第18話 降り立った獅子
…………いつまで経っても矢が当たった感触がない。痛みもない。
(子供に矢を向けるのは関心しないな)
聞いたことのない落ち着いた男性の声と共に、翼が羽ばたくような音がした。
「グ、グリフォン……!?」
ハウウェルは、自分の前に降り立った存在を見て、腰を抜かしそうになった。
純白の翼を大きく広げた雄々しい獅子。その両の瞳は揺るぎなくドーマを見据えている。彼は間違いなくグリフォンだ。
彼の呟きを捉えたグリフォンは、ハウウェルの方を振り返り頷いた。
(いかにも。私はゼティス。親友を追ってここまで来たのだ)
予想していた通り、グリフォンはスティアの親友・ゼティスであった。
ゼティスにスティアのことを伝えるべく、ハウウェルは口を開いた。
「ゼティス、スティアが……」
(スティア?スティアが君のところで世話になっているのか。…………しかし、話は後だ)
ゼティスが再び前に向き直ると、ドーマは身構えた。
ドーマとゼティス、両者の間に緊張した空気が漂う。
明るい笑顔で話していたドーマが、一生懸命グリフォンを捜してくれていたドーマの正体が、冷徹な狩人だったなんて。自分に近づいたのも、全てグリフォンを捕らえるという目的のためだったのだ。
ハウウェルは溢れる涙をこらえ、ドーマに訴えた。
「どうして君が狩人なんだ!ドーマ、考え直して!」
「……グリフォンとユニコーンを誘い出すためにお前に近付いた。……初めからお前と馴れ合うつもりなどない」
「そんな……!」
友人だと思っていた相手に冷たい言葉を浴びせられ、ハウウェルは涙を流して崩れ落ちた。
「……グリフォン、仕留める!」
ドーマは矢を放った。
(口で言っても無駄なようだな)
ゼティスも鋭い爪を持った前足を振り上げてドーマの放った矢を叩き落とした。そして体勢が崩れているドーマに即座に飛びかかった。
しかしここでむざむざと捕らえられるようなドーマではない。素早く飛び上がり、ゼティスの爪を避ける。それとほぼ同時に片手を挙げた。
手を挙げたのが合図だったらしい。付近の茂みや木の上から、大勢の狩人が姿を現した。彼らはぐるりとゼティスとハウウェルたちを囲い込んだ。
「……ここでグリフォンを仕留め、お前たちも消す」
「ドーマ……!」
全方位から狩人が自分たちに向かって殺到する。それをゼティスがことごとくその屈強な前足で薙ぎ払った。どうすることもできず、ハウウェルとマギィとメルチェイは、三人寄り添ってじっとしていた。
(ドーマ…………どうして……)
ゼティスに、そしてハウウェルにも迷いなく弓を向けたドーマ。彼女の冷え切った瞳を見た時、友情など最初から存在しなかったのだと確信した。そして、それをハウウェルは悲しく思った。
「……ハウウェル……」
メルチェイが獅子が狩人を相手取る光景を見て、怯えたようにハウウェルの服の袖を小さく掴んだ。
「メルチェイ、大丈夫……?」
「何よ?…………っ!?」
どうやら服を掴んだのは無意識だったらしい。ハウウェルの声に我に返ったメルチェイは、顔を赤くしてばっと手を離した。
「…………こ、怖いとかっ、そんなんじゃないから!ただ、手を伸ばしたらあんたの腕があっただけだからっ!」
「う、うん、わかったから」
必死に弁解するメルチェイを不思議に思ったハウウェルとマギィは、互いに顔を見合わせた。
一方、獅子の勢いに圧されたドーマ率いる狩人たちはたちまち劣勢となった。
狩人も人間である。目の前で仲間が次々と倒れていく光景に、恐怖を覚えた者も少なからずいた。
ドーマだけは感情のない人形のようにひたすら矢を放ち続けているが、他はそうはいかなかった。
ゼティスが雄叫びを上げただけで腰を抜かす者がいれば、武器を放り出してみっともなく逃げ出す者もいる。ドーマは彼らを留めようともしない。
