第30話 乱入

 マリティアが使用人に呼ばれて部屋を出て、メルチェイだけが残された。本来招かれざる客である身である彼女は使用人たちに姿を見られるわけにはいかないので、部屋で大人しくしていることにした。

 マリティアがいつ帰ってくるかもわからない。非常に退屈である。メルチェイはじっと待たされるのは嫌いだった。

 メルチェイは、革袋を取り出してその中を見た。まだ魔道器具は残っている。ざっと十個くらいか。

 袋の中に手を伸ばしかけて、ためらった。大切な友達の部屋を爆破したくない。マリティアをこの依頼に巻き込みたくない。

 ふいに、部屋の扉がノックされた。マリティアかと思い立ち上がろうとするが、もしそうでなかった場合は……と考えると危険である。扉の向こうの相手が去るのを、息を殺して待った。

 しばらく待ったが、相手の気配はまだ消えない。痺れを切らしたメルチェイは、召喚した杖を片手に持ち、いつでも魔法が放てる体勢にすると意を決して扉を開けた。

「やっぱり、メルチェイさんだね」

 そこにいたのは、屋敷の使用人でも、マリティアでもなかった。

 まず最初に見えたのは、こちらににこやかな笑みを向ける淡い青髪の青年だった。その背後にはクラスメイトの落ちこぼれと黒髪の美しい男女が立っている。メルチェイは【太陽の魔道士】を見てほっとした。

「決行の時が来たよ。行こうか」

 決行。依頼を受けマリティアの存在を知るまではその言葉に気が引き締まった。しかし今は、友達を巻き込みたくない思いで一杯だった。

「……メルチェイ、大丈夫?」

 足取りが重いメルチェイを心配したハウウェルが声をかけてきた。落ちこぼれに心配されるのは面白くない。メルチェイは彼を軽く睨みつけた。

「うるさいわね、あんたに心配されるほどやわじゃないわ!」


「いいかい、俺が全部進めるから余計な事はしないでね」

 そう言うバルハラの瞳は真剣だった。どんな依頼でも余裕な姿勢を崩さなかった(走ることは別である)師に、ハウウェルは気圧されるようにして頷いた。

 バルハラは召喚した杖を一振りし、魔法陣を召喚させる。自身が中心に立つと、その外にいる面々を手招きした。

 全員が上に乗ると、魔法陣は音も無く消えた。


「お前たちは何者だ!余所者が勝手に入るな!」

 椅子に座った男が喚き立てた。

 マリティアは、桃色の髪の友人をただ見つめることしか出来なかった。

「メルチェイ……貴方は……」

「……ごめん、マリティア」

 メルチェイは友人の顔が見られなかった。

 過ごした時間は一日にも満たぬ僅かな時間だ。しかし、マリティアの屈託のない笑顔、明るさは、今までメルチェイに向けられたことのないものだった。

 家族からは過度な期待をかけられ、学園の人間からは驚き、羨望の眼差しで見られる。それとも、嫉妬の対象にされるか。自分を【天才】としか見ていない者たちに囲まれた生活に、メルチェイはどこか寂しさを感じていた。

 そんな中から、マリティアは自分を明るい表情で連れ出してくれた。彼女とは、互いのことを語り合った。彼女だけは心からの友人だと思えた。

 メルチェイは俯いたまま、その場に立ち尽くした。

「お前たちは一体何者だ、屋敷に忍び込むとは……」

 この部屋に侵入した者たちの顔を見た男の視線は、ある人物のところで止まった。視線の先の青年は、じっと男を見据えた。その青年――バルハラは、鋭利な視線を男に向ける。男の方は、バルハラを驚愕に満ちた視線で見つめていた。

「お……お前……は……!」

「覚えてくれていたようで何よりだ、…………父上」

 男を父と呼び、彼に杖を突きつけたバルハラ。ハウウェルらはこの状況が理解出来ず、突っ立っていることしか出来なかった。

 バルハラは冷ややかな口調で続けた。

「貴方が黒魔女の血を引く者を忌み嫌い、自身の過ちで黒魔女の子を成した時は世間に知られる前に始末しようとした。……貴方を信じていた母上、そして、何の罪もない弟を殺した罪は、重い。到底許せるものではない」

「ち、違うっ!わしは、誰も殺してなど……!」

 男は慌てふためいて弁解をしようとした。

「言い訳はいい。俺は貴方を始末出来ればいいだけだ」

 物騒な言葉を発すバルハラには、普段の穏やかな【太陽の魔道士】としての姿はどこにもなかった。

「貴方も母上やヴァイスと同じように炎に焼かれて死ぬがいい!我、火炎の精霊ネロの加護を受けし者。イクス……」

「やめてお兄様!」

 バルハラが男にイクスプロージョンを放とうとした時、二人の間に割って入った影があった。それは、マリティアであった。彼女は瞳に涙を浮かべながら、懸命に男を庇っている。

 バルハラは苦しそうに目を伏せ、マリティアにどくように言った。しかし、彼女は首を横に振るばかりだった。

「お兄様……貴方はサクお兄様なんでしょう?」

 バルハラを「サクお兄様」と呼ぶマリティア。

 少しの間をおいて、バルハラは彼女の言葉を肯定するように頷いた。

「…………マリティア。君は何も知らないようだね。俺が出て行った理由も、ヴァイスが死んだ理由も」

「え……?」

 杖を下ろしたバルハラは、静かに語り始めた。

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