第16話 天才少女の動揺
教室に入ったハウウェルは、どこか違和感を覚えた。何かが足りないような……。
ずっと入口で立ち止まっていると、マギィが声をかけてきた。
「ハウくんおはよう。今日はノルくんとヴァンくんが休みなんだって」
「え……ノルエとシルヴァンが?」
「うん。二人とも風邪ひいちゃったみたいなの」
あの二人が休むなんて、風邪をひくなんて珍しいこともあるものだ。一瞬そう思ったハウウェルだったが、昨日の境の森での出来事を思い出し、彼らが休んだ本当の理由の見当がついた。先程の違和感も、彼らがいないことにより覚えたのだろう。
何の準備も覚悟もないままあのような光景を見せられては、当分ショックで立ち直れない。あらかじめ狩人との戦闘を予想し構えていたハウウェルも、その死体を見た時は心の中で酷く動揺したのだ。
偶然とはいえ、巻き込んでしまった友人二人に申し訳なく思った。
「……今日は静かだね。何かあったのかな……」
唐突にマギィが口にした言葉は、自分の席についているメルチェイへ向けられたものだった。
確かに、いつも自慢話やハウウェルを馬鹿にするので騒がしいメルチェイが、今日は大人しく座っていた。その顔は暗い。
ハウウェルは彼女を心配したのもあって、彼女におはよう、と声をかけた。恐る恐る顔を覗き込むが、反応はない。
「…………メルチェイ?だいじょ……」
「笑いに来たの?」
「え……」
ようやく、メルチェイが顔を上げた。悔しげな表情の奥に、どこか傷ついたような色も見えた。
ハウウェルはメルチェイの言った意味がわからなかった。
いつまで経っても何も言わないハウウェルに痺れを切らしたらしい。メルチェイは、勢いよく机を叩いた。
「昨日のこと、笑ってるんでしょ!?何も出来ないで座り込んでたあたしを臆病だって!」
「なっ……ち、違うよ、笑うつもりなんてない!」
ハウウェルは慌てて首を横に振った。彼女を笑うことなんて考えてもいない。
「馬鹿にしたきゃしなさいよ!あのメルチェイが狩人にガタガタ震えてたって!」
ハウウェルを睨みつける彼女の目には、じわりと涙が滲み始めた。ハウウェルは、普段からメルチェイと自分の言い合い(といってもメルチェイが一方的にだが)を止めてくれている友人の姿を探した。しばらく視線を泳がせた後、ノルエが休んでいたことを思い出す。早くメルチェイから逃げたい。
「はいはい、みんな席についてくださいね」
そこで、教師が教室に入ってきた。ハウウェルはほっとして自分の席についたが、泣き出しそうな顔のメルチェイが頭から離れなかった。
ハウウェルが授業を受けている頃、バルハラとスティアはゼティスの捜索と、溜まっていた依頼の処理を行っていた。
「依頼にまで付き合わせてしまってすまない」
バルハラは、箒に跨る自分の隣を飛ぶユニコーンに頭を下げた。
(いいえ、気にしないで。私も貴方たちの力になりたいの)
スティアの声は、当然バルハラには届かない。故に、スティアがじっとこちらを見ているようにしか見えないのだ。
「俺にもあの子みたいに君の声が聞こえればいいんだけどなぁ。…………まあ、あの子は……っと、到着だ」
そこで、依頼されていた魔法器具の届け先である街外れの小屋が見えてきた。
バルハラは魔法器具の入った袋を抱えて急降下した。スティアもそれに続く。
「メルチェイさん?今日は調子が悪いわね」
教師の無神経ともとれる一言に、メルチェイは何も言わずにそっぽを向いた。
「おい、あのメルチェイが魔法を失敗するなんて初めて見たぞ」
「しかも簡単な冷却魔法が不発なんて……」
クラスメイトたちがざわめく。
今日の授業は、冷却魔法と凍結魔法の復習だった。以前まではいとも容易くそれらを発動させていたメルチェイだったが、今回は何故か両方不発に終わった。冷却魔法は特に簡易な魔法の一つで、ハウウェルとメルチェイを除くクラスメイトたちは、残らず発動させていた。
どの魔法にも、発動する時の安定した精神は必要である。気持ちが不安定だと、精霊は自らの力を貸す対象として不十分であると判断し反応を示そうとしないのだ。
ひそひそと話すクラスメイトたちに我慢がならなくなったのか、メルチェイは持っていた魔道書を床に叩きつけた。重い音を立て、分厚い魔道書か転がる。
「メルチェイさん、いくら上手くいかないからといって八つ当たりはいけませんよ」
教師が咎めるように言った言葉は、ますますメルチェイの怒りを掻き立てるだけだった。
「何よ皆して!言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」
メルチェイの怒鳴り声に、それまでざわついていた教室は途端に静かになった。彼女と目を合わせた生徒は、気まずそうに目を逸らすだけだった。
重い空気が漂う中、マギィがメルチェイに歩み寄った。
「メルちゃん……」
「どうせあんたも馬鹿にするんでしょ!?」
「そんな、私は馬鹿になんてしないよ」
「嘘よ!…………皆、皆あたしのことを落ちこぼれだって言ってるんだわ!」
メルチェイはマギィを突き飛ばした。突き飛ばされ倒れたマギィを、ハウウェルは慌てて助け起こした。
「マギィ、大丈夫……?」
「大丈夫だよ。ありがとう」
メルチェイは無言で教室の外へ走っていった。その際に一瞬だけ見えた彼女の顔は、授業が始まる前の、懸命に涙をこらえているそれだった。
「メルチェイ……」
ハウウェルもマギィも、ただその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
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