第12話 スティア

 ――イス!…………ヴァイス!!

 身体が激しく揺れる。誰かの叫び声が聞こえる……。

 誰かが誰かの名前を呼ぶ声に、深い闇に引きずり込まれていたハウウェルの意識は浮上した。

 うっすらと目を開ける。

「……ん…………」

「ヴァイスっ!」

 まだ意識にぼんやりともやがかかったままのハウウェルは、突然自身を締め付けたものの正体がわからず、混乱した。

「よかった……!腕は?治癒魔法をかけたけど……」

 ここでようやく意識がはっきりしてきて、自分を締め付けるものを見上げた。

「……あの、バルハラ……さん……?」

 ハウウェルはバルハラにぎゅうぎゅうと抱きしめられていた。苦しいくらいに。

 自分の腕の中の存在がもぞもぞ動いたのを感じたのだろう、バルハラはハウウェルを解放し、今度はその両肩を強い力で掴んだ。

「やっぱり痛いの?ねえ、ヴァイスってば!」

 ヴァイス。聞いたことのない名前だ。どうやらバルハラは、ハウウェルのことをそのヴァイスという人と間違えているらしかった。

「あ、あのっ!僕はハウウェルです」

「………………あ……、ごめん」

「いえ……大丈夫です」

 多分ヴァイスというのは彼の弟のことなのだろうとハウウェルは思った。

 バルハラは我に返ってハウウェルの肩を離した。

「……うん、腕は問題ないみたいだね。君は腕を射られて箒から落ちたんだ。どこかの狩人が空を飛んでる俺たちをあれと間違えたみたいでね」

 バルハラの視線の先を追って、その先にあった彼の言う「あれ」を見ると、ハウウェルは目を見開いた。

「ユニコーン……!」

「そう。君の傍に血だらけで倒れててね。刺さってた矢も抜いて、治癒魔法はかけたんだ」

(助けて……)

 ハウウェルの頭の中に、女性の声が響いた。落ちる前に聞いたあの声だ。しかし、周囲を見回しても女性の姿は見えず、ここにいるのは自分たちと、ぴくりとも動かないユニコーンのみだ。……となると、さっきの声はこのユニコーンのものなのか。

 ハウウェルはそっとユニコーンの傍に跪き、その首に手を添えた。

 すると、ユニコーンがゆっくりと目を開いた。綺麗な青い瞳がハウウェルを捉えた。

「さっきの声は君なの?」

(……ええ、そうよ。私の声。目の前にいるユニコーンの声よ)

「どうしたんだい?さっきの声って?」

 どうやら、バルハラには聞こえていないようである。ユニコーンも口を動かしているわけではない。自分の頭の中にのみ、語りかけてきているということか。

(……ちょっと立ち上がりたいから、離れてくれるかしら。寝たまま話すのもつらいの)

「あ……わかった。バルハラさん、ちょっと離れててって言ってます」

「ユニコーンが?……俺には何も聞こえないけど……」

 要求に素直に従い、ハウウェルはユニコーンから距離を置いた。バルハラも、不思議そうにしながらも、その場を離れた。

 ユニコーンはあまり音を立てずに立ち上がった。美しい立ち姿だ。

(怪我を治してくれてありがとう。そっちの彼にそう伝えてくれる?)

「バルハラさん、ユニコーンが、怪我を治してくれてありがとうって言ってます」

「どういたしまして。…………君、……えーと……ユニコーン、じゃ呼びにくいな……」

 ハウウェルの頭に、またユニコーンの声が響く。

(私はスティアっていうの)

「名前はスティアっていうみたいです。僕はハウウェル。で、こっちはバルハラさんだよ」

「そうか、スティアさんか。……スティアさん、君は何故狩人に追われていたんだい?」

(奴らは私の角が目当てなの。ほら、昔はよく角を削った首飾りとかがあったじゃない?)

「スティアさん……」

(スティアでいいわ)

「狩人はスティアの角が目当てだったみたいです」

 自分にしかスティアの声が聞こえないため仕方が無いのだが、いちいち彼女の言葉をバルハラに伝えるのに、ハウウェルは疲れを覚えた。

「最近はユニコーンの狩猟は禁止されてる筈だけど」

 ユニコーンの角は装飾品として高く売れるため、昔は数多くの狩人たちがユニコーンを捜し回っては捕獲していたという。しかし最近はユニコーンの目撃情報が激減し、ユニコーン狩猟は徐々にすたれていった。それに加えて人間の趣味や嗜好が目的で魔物を狩ることは法律で禁止されている筈だ。

(貴族たちは珍しい装飾品を欲しがるわ。そいつらは金に物を言わせて狩人を動かし、法律違反をもみ消しているのよ)

「そうなんだ……」

(……貴方たちにお願いがあるのよ)

「お願い?」

(私の親友のゼティス……グリフォンを助けてほしいの)

 グリフォンとは、背に翼の生えた獅子の姿をした魔物である。非常に気高く、何者にも屈さない【王者】と呼べる風格を備えていると言われる。その毛皮は美しい光沢を放ち、暖かいというから、そのグリフォンもまた毛皮目当てに追われているのだろうか。

「そのゼティスはどこにいるの?」

(わからないの。捕まっていないといいんだけど……。……ごめんなさい、こんなお願いされても迷惑よね)

「ううん、そんなことないよ。一緒にゼティスを助けよう」

 いちいちバルハラにスティアの言葉を伝えるのはやめにした。そのため、一人と一頭の間で交わされる会話に、バルハラはついていけずにただ首を傾げるばかりだ。

 今まで話した内容をバルハラに要約して伝えた。

「……なるほどね。グリフォンか。…………わかった、いいよ。何にしても密猟は見過ごせないしね」

(ありがとう……)

 こうして、グリフォンのゼティスを狩人の手から救出することになった。


「ふーん…………グリフォンかぁ。面白そうね」

 ハウウェルたちの会話を木の陰から盗み聞いていた少女は、桃色の髪を揺らした。

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