「うわああああああ!」
また一人、武器を捨てて逃げ出した。森の出口を目指してひた走る。
しばらく走ると、出口の光が見えてきた。狩人の顔が安堵の色に変わっていく。
そんな彼の前に、一人の青年と一頭のユニコーンが立ち塞がった。
「おや、君はあいつらの仲間かい」
(通さないわよ)
目の前には青年とユニコーン、そして後ろではグリフォンが牙を剥いている。完全に逃げ場はない。身体の力が抜けていく……と狩人は思った。
「抵抗する気は失せたようだね」
狩人はへなへなと地面に座り込んだ。それ見下ろす青年は、穏やかな笑みを向ける。あまりにも穏やかで無害な印象を与えるその笑顔に、狩人がほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「さ、尋問といこうか」
青年の黒い瞳が妖しく輝いたのを見て、狩人は恐怖のあまり硬直した。
情けなく震える狩人は、その身体をユニコーンの背に括り付けられ、箒に乗った青年に連れ去られてしまった。
ゼティスと対峙しているのは、ドーマのみとなった。
(さあ、最後は君だな)
「ゼティスやめて!ドーマを殺さないでっ!」
(案ずるな、傷つけはせん。君たち、私の傍に来てくれ)
「え……?う、うん」
ハウウェルがメルチェイとマギィにゼティスの傍に行くように言うと、二人は不思議そうな表情になった。
「あんた何言ってんのよ。グリフォンは戦ってるじゃない。あたしたちに死ねっていうの!?」
「ち、違うよ。……信じてもらえないかもしれないけど、グリフォン……ゼティスがそう言ってたんだ」
「……わかった。メルちゃん、行こう。きっとグリフォンには何か考えがあるんだよ」
メルチェイは不満げな表情で、ハウウェルとマギィとともにゼティスの傍へ向かった。
ゼティスは自分の傍にハウウェルらが来たのを確認すると、再びドーマの方に向き直った。ドーマの鋭い眼差しは相変わらずだ。彼女は弓に矢をつがえ、ゼティスを狙った。
(少し動くぞ)
声が聞こえたと思った瞬間、ハウウェルは、首根っこを掴まれたような感覚を覚えた。
(このままの姿勢ですまないが、二人に私の背に乗るように言ってくれ)
ゼティスの声がすぐ後ろで聞こえた。ハウウェルは、自分がこの獅子に首根っこをくわえられていることを理解した。
ゼティスの言葉をメルチェイとマギィに伝えると、ゼティスが何をするのかわかったのか、二人とも素早くその背中に乗った。
ばさり、と頭上で何かが羽ばたく音がした。
ふいに、首元が苦しくなった。そして次に来たのは浮遊感。まさかと思い足下を見ると、自分の下に境の森が広がっていた。
(君のところにスティアがいるんだろう?案内してくれないか)
「えっ、ド、ドーマは?」
ゼティスが上昇しているのだろう、徐々に小さくなっていくドーマはじっとこちらを見ていたが、やがて諦めたように目を逸らし、姿を消した。
「ハウくん大丈夫?」
「ハウウェル、あんた首締まってない?」
メルチェイとマギィは心配そうな声を上げた。
「う、うん、大丈夫……」
そうは答えたものの、正直に言えば苦しい。服の襟をゼティスにくわえられているだけのため、自分の体重の分だけ下に引っ張られているのだから。
ドーマはまた自分たちに襲いかかってくるのだろうか。何も知らなかった時のあの笑顔は偽物だったのか。様々な疑問が湧いた。
しかし何はともあれ、スティアの依頼はこれでほとんど終わった。アトリエに帰れば果したことになる。
また一つ依頼が終わるというのに、ハウウェルはどこかすっきりしない気分を感じていた。
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