第24話 天才少女の出会い

 その屋敷は、エフィル街の郊外の森の中にひっそりと建っていた。白い外壁は木々の緑と調和し、一枚の風景画のような光景を生み出している。穏やかな風が吹き、屋敷の庭園の花々を揺らした。

 その屋敷の門の前、一際大きな茂みががさがさと不自然な動きを見せた。それはしばらく動いた後、急に静かに停止した。直後、茂みから勢いよく桃色の頭が飛び出た。

 桃色の頭の主――メルチェイは、屋敷を目の当たりにし、あんぐりと口を開けた。

「……あ、あたし、この屋敷に忍び込むの……?」

 流石は魔道の名門・グリモワール家。大きな屋敷だとは聞いていたが、これほどまでに巨大かつ広大とは。メルチェイは茂みから飛び出すことが出来なかった。いくら憧れの【太陽の魔道士】の依頼とはいえ、自分一人でこの屋敷に勇んで足を踏み入れる気にはなれなかった。しかも依頼の内容は、ただ潜入すればそれで終わりではなく、続きがあった。

「爆発魔道器具の設置なんて無理よ!」

 思わずメルチェイは絶叫した。

 見つかれば即、屋敷の使用人たちに捕らえられ、どこかの牢獄にでも放り込まれるだろう。しかし【太陽の魔道士】に決して口外せぬよう言われている(もしこの依頼のことを洩らせば彼の命がなくなるという)以上、誰かに協力を頼めるわけでもない。一人でやるしかないのだ。自分が一人で成功させなければ、【太陽の魔道士】はその次の行動に移ることが出来ない。

 メルチェイは覚悟を決め、茂みの中から立ち上がった。

「やってやるわよ!これはあたしにしか出来ないんだから!」

「何をされるの?」

 聞いたことのない他人の声。それが自分の真後ろから聞こえた。ここにいるということは、間違いなく屋敷の関係者である。

 メルチェイは瞬時に己の牢獄行きを悟った。そして、恐る恐る振り返ってみる。果たしてそこには、自分と同じくらいの背丈の少女が立って微笑んでいた。淡い青の髪を肩の辺りで切り揃えてあり、羽の髪飾りをつけている。青いドレスを纏った彼女は、目を見開いたまま動かないメルチェイになおも話しかけた。

「お父様にご用です?でしたらわたくしが案内します」

「…………や、違う……」

 やっとのことで絞り出した言葉も蚊の鳴くような声で、普段の自信に満ち溢れた大きな声とは正反対だった。

 ここは逃げなければ。牢獄行きは嫌だ。メルチェイは目の前の少女に背を向け、駆け出した。

「あ、待って!」

 自分を引き止める声がした。今は逃げるか牢獄に行きかの二つに一つだ。構ってなどいられるか。

 しかし、二、三歩もいかないうちに、身体はその場から動けなくなった。腕が上がらなければ、足も新たな一歩を踏み出すことが出来ない。声すら出ない。

 何もすることが出来ないメルチェイの前に、青髪の少女は軽やかな足取りで回り込んだ。

 真正面から笑顔を向けられ、天才少女は困惑した。

「わたくしはマリティア・ルルディ・グリモワールと申します。……あ、ごめんなさい、今解きますね」

 マリティアは小さく何か呟いた。すると、メルチェイは身体に力が入るのを感じた。動きを止めていた魔法が解除されたのだ。勢い余ったメルチェイは、マリティアの胸に倒れ込んだ。慌てて離れようとすると、背中に回された腕が邪魔をした。

「ちょっ、離しなさいよ!」

「だったら逃げないでください。わたくしは貴方に何も危害は加えません」

 むしろ、屋敷に爆発魔道器具を設置して危害を加えようとしているのはメルチェイの方である。

 お願いします、と拘束されたまま懇願され、渋々メルチェイは抵抗をやめた。するするとマリティアの腕は離れていき、今度は両手を握られた。

「貴方のお名前を教えていただけます?わたくし、貴方とお友達になりたいんです」

「はあ?」

 普通は自分の家に他人が忍び込んだら、捕まえて治安維持隊に突き出すか人を呼ぶかするだろう。しかしマリティアは、見ず知らずの赤の他人を捕まえて「友達になりたい」などと言い出した。世間知らずなのか。

 ただただ目を泳がせるだけのメルチェイに、マリティアは悲しげに眉を下げた。

「駄目……です?」

「友達って、あんた正気なの?こんな見ず知らずの人間をよく信用出来るわね」

「え?貴方、悪い人には見えませんし、わたくしは信用します」

 とことん世間知らずなお嬢様だ。メルチェイは呆れを通り越して感心した。そして、考えを巡らせた。

 仕掛け先の屋敷の関係者と親しくしておけば、後々何かとやりやすくなるかもしれない。また、万が一マリティア以外に見つかっても、彼女がとりなしてくれる可能性もある。

 メルチェイはにこりと笑った。

「ええ、わかったわ。あたし、あんたの友達になってあげる」

「本当ですか!?ありがとう、えっと…………まだ、お名前をお聞きしてませんでした」

「あたしはメルチェイ。マリティア、これからよろしくね」

「はい、よろしくお願いします!」

 握手を交わしたマリティアは、眩しい笑顔をたった今出来たばかりの友人に向けた。

 学校帰りにここへ寄ったため、もう日が暮れ始めている。今日はもう帰らなければいけない。

「今日はもう帰るわ。学校帰りに寄ったから、あんまり寄り道してると怒られちゃう」

 本当は寄り道をして怒られたことなどない。

「そう……ですか。……今日はありがとうございました。わたくし、二十二年間生きてきて、お友達なんていなかったからとっても嬉しかったです」

 寂しさと喜びが混ざったような声色で礼を言うマリティアの言葉の中で、メルチェイは引っかかるものを見つけた。

 メルチェイは恐る恐る聞き返す。

「い、今、何て言った?」

「え?お友達が出来て嬉しかったと……」

「その前!あんた今いくつなの?」

 メルチェイの聞き違えでなければ、「二十二年間生きてきて」と言った。しかしマリティアはとても成人しているようには思えない。背丈も自分と同じくらい小柄だし、顔も大人びているとは言えない。どう見ても年頃の、自分と同じ十代の少女である。

 マリティアはきょとんとした顔で、質問に答えた。

「二十二歳です。メルチェイより少しお姉さんですね」

「えーっ!?……ま、まあいいわ。明日の朝、ここに来るから、その時色々聞かせてね!」

 メルチェイは屋敷を囲う森の中へ飛び込んだ。マリティアは友人の姿が見えなくなってもそこに立っていたが、間もなく侍女に呼ばれ、その場を後にした。

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