【破壊】の狼
第33話 違和感
あれから変わらず、メルチェイはマリティアのもとへ通っているようだ。アトリエの外を掃除している時、グリモワール家へと出掛ける彼女の姿をよく見る。
ハウウェルと【太陽の魔道士】バルハラは、相変わらず依頼の山と相対していた。
「行ってきます」
ハウウェルは師に見送られアトリエを後にした。
火傷はバルハラの治癒魔法で完治したため、普段通りに元気に登校する。途中でマギィに出会い、一緒に他愛ない話をしながら学園へ向かった。
教室に入った時、人だかりが出来ていることに気が付いた。大丈夫か、どうしてた、などという声が聞こえる。
ハウウェルとマギィは顔を見合わせた。
「ハウくーん!」
真正面からハウウェルめがけてぶつかってくる白い頭は、間違いなくシルヴァンのものであった。ハウウェルはよろめいたが、何とか持ちこたえた。そして苦笑しながらその白い頭を撫で、挨拶した。
「おはよ!ノルくんが来たよ!」
「ノルエが?」
ノルエは狩人との戦闘のショックが大きく、あれから数週間欠席していた。その彼が復帰したのか。ハウウェルはほっと安心した。
ノルくんはあの中だよ、とシルヴァンが指さした先には、例の人だかりがあった。ハウウェルとマギィはそこに近づいた。
どうやらノルエはその中心にいるらしい。長身の金髪は目立つ。ある意味灯台のようなものだ。彼の方を見ると、向こうもハウウェルらに気がついたらしく、クラスメイトたちを掻き分けてこちらに歩いてきた。
「おはようノルエ」
「ノルくんおはよう」
「おう、おはよ」
ノルエはにっと笑顔を見せた。その様子を見る限り、もう大丈夫なようだった。
ハウウェルの頭を、ノルエはその大きな手でかき混ぜるように撫でた。ぐしゃぐしゃと乱暴に撫でられ、ハウウェルは僅かに顔をしかめる。
「ノルエ、もう大丈夫なの?」
あえて「何が」とは言わない。
「ああ、この通りぴんぴんしてるさ!俺は強くなったんだからな!」
うわーははは!と高笑いするノルエ。彼にどこか違和感を覚え、ハウウェルは小さく頷くことしか出来なかった。
今日の授業は、低級悪魔の憑依に関する注意から始まった。
低級悪魔とは、人間に憑依してその魂を食らう最下級の悪魔なのだ。能力こそサタンら上級悪魔には遠く及ばないものの、自由に姿を変えることができ、人間を堕とす数多の術を得ている。
最近シトニアス街付近で悪魔が多数出没しているらしいから気を付けろ、とのことだった。
グリモワール家の件で自分だけでなく師も悪魔の血を引いていることがわかったため、複雑な気持ちでそれを聞いていた。
悪魔が出没したこともあってか、今回は簡易的な退魔術についての講義だった。
退魔術は杖や魔道書ではなく、浄化の呪文が込められた札を使う。しかしそれは遥か東にある国で作られる貴重な物で、こちらにそれを持ってくることができるのは大陸を股にかける行商人くらいなものだ。それ故に、札の効力を半減させたコピーを主に使っている。
悪魔とは何か、憑依される対象に多く見られる特徴、札の起源にこちらに渡ってくるまでの過程、その効力……教師の口は閉じることを知らない。ただひたすら言葉を紡いでいた。ハウウェルは、自分の瞼が重くなっていくのを感じた。
ふっと夢の世界から来た船に身を任せようとした時、両頬に平手打ちを食らったような衝撃が走った。ハウウェルは他人事のように、今の衝撃はあの桃色の天才少女の魔法だなと思った。
「おーい、ハウ!」
悪魔についての講義が終わり、次の授業の準備をしていると、ノルエに名を呼ばれた。
「どうしたの?」
「次の授業、切断魔法の授業だろ?」
切断魔法とは、その名の通り精霊の力で物を切断する魔法である。人間の力だけでは切れない岩石や金属などを切断する時に使用される。
切断魔法は魔道書を触媒とするもので、バルハラから貰った杖は使えない。不発か、とんでもない別の効果が現れるか。ハウウェルは不安で仕方がなかった。
そんなハウウェルをよそに、ノルエは自信ありげに胸を叩いた。
「俺、凄いことするからちゃんと見とけよ!」
「え、す、凄いこと……?」
凄いこと。全く見当がつかない。ノルエは天性の才をもつメルチェイには及ばずとも、実技の面でも高い成績を出している。普段難なく魔法を発動させているだけでもハウウェルにとっては凄いことなのだが、それ以上のことを見せられれば自信喪失してしまいそうだ。
発言の意味を理解出来ないでいるうちに、ノルエは高笑いをしながら去っていった。
「……あいつ、何か変な物でも食べたんじゃないの?」
ハウウェルは、わっと声を上げて思わず飛び退いた。何故なら、自分の隣に桃色の天才少女がいたからだ。
ハウウェルが驚いたのを不満に思ったらしいメルチェイは、むっと彼を睨みつけた。
「何よ、あたしがいちゃいけないの?」
「そういうわけじゃ……。そ、それにしてもノルエ、やっぱりおかしいよね……」
「あたしより凄いことをやってのけようってのかしら。あいつついに馬鹿になった?」
彼女の視線から逃れたくて強引に話題をそらすと、あっさりと新しい話題の方へ飛びついた。
「あたしより凄い魔法でも放てるのかしらね。いいわ、相手になってやる!」
一人で勝手に息巻くメルチェイに、ハウウェルはどう反応したらいいものかとうろたえた。
その時、授業開始のチャイムが鳴る。ハウウェルはメルチェイから逃げるように自分の席へと向かった。
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