第20話 古本屋
スティアとゼティスがアトリエを去って三日が経った。狩人の存在を気にせずに生活出来るので、張りつめていた緊張が解けたようにも思えた。
ただ一つ、ハウウェルはドーマのことが気がかりだった。狩人であることが発覚し、最後に境の森で交戦して以来、彼女は学園から姿を消した。彼女にとっては偽りの友情だったとしても、ハウウェルは友達でいたかった。しかし、もうどこにいるのかもわからないし、捜しようがない。それ以外はハウウェルの生活で特に変わったこともなく、ただ勉強と依頼に追われる日々を過ごしていた。
学園からの帰り道。ハウウェルは、隣を歩く少女をややげんなりとした表情で見やった。
「……そろそろ引き返した方がいいんじゃないかな」
「なっ、何よ、あたしといるの嫌なの?」
じっとこちらを見据える彼女の言葉に、ハウウェルは疑問を抱いた。
「君は嫌じゃないの?僕と帰るの」
「はっ……も、勿論嫌よ」
じゃあ何で一緒にいるんだよ、という問いには返事が返ってこなかった。
何故急にこの桃色の天才少女が落ちこぼれである自分と帰りたがるようになったのか…………ハウウェルには全く見当がつかなかった。スティアの依頼以前は、ハウウェルは主にノルエとシルヴァンか、たまにマギィと帰っていた。今日だって、マギィと一緒に帰ろうとしていたハウウェルを強引に学園の外に引っ張り出したのは他でもない、天才少女――メルチェイなのである。
ハウウェルは、不満げに言い返してきたメルチェイに、心の中でため息を吐いた。
「もうアトリエが見えてきたよ。僕とメルチェイの家は反対方向じゃないか」
えっ、と声を上げたメルチェイの瞳は、おんぼろアトリエの屋根を捉えた。
「ちょうどいいわ、【太陽の魔道士】に魔法を教えてもらおっと!」
一直線にアトリエへと走っていくメルチェイ。取り残されたハウウェルは、大きくため息を吐いた。
「あ、お、おかえり」
「ちょっと【太陽の魔道士】!魔法を教える約束はどうなってるんですか?」
一足遅れてアトリエの扉を開けたハウウェルは、予想通りの光景にああ、と呟いた。
バルハラは、メルチェイに迫られながら苦笑いで弟子を迎えた。
「マギィさんの家で教えたよね……?」
「あれは教えたって言わないです!あたしはもっと難しい魔法を教えてもらいたいんです!」
難しい魔法はね、と、バルハラはメルチェイを押し戻した。
「俺が知ってる魔法はね、生贄を使ったり、自分を代償にしたりする危険なやつばかりなんだ。それも攻撃の手段に用いることが出来る魔法だよ。……メルチェイさんは難しい魔法を教わりたいって言うけど、具体的にどんな感じのがいいの?」
【太陽の魔道士】の言葉に、メルチェイは黙り込んだ。
奇妙な沈黙がアトリエ内を支配した。
「あ、そうだ」
その沈黙を破ったのはバルハラだった。彼は急に弟子の方を向き、言った。
「君に任せたい依頼があるんだ」
「えっ……?僕一人、ですか?」
師は頷き、一人の依頼と聞いて一歩後ずさった弟子の手のひらに物を載せた。
「古本屋にこれを届けて欲しいんだ」
ハウウェルが手を開いてみると、そこには一つのブローチがあった。中心にはひびの入った赤い宝石がはめ込まれていて、それは錆び付いた銀色の金属で縁取られている。
「古本屋のおじいさん、こういう古い物が好きみたいでね。使用済みでもいいから何か古い魔法器具はないかって。渡してくるだけでいいんだ。別に大変なことじゃないだろう?」
「そうですね。じゃあ、今から行ってきます」
「ああ、頼むよ」
ハウウェルは踵を返し、アトリエを飛び出していった。
弟子を見送った師は、取り残されたそのクラスメイトを手招きした。彼女は、ぱたぱたと小走りで駆け寄ってくる。
「何ですか?」
「俺からの依頼、受けてくれるかい?」
にっこりと笑んだバルハラの言葉をメルチェイが理解するのに、少し時間を要した。
俺からの依頼。俺から……【太陽の魔道士】からの依頼。
意味を理解したメルチェイは、思わず飛び上がって驚いた。
「え、ええっ!?あたしにっ、【太陽の魔道士】が依頼ですか!?も、勿論やります!」
「そうか、よかった。……今から依頼の内容を教えるけど、これは絶対に口に出さないでね。もし君がしゃべるようなことがあれば…………俺は死んでしまうから」
メルチェイの身体を、緊張が駆け抜けた。
そんな命のかかった重要な依頼を任せてくれるなんて。よっぽど自分は【太陽の魔道士】に信頼されているのだろう。メルチェイはこの瞬間、彼の弟子のハウウェルにも、そして黒魔女一族のマギィにも勝ったという興奮と歓喜を感じた。
急に真面目な顔になった【太陽の魔道士】にメルチェイの方も驚きの表情を引っ込め、次の言葉を待った。
古本屋を訪れたハウウェルを、予想外の人物が待ち受けていた。
「おおっ、君はアトリエの!」
「あっ!」
ハウウェルは思わず、店の奥から出てきた人物を指さした。
その人物は、エプロン姿ではたきを持っている。中肉中背のその男の顔に見覚えがあった。
(あの時の狩人だ……)
バルハラとスティアが捕らえたというあの狩人が、エプロン姿でにこやかに笑っていたのだ。思わず半歩、後退する。
「あー……、ここで働かせてもらえることになったんですね」
「そうなんだよ!ああ、あの人は命の恩人だ!」
やはり、狩人だった頃の記憶はすっかり消えてしまっているらしい。魔法の恐ろしさを少し感じる。
本が欲しいのかいと近くの本棚をあさり出す元狩人を、ハウウェルは慌てて止めた。
「ち、違います。今日は、店主のおじいさんに渡したい物があって……」
「お、そうか。店主なら店の奥で本を読んでる。案内するよ」
元狩人はにこにこ笑いながら店の奥へと歩き出した。ハウウェルはおかしいくらいに上機嫌な元狩人の背を見て、やや口をひきつらせながらその後に続いた。
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