第9話 泥棒待ち
ハウウェルが道を案内し、バルハラがその指示通りに箒を飛ばす。
賑やかな大通りを通り越し、比較的静かな場所に差し掛かると、見覚えのあるこぢんまりとした家がハウウェルの目に入った。
「あ、ここです。ここの家です」
マギィの家は、街はずれひっそりと建っている。彼女によれば、時々小さな魔物も姿を見せるという。
少し古びた木製の扉を二回ノックした。
「ハウウェル・グランフェリデです」
すると、扉が開き、マギィが顔をのぞかせた。
「こんばんは、ハウくん、【太陽の魔道士】」
「こんばんは。弟子から話は聞いたよ。いきなり来て悪かったかな?」
「いいえ、大丈夫です。さあ、中へどうぞ」
マギィの家の中は質素だった。両親と三人で暮らしているそうだが、今はその両親は仕事で出払っているらしかった。
家の中は暗く、光はテーブルの上にあるランプのみだった。
「精霊が今日私の家に『何か』が来るって言ってたの。多分、その『何か』っていうのは泥棒のことだと思う」
「大丈夫だよ。……でも、ほんとにいいの?家を……」
「それ以上言わないで。ハウくんは心配しすぎだよ」
まだ家を餌にすることを躊躇っているハウウェルに、マギィは優しく笑って見せた。
ランプの小さな炎だけが室内を照らす。そんなぼんやりした空間に突如桃色の天才少女が現れたのは、三人が泥棒を待ち始めて数十分経った頃だった。
「こんばんは」と堂々とレイマ家に足を踏み入れた天才少女――メルチェイは、棚の陰に隠れているハウウェルたちを見つけると、大股で歩いてきた。
「……メルチェイ?」
「あんたに用はないの」
何の予告も無しにやってきた自分を訝しげに見るハウウェルを一睨みすると、メルチェイは目当ての人物へ詰め寄った。
「【太陽の魔道士】、魔法教えてくれるって言いましたよね?」
「え…………、確かに言ったけど、それは今度って……」
メルチェイに迫られ、バルハラはややたじろいだ。
そんな彼にお構いなしに、メルチェイは続ける。
「今、泥棒を待ってるんですよね?」
「どうしてそれを……?」
泥棒をマギィの家で待つことは、メルチェイと別れた後に話したことだ。それを彼女が知っているのは何故か。ハウウェルにもバルハラにも、全くわからなかった。
「【太陽の魔道士】と別れた後、やっぱり気になって、後をつけてきてたんです。ね、今教えてくれたっていいじゃないですか。どうせ泥棒が来るまで暇なんでしょう?」
「ま、まあそうだけど……」
「ならいいじゃないですか!教えてくれるんですね?」
じりじりと後退するバルハラを追い詰めるように、メルチェイは言葉を発する。ハウウェルは、師の顔が今までにないくらいにひきつっているのを、他人事のように珍しく思った。
メルチェイに負けたバルハラは、弟子に魔法を教えるついでに、彼女にも一緒に教えることになった。どうもバルハラはメルチェイのような強い押しに弱いようだ。
「前にあげた杖、持ってるね?」
「はい」
ちょっとあんたいつの間に杖なんて貰ってたのよ、という文句は聞こえないふりをして、ハウウェルは魔法で縮めてポケットに入れていた杖を取り出した(ハウウェルはどうしても縮小魔法が上手く出来なかったため、バルハラにかけてもらった)。それは、初めての依頼……カーバンクルを追いかけてアンの森に入った時に貰った杖だ。あの依頼以降は使うことがなく、ずっと服の中にしまいっぱなしだった。
メルチェイは落ちこぼれのハウウェルが自分を無視したのが気に入らない様子だったが、バルハラに促され、渋々といった体で自身も杖を出した。
生徒二人の準備が整い、後は魔法を発動するだけとなった。そこでバルハラは、それまでの様子を黙って見ていたマギィに目を向けた。
「よかったら君もやるかい?」
するとマギィはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、私は見ているだけでいいです。気にしないでください」
「【太陽の魔道士】、さっさとやりましょ?」
メルチェイにせっつかれ、バルハラはどの魔法を教えようか、と思考を巡らす。
弟子――ハウウェルは、強いシルフを秘めていると思えるのに、何故か魔法が一向に上達しない。彼には基礎から教えるべきだろう。しかし、それでもう片方の生徒――メルチェイは満足する筈もない。自分を天才と信じている(実際そうだが)彼女のことだ、きっととても難しい魔法を習いたがるだろう。
何かちょうどいい魔法はないか……。
散々時間を浪費し、考え抜いた末、バルハラは口を開いた。
「……じゃあ今回は、物体凍結魔法を教えるよ」
「ええっ!?そんな簡単なのできますって!授業でもやったし、お遊びみたいな魔法じゃないですか」
魔法の名前にまっさきに反応したのはメルチェイだった。
物体凍結魔法とは、その名の通り、呪文を唱え、氷の精霊グレスの力を借りて物を凍らせる魔法である。ただ、メルチェイの言った通り、やろうと思えば小さな子どもでも出来る、ごく簡単な魔法だ。夏は凍結魔法で涼をとるクラスメイトたちが多く、それらを見て、ハウウェルは少しうらやましくなったのを覚えている。
「物事には基礎が大事なんだ。基礎を固めれば何だって出来る。……ちょっと待って、凍らせる物を出すよ」
バルハラは、杖を出す時のように、右手を振った。すると、彼の手の中に小さな花が二輪現れた。そして、それぞれ二人に渡した。
「まず意識を集中させて、授業でやった通りの呪文を唱えるんだ。そうすればその意志が氷の精霊グレスに届いて、杖を通して力をくれる筈だよ」
ハウウェルはじっと目を閉じ、余計な事を考えないように頭を真っ白にした。
「はい、できました」
ハウウェルはぎょっとして隣を見た。そこには、呆れたような表情をしたメルチェイが座っていて、彼女の手には、分厚い氷に包まれた花があった。
「じゃあ今度は君の番だ」
「は、はい。出来るかな……」
ハウウェルは、恐る恐る花を手に載せ、空いている片方の手で杖を構えた。そして、凍っている花を思い浮かべながら、短く呪文を唱えた。
この杖は、持ち主の力を最大限に引き出してくれる。……そう師匠は言っていた。(氷の精霊……お願い、応えて!)
すると、ハウウェルの手にある花に、変化が起こった。それがみるみるうちに薄い氷に覆われたのだ。ハウウェルは思わず、手の中の花を凝視した。
「あんたに出来るのはその程度よ」メルチェイが馬鹿にしたように(実際に馬鹿にしているだろうが)鼻で笑った。
メルチェイの花は氷の中に閉じ込められたといった感じだが、ハウウェルのは花に少し霜が降りたくらいであった。しかし彼女との差はあれど、一応凍結魔法は成功したのである。ハウウェルは杖のおかげと知りながらも喜びを隠せなかった。
「やった……」
「やれば出来るだろう?この調子で続けていこう」
はい!と返事をしようとしたハウウェルの口に、勢いよく誰かの手が当てられた。
「むぐっ!?」
「ごめんなさい。……でも、誰かが来たって精霊が言ったの」
手の主はマギィだった。彼女は、ハウウェルの口を塞いだまま、油断なく周りを見回した。
「……!来る、……きっと泥棒の男の子だよ」
全員の緊張が高まる。バルハラは杖を構えた。
古い木製の扉が、きしみながら開いた。
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