第17話 ドーマ

 獅子は空を駆ける。その背にある翼をはためかせて。

(スティア……どこにいるのだ)

 親友が狩人に射殺される様子が頭をよぎったが、慌ててそれを打ち消した。

 今自分がすべきことは、離れ離れとなった親友を見つけ出すことだ。

 獅子は、自分の下に広がる森を見下ろした。

(スティアの気配が感じられる……。やはり、この付近にいるのか)

 獅子は再び力強く羽ばたき、空へ舞い上がった。


(ゼティス……無事かしら)

 鼻を鳴らすスティア。その仕草は、まるでため息を吐いているかのようだ。彼女の声が聞こえないバルハラでもそう思った。

 スティアがため息を漏らすのも仕方がない。まだ親友の行方がわからないのだから。

「大丈夫さ、ゼティスさんは無事だよ」

(そうだといいんだけど……)

 バルハラは、これが最後だよとスティアに依頼で作った魔法器具を見せた。


 結局、メルチェイは授業が全て終わっても戻ってくることはなかった。家にでも帰ったのだろうと教師やクラスメイトは言うが、ハウウェルは変な胸騒ぎがしてならなかった。

「あんなにメルチェイが取り乱すなんて」

「心配だね」

 学園からの帰り道、ハウウェルとマギィはメルチェイを捜すことにした。ゼティスを捜すのは、師とスティアがやってくれているだろう。

 マギィは制服の胸ポケットから、小さな黒い棒を取り出した。それは、みるみる大きく長くなっていく。縮小魔法で小さくしていた、彼女の杖であった。

「追跡魔法があれば居場所がわかる筈だよ」

 小さな声で呪文を詠唱したマギィの前に、青い光が筋のように一つの方向へと続いていた。それは、南の方角を示している。

 二人は、追跡魔法の光を追って走り出した。


 ……失敗してはいけない。それは幼い頃から自分に言い聞かせてきた。失敗すれば普段優しい筈の家族に酷く落胆された。だから、自分に失敗は許されない。

 今日は初めて授業で失敗をした。周りの目が怖かった。逃げ出すことしか出来なかった。きっと自分を見ていた皆の目は、軽蔑の色に染まっていたんだろう。

(あの狩人をやっつければ、きっと馬鹿になんてされないわ)

 メルチェイは杖を握りしめ、境の森へと足を進めた。


 追跡魔法でメルチェイを追った二人は、境の森の前まで来ていた。魔法の光は、森の奥まで伸びているようだった。

 境の森は、昨日狩人たちと交戦した場所である。昨日のことを気にしていて、魔法に失敗したメルチェイが何故ここに来たのか、ハウウェルの中に一つの予想が浮かんだ。

「メルチェイ、まさか狩人を……」

「狩人?」

 マギィは昨日の出来事を知らない。故に、ハウウェルの漏らした「狩人」がどうしたのかがわからず、首を傾げた。

「昨日ここでユニコーンとグリフォンを狙う狩人と戦ったんだ。……メルチェイは、狩人を目の前にして、怖くて何も出来ない自分をひどく気にしてた。だから人で狩人に戦いを挑む……のかもしれない」

「そんな…………、狩人と一人で戦うなんて無茶だよ。ハウくん、もしそれが本当だったら危ないよ。急ごう」

「うん」

 ハウウェルとマギィが境の森の中を走っている頃。

「…………」

 森の中へ消えていった二人を、ドーマが木の陰から見つめていた。

「……ユニコーンは連れていないのか」

 ドーマは底冷えするような冷たい口調で呟くと、音も無く姿を消した。


 狩人と交戦した場所にたどり着いたメルチェイは、ぐるりと周囲を見渡した。

「ここだわ、昨日の場所……。狩人はどこにいるのかしら」

「……早々に立ち去れ」

「誰っ!?」

 はっとして辺りを見回すが、誰もいない。

「もうすぐ獅子が来る。ここはお前のいる場所ではない」

「何よ、あたしに指図するなんて……。…………あんた、もしかして」

 声は聞こえるが姿は見えない。しかし、メルチェイはその声を知っていた。

「昨日の狩人ね!?いるなら出てきなさいよ!あたしがコテンパンにやっつけるんだから!」

 たちまちいつものような威勢の良さを取り戻したメルチェイは、大きな声でその場にいる筈の狩人を呼んだ。

 その瞬間、メルチェイは背中が粟立つような寒気を感じた。

「……学生風情が出しゃばるな。……斬るぞ」

「ひっ……」

 狩人の声が自分のすぐ後ろで聞こえた。

 喉まで上がってきた悲鳴を、なんとか押しとどめた。

「あ……あんたが狩人ね?」

 メルチェイは狩人に気付かれぬよう、ゆっくりと制服のポケットに手を入れた。中には小さくした杖が入っている。

 しかし狩りのために感覚を研ぎ澄ました狩人に気付かれない筈がなく、あっさりと取り押さえられてしまった。

 背中を冷や汗が伝うのを覚えながらも、メルチェイは狩人の手を振り解こうともがいた。

「離しなさいよっ!」

「……」

 いくら暴れてもびくともしない。

(何も出来ずに死ぬの……!?)

 脳裏にバルハラが葬った。狩人たちの死体がちらつく。自分もあのようになってしまうのか。

 この状況にメルチェイが絶望しかけた時だった。

「メルチェイ!」

 荒い息混じりに自分の名を呼んだ存在を、メルチェイは縋るような眼差しで見た。

「ハウウェルっ!」

 目が合ったのは、ほんのわずかな間だけであった。しかし二人は、時が止まったような感覚を覚えた。

「メルちゃん、無事でよかった……」

 マギィの声で我に返ったメルチェイは、赤らんだ顔を隠すように「早く助けなさいよ!」と叫んだ。

 ハウウェルは杖を取り出した。しかし、狩人を前に焦り、攻撃に使用できる魔法の呪文が思い浮かばない。

「水の精霊リーム、僕の声に応えて!」

「クリスタリゼイション!」

 ハウウェルが雫魔法を繰り出したのと、マギィが結晶魔法を放ったのはほぼ同時だった。

「……っ!」

 狩人は、突然頭上から降ってきた水に一瞬だけ気を取られた。その一瞬のうちに、彼女の頬をマギィの魔法により召喚された水晶の欠片がかすめる。

 はらり、と狩人の口元を覆っていた布が地に落ちた。

 ハウウェルは狩人の右頬を見た。そこには、見覚えのある傷があった。

 右頬に傷がある、自分と同じくらいの背丈の少女を、ハウウェルは一人しか知らなかった。

「…………ドー……マ……?」

「……これ以上、隠しておく必要もない」

 正体がばれた以上、目深に被っていたフードも邪魔だと脱いだ狩人。雰囲気こそ違えど、彼女はあのドーマであった。

「ドーマ…………君が、狩人だったの……?」

 戸惑うハウウェルに、ドーマは無言で弓を向けた。

 矢が放たれた。風切り音を立てるそれは、ハウウェルのもとへ真っ直ぐに飛んでいく。

 ハウウェルはどうすることも出来ず、ただ立ち尽くしている。

「ハウウェル逃げて!」

「ハウくん!」

 メルチェイとマギィの悲鳴が聞こえた。

(バルハラさん、僕は、ここで死んでしまうかもしれません。すみません……)

 ハウウェルも死を覚悟した。心の中で、師に詫びながら。

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