第35話 狙い
「メ、メルチェイ……何で、ここに?」
ハウウェルは、顔をひきつらせながらそう言うのがやっとだった。
それに対し、突如現れた天才少女は「決まってんでしょ」と胸を張った。
「あんたとマギィがあたしそっちのけで話してたんだもの。気になるから後をつけたんじゃない」
これにはマギィもバルハラも、思わず苦笑する。
皆して苦笑いをしているのが気に入らなかったらしいメルチェイは、必要以上に大きな声でハウウェルに依頼の説明をするように言った。声に圧されたハウウェルは、小さく謝ってから説明をした。自分が悪魔だということは、何となく伏せておいた。
「ノルエが悪魔に憑りつかれているみたいなんだ。だから……」
自らが話している内容が信じられないことばかりで、ハウウェルは自分が架空の物語を語っているように思えた。
話を聞き終えたメルチェイは、ふうん……と頷いた。そしてすぐさま、バルハラに詰め寄る。
「【太陽の魔道士】、あたしも依頼に参加させてくださいよ!」
正確には依頼ではない。これは悪魔の浄化または封印が目的の個人的な行動なのだ。
最悪、フェンリルと戦闘になるかもしれない。狩人は人間だが、フェンリルは人間を凌駕する力をもつ上級悪魔だ。つまり、非常に危険で、死に至る可能性があるのである。今回ばかりは彼女を同行させることは出来ない。
「すまない。悪魔と戦いになるかもしれないから、今回は君を連れていくことは出来ないんだよ」
「えー!やですよ、あたしの魔法が役に立たないっていうんですか!?」
「い、いや、そういうわけじゃなくて……」
バルハラは言葉が見つからず、目を泳がせる。そんな彼の態度にメルチェイは不満げに頬を膨らませた。
「メルちゃん、今度のは凄く危険なんだよ。……はっきり言うけど、興味や遊び半分の気持ちだと、死ぬよ」
マギィの言葉が相当癇に障ったらしい。メルチェイは目を吊り上げ、杖を取り出してそれをマギィに投げつけた。木製の杖は、マギィの頭部に直撃した。彼女は痛みで顔をしかめたが、それもすぐに真剣な表情へと戻した。
「何であんたはよくてあたしは駄目なの!?」
「メルちゃんじゃ、ハウくんを守れない」
険悪な雰囲気が、少女二人の間に漂い始めた。メルチェイはぎりぎりと歯ぎしりをし、マギィの方も静かに怒りを募らせている。
「……もういいわよ!」
しばらく睨み合い、メルチェイの方がそれに耐えきれなくなったように目を逸らした。そして、床を蹴飛ばす勢いでアトリエの外へと出ていった。その際に八つ当たりなのか、扉も乱暴に閉めた。
何も言わないマギィに、ハウウェルは恐る恐る話しかけた。
「マ……マギィ、なにもあそこまで言うことはないんじゃ……」
発言に振り向いたマギィは、既に怒りを引っ込めたらしく、少し悲しそうな顔をした。
「……言い過ぎちゃった」
「……うー……ん、まあ、だ、大丈夫だよ、多分……」
しばらく、沈黙が空間を支配した。
「さて、話を戻すけど」
バルハラが手を叩いたことで、沈黙の支配は終わりを告げた。
「【破壊】を司るフェンリルは、昔からサタンを敵視しているんだ。だから、一時的な器としてノルエ君の身体を乗っ取って君を倒そうとしているんだ」
「どうして器が必要なんですか?そのままの身体でも十分強いと思うのに……」
「実体は封印しているのさ。来たるべき日までね」
フェンリルら十二の上級悪魔は、その強大な
流石に魂だけでは不便、しかし実体を蘇らせるほど重大なこともない。故に彼らは、常に魂の宿る器を探しているのだ。
狩人との戦闘の後で心が弱っていたノルエにフェンリルが憑依したのでは、というのがバルハラの推測だ。
「とにかく、君はフェンリルに狙われている。友達の姿をしてるけど、十分に気をつけるんだよ」
「は、はい」
マギィさんもそろそろ帰らないと、というバルハラの声で、その日はお開きとなった。
ハウくん、とアトリエを出ようとしたマギィがハウウェルを呼び止めた。
「今日のこと、誰にも言わないでね」
念を押すようにそう言った彼女の顔は、真剣を通り越してもはや険しいものとなっていた。
勿論、と頷くと、「また明日」と言い残してマギィは出ていった。
翌日の朝から、バルハラが登下校で同行するようになった。
最初は箒で行こうとしたらしく、箒に跨って弟子の支度が終わるのを待っていたバルハラだったが、その弟子が必死に箒はやめるよう言ったため、徒歩で向かうことになった。
ハウウェルは、隣を歩く師を見上げた。身長は自分より頭一つ分高く、淡い青の髪が太陽に照らされ輝く。
しばらく見とれていたが、はっと我に返った。
「バルハラさん、どうしてこれから毎日一緒に登下校するなんて……」
「君の護衛さ。流石に学校まではついてけないから、マギィさんにフェンリルの監視をお願いしているよ。なるべく彼女と行動するようにね」
「は、はい……」
その後は、悪魔についての小さな講義を受けながら学園へと歩いた。
「ハウくんおはよー!」
抱き着いてくるシルヴァンの頭を撫でていると、マギィが速足で近づいてきた。
「ハウくん、絶対に守るからね」
普段穏やかな笑みを絶やさないマギィに真正面から見つめられてそう言われ、ハウウェルは自分がどこかの国の姫君にでもなったような気がした。
それからというもの、二人は常に一緒に行動した。マギィといるためか、その日ノルエは近づいてこなかった。
彼らの様子を、天才少女はやはり面白くなさそうに見ていた。
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