第19話 再会
(さあ、到着だ)
ゼティスに首根っこを離され、ハウウェルはそのまま地面に崩れ落ちた。背中から降りたマギィが心配そうに彼の背中をさすった。
そんな光景を不機嫌な表情で見つめていたメルチェイは、やがてふいと顔を背け、二人より先にアトリエの中へと入った。
メルチェイは、喉まで込み上げてきた悲鳴を抑えるのに必死だった。
ようやく落ち着きを取り戻し、その悲鳴の原因を指さした。
「何で狩人がいるのよ!」
「もう終わったから大丈夫だよ。彼にはちょっと訊きたいことがあっただけさ」
メルチェイの声ににこやかに答えたバルハラの手は、狩人の胸倉を掴んでいる。
「はっ、話すことは全部話したっ!だっ、だから………!」
狩人は目に涙を溜めて訴えた。
「うん、開放するよ。ただし……」
バルハラは、ぱちんと指を鳴らした。
「記憶を消してね」
バルハラの言葉にはっとして狩人を見ると、彼はぽかんとアトリエの天井を見上げていた。しばらくの後、我に返ったのかきょろきょろと辺りを見回した。
「お、俺は一体……」
「君は街道で倒れてたんだ。見たところ、旅人のようだけど」
「えっ、あ、いや、………………そうだ、俺は旅をしてたんだ」
「行く宛がないみたいだね。その様子じゃ、働く場所もないだろう」
「そうなんだ、働き先を探して旅をしてたんだ」
バルハラの言葉に惑うことなく首を縦に振る狩人の姿に、ハウウェルは一種の洗脳めいたものを感じた。きっとこれも高度な魔法なのだろう。
「いい働き先を知ってるよ。紹介しようか?」
「い、いいのか!?ありがとう、恩に着るよ!」
狩人の声が明るくなる。魔法をかけられるまで怯えきっていた彼とはまるで別人のようだ。
特に何もすることがなく、ぼんやりと天井を眺めていたハウウェルは、師匠に肩を叩かれて我に返った。
「俺はこの人を案内してくる。外でゼティスさんが待ってるから、早くスティアさんと会わせてあげてね」
バルハラは狩人を伴い、アトリエから出ていった。彼らを見送ると、ハウウェルはスティアの方へ向き直った。
「スティ……」
そこに、今までいた筈のスティアの姿はなかった。一瞬不思議に思ったハウウェルだったが、外からユニコーンとグリフォンの再開を喜ぶ声が聞こえたので彼女を捜すのをやめた。
「これでユニコーンの依頼は解決したのね?」
「無事に会えてよかった」
メルチェイはまるで自分が依頼に大きく貢献したと言わんばかりに胸を張り、マギィはただスティアらの再会を喜んでいた。
三人は、スティアとゼティスの様子を見るべく、アトリエの外へ出た。
一角獣と獅子は、じっと身体を寄せ合っていた。互いに慈しみ合うような眼差しを向けている。
ハウウェルたちの気配に気付いたのか、スティアは顔を上げた。
(ハウウェル、今までありがとう。他の依頼はたくさんあったのに、付き合わせて……。……ただ人間の世界を見たかっただけなのに、貴方たちを巻き込んでしまった。本当にごめんなさい)
「ううん、大丈夫だよ。他の依頼はスティアみたいに、命を狙われてるとかじゃないから」
心なしか、その時のスティアの声は震えていたような気がした。
スティアとゼティスは三人に向き直り、頭を垂れた。
(私も礼を言う。君たちには、感謝してもしきれない)
(私たちは狩人たちの……人間の目の届かない場所に行くわ)
スティアの発言に、それはどこなのかと反射的に尋ねそうになった。しかしそれを人間である自分が知ってしまっては意味がない。そのため、場所を聞こうとしたメルチェイの口を塞ぐことにした。メルチェイはもごもごと喚いた。多分、落ちこぼれのくせにあたしの口を塞ぐな、というようなことを言っているのだろう。
「……元気でね」
(ええ。貴方たちも)
ユニコーンは空へ駆け上がり、グリフォンは舞い上がった。
空の彼方へ消えていくスティアとゼティスの姿が見えなくなるまで、三人は見送り続けた。
「ハウウェル、依頼の報酬はどうすんのよ?ユニコーンとグリフォンなんたから、きっと珍しい物が……」
「ユニコーンの角とか、グリフォンの毛皮でもくれって言えばよかった?」
自分の言葉を遮り、言い聞かせるように言ったハウウェルに、メルチェイはむっとばつが悪そうに黙り込んだ。
「人間の勝手で住処を追われたんだもの、彼らに報酬をねだるのは間違ってるよ」
マギィは小さく笑った。
ユニコーンやグリフォンも、元は人間の傍に存在していた。彼らの居場所に無遠慮に入り、蹂躙し、奪ったのは紛れもなく人間である。昔はユニコーンの狩猟で生計を立てていた者もいた。彼らは仕留めたユニコーンの身体を売ることでしか生きていけなかった。しかしそれは人間だけの問題で、ユニコーンには何ら関係ない。
突如自分の目の前に現れ助けを求めた、言葉を話すユニコーン――スティア。何故か魔道の素養もない自分にしか声が聞こえない。
そんな彼女とその親友のグリフォン――ゼティスとの出会い。この依頼はハウウェルの知識や物の見方を大きく広げたのは間違いないだろう。
ハウウェルは、狩人を案内したバルハラが帰ってくるまでずっとスティアとゼティスが去った方向を見つめていた。
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