは、フェンリルがマギィとメルチェイの命を狙った辺りからの記憶がすっぽりと抜け落ちていた。おそらく、その間だけサタンに精神と身体を支配されていたのだろう。自分の身体に悪魔が宿っていると思うと、少し恐ろしさを感じた。
【破壊】を司る悪魔・フェンリルの事件はここに幕を下ろした。
ハウウェルは元通り学校に通いだした。ノルエもすっかり回復し、また以前の頼れるクラスメイトとなった。マギィとメルチェイは怪我の治療のため、学校を休んでいる。しかし見舞いに行けば二人とも元気そうなので、この分だと傷が治り次第すぐにまた学園へ通うことが出来るだろう。
まだ依頼は山ほど残っている。頑張らなければ。
ハウウェルは気合を入れるように両頬を叩き、歩き出した。
落ちこぼれのアトリエ 羽壬ユヅル @meisyoudotou273
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