第14話 狩人

 学園の中で情報収集を行ったハウウェルであったが、結局情報は何一つ集まらず、ついに下校時間になってしまった。

(何も集まらなかったなぁ……)

 結局、バルハラやスティアの役に全く立てていない。

 肩を落として廊下を歩くハウウェルの背に、遠慮がちな声がかかった。

「あの……ハウウェル・グランフェリデ?」

「え?」

 振り向くと、右頬に傷をもつ短髪の少女がこちらを自信なさげにこちらを見つめていた。

 この少女とは一度も話したことはないし、同じクラスでもない。全く見覚えのない顔だ。ハウウェルの頭に、今朝貼った貼り紙がちらついた。

「そうだけど……どうしたの?」

「アタイね、グリフォン見たよ!」

 自信なさげな表情が一変し、やや興奮気味にそう言う少女。彼女の言葉は、暗く曇っていたハウウェルの心に一筋の光をもたらした。

 ハウウェルも我を忘れて彼女に詰め寄った。

「それ本当!?」

「うん!昨日アタイね、授業の補習で境の森へ行ったの。境の森って、学園の生徒以外で人なんてほとんど入ってこないでしょ?なのに知らない狩人たちがめっちゃくっちゃいてさ。変だなーって思ってしばらく様子見てたらその人たち、グリフォンだグリフォンだって言ってたんだ。んで空見たらグリフォンが飛んでて、狩人たちはソイツを狙って矢を飛ばしてた」

 やはりゼティスは狩人に狙われていたのだ。彼女の話が本当ならば、昨日の時点では彼は生きていたことになる。

 有力な情報が得られ、ハウウェルは少女に礼を言うとすぐに駆けだした。


「……へえ、あれ聞かれてたんだね。あんなところまで俺たちを追いかけて来るなんて…………凄いね、彼女は」

 アトリエに帰り、バルハラとスティアに、ゼティスと思われるグリフォンの目撃者がいたこと、メルチェイがスティアの依頼に協力することになった経緯を説明すると、彼は苦笑した。もはやハウウェルはため息しか出てこない。

(でも協力を申し出てくれるなら嬉しいわ)

 スティアは夕食(勿論飼い葉である)を食べながら少し嬉しそうに言った。

「とりあえず、もうしばらくしたら境の森へ行ってみよう」

「はい」

 そこで、スティアが思い出したように顔を上げる。

(そうだ。ねえハウウェル、森へ行く時私の背中に乗ってかない?)

「え?でも……」

 スティアの提案にハウウェルは迷った。

 ハウウェルは生まれてこの方魔物の背に乗ったことなどない。故にその提案にすぐ頷きたいところだったが、スティアは自分を乗せて重くはないだろうかとか、治癒魔法をかけてもらったとはいえ、狩人たちに追われていた時の怪我がまだ痛むのではとか、様々な考えが頭をよぎり、なかなか返事が出来なかった。

 そんなハウウェルの考えも、ユニコーンであるスティアにはお見通しのようだった。

(あの時の怪我は治ったから心配しないで。それに貴方を乗せて飛べないほど私はやわじゃないわ)

 この言葉に、ハウウェルは彼女にありがたく乗せてもらうことになったのだった。

 二人と一頭は夕食を済ませると境の森へ飛び立った。


 境の森の入口に降り立つ時、見覚えのある人影がハウウェルの視界に飛び込んできた。その影は、まるで誰かを待っているかのように森の入口前をうろうろしている。

「あれはメルチェイさんかな……」

 バルハラがメルチェイの傍へゆっくりと降りた。ハウウェルは出来るだけ彼女に近付きたくなかったが、自分を乗せているスティアもバルハラに倣って降下し始めたため潔く諦めた。

「あっ、【太陽の魔道士】!」

 自分のすぐ隣に降りてきた【太陽の魔道士】に、メルチェイはぱあっと顔を輝かせて詰め寄った。

「やあ、メルチェイさん」

「あたし、ずっと待ってたんですよ?【太陽の魔道士】がなかなか来ないから」

「それはすまなかったね。……メルチェイさん、これからグリフォンを狙う狩人と遭遇するかもしれない。依頼を手伝ってくれるのは嬉しいけど、危険だから帰りなさい」

 憧れの【太陽の魔道士】に帰れと言われてしまっては、流石のメルチェイも大人しく依頼への参加を諦めるだろう。ハウウェルはそう思った。

 しかしその予想に反して、メルチェイは自信満々の態度だった。

「あたし、結構魔法を使える方なんです。だから狩人なんか来ても魔法で追い払ってやりますよ!」

 だからよろしくお願いしまーす!と笑顔を向けられたバルハラの疲れたようなため息が、ハウウェルとスティアの耳にはしっかりと聞こえた。


 境の森に入りしばらく進んでいくと、また見覚えのある顔が二つハウウェルの目に入った。彼らはそれぞれ杖と魔道書を持って、何か話していた。

「……ノルエ、シルヴァン?」

 その声に向こうも気付いたようで、ノルエが「よう」と手を上げた。

「二人とも何してたの?」

「俺たちは今日の授業の復習をしてたんだ」

「あれ?メルちゃんと……ユニコーン?」

 シルヴァンが不思議そうに指さしたのはバルハラであった。こら指ささないの、とメルチェイが彼の指を押し戻した。

 バルハラは進み出て軽く頭を下げた。

「俺はバルハラ。よろしくね」

「えっ!初めて本物見た!すっごーい!」

「【太陽の魔道士】に会えるなんて光栄だな」

 シルヴァンが無邪気に驚くのに対し、ノルエの方は冷静である。

「ところで、ハウたちは依頼か?」

「あ、うん。そこにいるスティアの依頼で……」

「スティア?ユニコーンのことか?」

「そうだよ」

(よろしくね)

 これまでユニコーンなど見たことがないノルエは、目を丸くしてそっとスティアに近付いた。スティアの方も、ノルエの顔に軽く鼻を寄せる。

(ねえハウウェル。狩人たちと交戦することになるかもしれないから、この子たちは森から出しましょう)

「そうだね……」

 確かにスティアの言う通り、一般の生徒であるノルエとシルヴァンは全く無関係だ。ここで危険な目には遭わせたくない。

 境の森から出るように頼もうとして、二人の方を向いた時だった。

「……ノルエ、シルヴァン、悪いんだけど……」

「誰だい、そこに隠れてるのは」

 バルハラの指先から稲妻がほとばしる。それは近くにある茂みに命中し、黒く焦がした。

「え、バルハラさん……?」

 何が起こったのかわからず、ハウウェルたちは困惑した。しかし、次の瞬間に焦げた茂みから現れた人物の姿を見て、その困惑の種は消えた。

 薄汚れた茶色のフードを目深に被り、鼻までを布で覆っていた。そこから覗く瞳が鷹のような鋭さを放っている。その手には、狩猟に特化した小ぶりな弓を持っていた。おそらく、狩人だろう。

 狩人の視線は身構えるハウウェルたちを通り越して、スティアに注がれた。

「……見つけた。……空飛ぶ、ユニコーン」

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