第27話 天才少女の友情
まだ太陽は出ていない。早朝よりも早い時間に、メルチェイは目が覚めた。普段自分が起きた時には既に朝食を作っている母親の姿も見えない。もう一眠りしようとしたが、大事な用事があったのを思い出し、飛び起きた。それと同時に、あの世間知らずなお嬢様の笑顔が浮かぶ。
特別な依頼の潜入先で出会った、一人の女性。年上なのに何となく世間知らずな印象が拭えない。彼女は自分の家を爆破しようとしている相手を、そのことを知らないとはいえ信頼してくれた。
最初に【太陽の魔道士】から依頼の説明を受けた時に一緒に受け取った、爆発魔法の魔道器具の入った袋を開けた。きらきらと黒光りする小型のそれを、気取られぬように屋敷のあちこちへばら蒔けばメルチェイの役目は終わる。ただそれだけだった。【太陽の魔道士】は、以前狩人たちを放ってスティアとゼティスを捕らえようとしたのはグリモワール家の者だと言った。しかしマリティアが装飾品欲しさに魔物を捕らえさせるとは思えない。彼女は欲とは無縁そうな感じだ。きっと狩人を放ったのは別の人物だろう。そう思いたかった。
集合場所は、昨日二人が出会った場所だ。
メルチェイはベッドから降り、身支度を始めた。洗面所で顔を洗い、寝間着姿のまま台所へ向かった。
台所の戸棚には、軽い冷却魔法をかけてある昨日の夕食の残りが入っていた。冷却魔法を解いたそれらを机に並べ、一人で黙々と食べた。
自室に戻ると、今度はクローゼットを開けた。制服の他に、メルチェイ好みの可愛らしい洋服がぎっしり並んでいた。
服を取り出し、姿見の前で合わせてはクローゼットへ戻すことを暫く繰り返した。これも自分の受けた依頼だ。目立つような服は着ていけない。
「うーん……これは派手ね…………これも……」
悩み抜いた結果、一番シンプルな白いワンピースと桃色の上着を着ることにした。
髪の毛を普段通りに二つに結い上げ、鞄に魔法器具を詰めると家を出た。
朝特有のひんやりとした空気が身体を撫でる。メルチェイはあの隣街の屋敷へ急いだ。走りながら、メルチェイはマリティアとの具体的な集合時間を決めていないことに気が付いた。
「……まあ、来てなかったら待てばいいか」
朝日をその身に浴びながら、メルチェイはひたすら走った。
メルチェイが屋敷へ駆けている頃。グリモワール家の自室で、マリティアは髪の毛を梳かしていた。梳かしながら、昨日出会った友人の
鏡を見ながら羽の髪飾りをつけ、壁に掛けてある絵を見上げる。額縁の中では、淡い青の髪の少女――マリティアを真ん中に、彼女と同じ髪の色、同じ羽の髪飾りをつけた少年が左側を、長い金髪の少年が右側に立って笑っていた。
絵の中の二人の少年は、マリティアにとってかけがえのない存在。それと同時に、もう、消えてしまった家族。
マリティアは、髪飾りにそっと手を押し当てた。
「お兄様、ヴァイス。わたくし、お友達が出来ました」
マリティアの身体は、ある魔力を捉えた。この気の強いのは、間違いなく彼女だ。
マリティアは転移魔法を使い、屋敷の外、約束の場所へと向かった。
メルチェイが茂みから飛び出したのと、マリティアが転移魔法でその前に降り立ったのは同時だった。
友人の姿をみとめたマリティアは、すぐさま駆け寄って抱き着いた。
「メルチェイ!来てくれたんですね!」
「ちょっ、マリティア……」
メルチェイは苦笑しながらも抱擁を受け入れた。
マリティアはメルチェイを解放すると、今度は手を取って走り出した。
「貴方にお庭を見せたいの、来てください!」
「えっ、ちょっと!」
きっとマリティアの言う庭は、我が家よりも広いのだろう。花が咲き乱れている花畑のような場所か、木々がのびのびと育った穏やかな森のようなのか…………。
そこでメルチェイの思考は現実に戻った。自分には依頼があるのだ。ここを訪れたのもそのためで、決して先を進むお嬢様と仲良くするのが目的ではない。
メルチェイは鞄に手を忍ばせると、二、三個魔道器具を取り出し、マリティアに気付かれないように辺りの茂みや柵の陰に放った。
一言で言えば、壮大、だった。
美しい花が絨毯のように一面に咲き、花木が風に吹かれて花弁を散らす。中央にある池には可愛らしい小鳥たちが集まり、その澄んだ水を浴びている。その様子を見ていると、カーバンクルや狐のような外見の黒い魔物――フーヘイなど、様々な野生の魔物も庭に顔を出した。
「メルチェイ、こっちです」
どうやら、自分はぼんやりその場に立っていたらしい。マリティアの声が少しだけ遠くで聞こえる。そちらを見やると、彼女は花畑の中に座り、魔物たちと戯れていた。まるで天国のような光景だ。
メルチェイはおずおずとマリティアの隣に座った。逃げるかと思った魔物は、人を恐れることを知らないのか、逃げなかった。
「昔、ここで兄弟と遊んだきりなんです。こうやって誰かとお庭で一緒にいることは」
「え、あんた兄弟いたの?」
唐突に話し始めたマリティアに、メルチェイは目を丸くした。
「ええ。お兄様と、あと弟が」
「兄弟はどこにいるのよ?出掛けてるの?」
「十二年前、弟は病気でなくなり、お兄様はここを出てしまわれました」
多分、これ以上彼女の兄弟のことに踏み込んではいけない。メルチェイは強引に話題を変えた。
「ね、ねえ、あたし、もっと他の場所も見てみたいの。連れてってくれない?」
急な申し出に、マリティアは屈託の無い純粋な笑みを向けた。
「ええ、勿論。お友達ですもの」
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