第15話 対人戦

 じっとスティアを見据える狩人を、ハウウェルは睨みつけた。

 緊張した沈黙が漂う。

「スティアとゼティスを襲ったのは君なの?」

 フードから覗く瞳には、感情らしいものは見当たらない。

 狩人はハウウェルの質問を無視して弓を標的へ向ける。

「……そのユニコーン、貰い受ける!」


 狩人たちとの戦いは、ハウウェルら学生にとっては非常に恐怖だった。何故「狩人たち」かといえば、あの狩人の仲間が森の茂みや木の上に隠れていたのが襲いかかってきたからである。

 弓、短剣……狩人の攻撃に震え、その場から動くことが出来なかった。

「こいつらは俺が倒すから、君たちは逃げて!」

 唯一狩人たちと戦っているバルハラは、落雷魔法を放ちながらそう言った。

「怖いよぉ……!人が……人が死んで……!」

「見るな。何も……」

 シルヴァンが掠れた悲鳴のような声を上げる。そんな彼をノルエが抱き締めた。しかし、その腕も震えを隠しきれていない。

「馬鹿ねあんたたち!戦わなきゃ!」

 メルチェイは恐怖を押し殺して立ち上がり、呪文を唱える。それは火炎魔法のものであった。

 しかし、メルチェイの心の怯えを読んだのか、炎の精霊は彼女の呪文に応えることはなかった。

 メルチェイの手より放たれた弱々しい炎は、空気に溶け込むように消えていく。今度こそ彼女も、ノルエにもたれかかるようにして地面に座り込んでしまった。

 バルハラの魔法により耳をつんざく断末魔を上げながら、雷に打たれた狩人たちが倒れていく。

 殺人経験などないハウウェルたちにとって、それは初めて見る人殺しの光景であった。積み重なっていく死体の山から、恐怖のあまり目を逸らせなかった。

 猛威を振るうバルハラの雷に、最初に現れた狩人も後退した。

「……くっ…………」

 狩人が放った矢はバルハラの雷に砕かれ、粉々になった。

 これ以上戦うのは無駄も判断したらしい。

「…………次は、仕留める」

 そう短く言い残し、狩人は去った。


「みんな無事かい?」

「………………はい、僕は、大丈夫です。でもノルエたちが……」

 バルハラは弟子の視線を追った。そこには、大地に散らばる死体たちを見て動けないでいるノルエらの姿があった。

「君たち、怪我はな……」

「何で……?」

 バルハラの言葉は、目に涙を溜めたシルヴァンの声によって遮られた。

 急に問われた意味がわからず、バルハラは首を傾げた。

「うん?」

「何で殺しちゃうの?追い払うだけでよかったじゃないか!どうして……!」

 シルヴァンは縋り付くよう姿勢でバルハラを見上げた。純粋な少年の双眸に、じわじわと水が溢れる。

「奴らは執拗にスティアさんを狙うだろう。だから、殺せるうちに殺した方がいいんだよ。相手は殺す気でかかってきてる。もたもたしてるとこっちがやられてしまう」

 バルハラは、死体の山に向かって白い粉末のような物を撒きながら言った。その言葉の響きは酷く冷酷で、淡々としていた。

「そんな……!」

 目の前に倒れている狩人を見て、シルヴァンは涙を流した。


(本当に、殺す必要があったのかな……)

 ノルエたちをそれぞれの家に送り届けた後、アトリエへと戻った。

「あの狩人たちがどこの者なのか……探る必要があるね」

 あのような場面に慣れているのだろうか、バルハラは至って普段通りだった。人を殺したというのに、何も感じていないかのようである。

「……バルハラさん、さっきの死体はどうするんですか?流石に森の中に放置っていうのは…………」

 もしもあのまま死体を放置しておけば、ノルエたちのように何も知らないで境の森へ来た住民があれを見てしまう可能性は大いにある。ハウウェルは、それだけが心配だった。

「ああ、緑化粉りょくかこをかけておいたから大丈夫だよ」

「緑化粉?」

 バルハラは無造作に手を振った。次の瞬間には、彼の手の上に何かが入った白い布袋が載っていた。

「そう。これには木の精霊の加護が宿っていて、死んだものにかければそれがたちまち大地に還り跡形もなくなるんだ。木の精霊に交渉しないと手に入らないからあまり使えないんだけどね。…………それよりも、問題は狩人たちの居場所だ」

 あの感情の起伏の少ない狩人は自分と同じくらいの背で、声からしておそらく女性だ。しかしわかったのはそれだけで、どこから来ているのかなどの肝心な情報は不明なままだ。

(……ゼティス……)

 スティアは悲しげに俯いた。ハウウェルのみに聞こえた彼女の呟きには、親友の行方がわからず、しかし何もすることのできないやるせなさがにじみ出ていた。

 そんな彼女の首を、ハウウェルは優しく撫でた。

「大丈夫だよ。ゼティスはきっと捕まったりなんかしない。グリフォンは【王者】と呼ばれてるって聞くから、絶対大丈夫」

(…………ええ、そうね。ありがとう)

 ユニコーンは人間のように表情がはっきりと変化するわけではない。しかし、ハウウェルの目にはスティアが微笑んだように見えた。


 その翌日から、情報収集が再開された。ハウウェルが学園へ行っている時間帯は、スティアとバルハラがゼティスを捜している。

「ごめんよ、グリフォン、最近は見てないんだ……」

「ううん、ありがとう。何かあったら教えてね」

「うん」

 ハウウェルは、すっかり顔見知りになった右頬に傷をもつ少女――ドーマと別れた。彼女は積極的にゼティスの情報を集めようとしてくれている。ハウウェルはそれをとても嬉しく思った。

 そこで、授業の開始五分前を告げるチャイムが鳴る。

 ハウウェルは早歩きで教室へ向かった。

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