第34話 馬鹿力
切断魔法は万一失敗すれば、精霊の力が分散して付近の物を切り裂いてしまうことがある。そのため生徒同士が距離を取って行う必要があり、基本野外で練習する。今回の授業は境の森で行うことになった。
切断魔法にも、上級のものと下級のものがある。上級のエクスカリバーは絶大な威力を発揮するが、扱いが難しい。武具の精霊アルージェに認められずその機嫌を損ねてしまった者は、たちまち我が身を切り刻まれことになるだろう。
そんな危険な魔法をまだ子どもで
「武具の精霊アルージェよ……我が声に応えその力を貸し与えたまえ…………セイバー!」
メルチェイの手より放たれた真空の刃は、彼女の目の前の朽ちた樹を半分に斬り割った。周囲から感嘆の声に包まれ、メルチェイは得意気に胸を張る。
しかしその直後、メルチェイから少し離れた場所で大きな歓声が上がった。
「ノルすごーい!」
シルヴァンが無邪気に手を叩いた。クラスメイトたちも口々にノルエを褒める。
他の誰かが自分より注目されていることが気に入らない彼女は、不機嫌な表情を隠そうともせずに注目を浴びている彼の方へ歩いていく。
「ちょっとノル……」
メルチェイは言葉を止め、我が目を疑った。目の前で起こっているのは、現実なのだろうか。
「へへ、凄いだろ!まだまだ行くぜ!」
高く跳躍したノルエが、呪文も唱えず己の拳一つで大岩を粉々に砕いていたからである。それも先程自分が斬った樹とは比べ物にならないくらい巨大な岩だ。それを彼は、不敵な笑みを浮かべて破壊した。化け物のようだった。
ノルエは身軽に着地すると、傍で口をあんぐり開けているクラスメイトを振りかえた。
「な、ハウ。凄いだろ」
「……う、うん。どんな魔法を使ったの?」
クラスメイト――ハウウェルの疑問に、ノルエはどこか馬鹿にしたように首を横に振った。
「これは魔法なんかじゃない。俺自身の力なんだよ。どの精霊の力も貸りてない」
「ええっ!?そんなこと出来るの!?」
「まあな。俺は変わったんだ。強くなって戻ってきたんだ」
ノルエは大きな声で笑った。
「……!」
メルチェイは、彼の背後から何か別の鋭い視線を感じた。まるで獣のような、逃れることの出来ない眼光。蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない。背を冷や汗が伝った。
「ノルくん、凄いね」
黒魔女の少女の声が聞こえた。途端に、メルチェイは自分の身体を拘束していた力が消えたのを感じた。今の恐怖は何だったのだろうかとノルエを見れば、彼はやや顔をしかめて黒魔女の少女――マギィを見つめていた。一方、マギィはそんな彼の顔をを見上げて笑う。
「私もノルくんくらい背が高くて、力があったら岩をパンチで壊せるのかな?」
微笑むマギィとは裏腹に、ノルエは歯を食いしばって何かに耐えているようであった。彼の額には、うっすらと脂汗も浮かんでいる。
ついにノルエは、あいまいな返事をし、マギィに背を向けて早足で立ち去ってしまった。
「ノルエ……大丈夫かな」
ハウウェルは心配になりノルエを追おうとしたが、マギィに引き留められたことにより出来なかった。
「ハウくん、今日、アトリエに行ってもいいかな」
マギィは真剣な表情で、いつになく強い口調で言った。彼女に気圧され、ハウウェルはただ頷くしかなかった。
黒魔女と落ちこぼれの会話を聞いていた天才少女は、不満げに眉を寄せた。
他の実技の授業でも、ノルエはその驚異的な力を披露した。
発電魔法では片手をかざすだけでそれより上の落雷魔法を発動するし、クラスメイトたちが杖を用いて放っている突風魔法は、自分の腕を軽く振るうだけでそれと同じ威力の風を生み出していた。ノルエが自分より注目されているため、メルチェイは終始不機嫌なままであった。
しかし彼はマギィが近付いてくると、すぐに逃げるようにして離れていってしまう。ハウウェルは、そんな友人の態度に疑問を抱いた。
「急ぐから転移魔法使うね」
どこか焦った表情をしたマギィにより、二人は瞬時にアトリエ・シルフィに移動した。
その様子を、面白くなさそうに見ている者がいた。
「何よあいつら。あたしに内緒で……」
彼らの後を追うべく、桃色頭の少女は自分の荷物を持って駆け出した。
バルハラは、突然弟子とマギィが転移魔法で現れたことにさして驚いた様子はなかった。
「おかえり。……マギィさん、君も感じたのかい」
「はい。ノルくんから……」
二人の会話の内容がわからず、ハウウェルはただ首を傾げるばかりだった。
師とクラスメイトの間に漂うのは、張り詰めた真剣な雰囲気だ。何の話をしているのか、と安易に口を挟めるような空気ではなかった。
何も言えないでいるハウウェルを見たバルハラは、真剣な顔のまま弟子に向き直った。
「君はノルエ君…………から変な力を感じなかったかい?」
「変な力……ですか?」
変な力とは、魔道的な力だろうか。だとしたら、魔力の流れに鈍感なハウウェルにはそんな細かいことは感じられない。それに、魔道的な力よりもむしろ彼は物理的な力が化物並みに成長していた。
それを話すと、バルハラはやはりか、といった風に唸った。
「……落ち着いて聞いてほしい。君のクラスメイトのノルエ君には、上級悪魔のフェンリルが憑りついている」
「えっ?悪魔……が……?」
ハウウェルの身体を衝撃が突き抜ける。まさか、ノルエが悪魔に憑りつかれていたとは。
「ああ。君はまだサタンの力に目覚めていないからフェンリルの気配を感じなかったんだ。俺もルシファーの血を引いてるからね、最近同族の気配がしていたんだよ」
やはり師は、自分が魔王サタンの血を引いていることは初めから知っていたようである。ハウウェルは場違いながらも僅かに安堵した。
「フェンリルは【破壊】を司る十二の悪魔なの。今日はノルくん、やけにハウくんのところへ行こうとしていたから、きっとフェンリルはハウくん……サタンを狙っているんだと思う」
マギィはそれを敏感に察知し、自身の魔力を注ぎ込み強化した退魔の札を持ってノルエを牽制していたという。それならば、マギィが近付く度にノルエが逃げていたのも納得がいく。
三人に、重苦しい空気がのしかかった。誰も何も話そうとしない。
その時だった。
「ちょっとハウウェル!」
何の前触れも無しにアトリエの扉が勢いよく開いた。
「えっ……」
少しだけ苦手な彼女が現れ、ハウウェルは思わず一歩後退した。
開け放たれた扉の向こうには、眦を吊り上げた桃色頭の少女が仁王立ちで立っていた。
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