第8話 黒魔女の少女
アトリエに帰り、ハウウェルはバルハラに事情を聞いた。
バルハラは、依頼を終えて街道を歩いていると、少年に報酬のパンを取られてしまったという。それを追いかけていたときにハウウェルとメルチェイに会い、ハウウェルたちが見たように、少年にたらい落としの魔法をお見舞いされて逃げられてしまった。
「魔法で捕まえればよかったのに」
メルチェイが不服そうにつぶやく。彼女は、アトリエに帰ろうとするハウウェルらについてきていたのだ。ハウウェルは何か嫌味を言われないかはらはらしたが、別にそんなことはなく、彼女の視線は常に自分を通り越して【太陽の魔道士】に注がれていた。
彼女の問いに、バルハラは首を横に振った。
「君たちと同じくらいの子に手荒な魔法は使えないよ。それに、あの子はただのいたずらでやっているんじゃなさそうだ」
「どうしてそう思えるんですか?」
ハウウェルは、メルチェイが敬語を使っているのを新鮮に感じた。誰にでも友達と話すような言葉を使う彼女でも、敬語が使えたのか。
彼女のことを無意識のうちにじっと見つめていたらしい。急に頬をつねられた。
「いたっ!な、何するんだよ……」
「あんたがあたしのことジロジロ見てるからいけないのよ!」
「え……」
「もうっ、これだから落ちこぼれは……」
メルチェイは苛立ちを吐き出すかのように、ため息を吐いた。また元の話に戻ると思われたが、バルハラがハウウェル以上に落ちこぼれという言葉に鋭く反応した。そして、メルチェイに少し厳しい口調で言った。
「こら、そんなこと言わないの。この子は素質があるんだから、彼が落ちこぼれだって決めつけない」
「む……ご、ごめんなさい」
不満そうにしながらも謝った(勿論ハウウェルではなくバルハラにである)メルチェイに、またハウウェルは新鮮さを感じるのだった。
アトリエでの話し合いの結果、泥棒事件の犯人であろう少年のことについて、手分けして街で聞き込みをすることになった。
ハウウェルは、手当り次第に街の人をつかまえ、泥棒のことについて尋ねた。
ほとんどが犯人の姿は見ていなかった。しかし、どの家も持ち去られていたのはパンや果物など食べ物のみで、それ以外は何も盗まれていなかったという。
「あの子、えらく必死だったよ。いたずらでやってるとは思えなかったから、見逃しちゃったのよね。まあ次はないけど」というのは、少年の姿を見たと申し出てきた果物屋のおばさんだ。
これで少年が犯人ということは確定した。彼は、何のために食べ物を盗んだのだろうか。
「こんにちは……いえ、こんばんは……かな」
「マギィ?」
だんだんと夜の幕が下りてくる街道で、ハウウェルはクラスメイトの少女――マギィ・レイマに会った。黒く短い髪をしていて、その瞳は珍しい紫色だ。そういえばバルハラも瞳の色が紫だったな、と思い出す。
「そうだ。マギィ、君の家は泥棒に入られた?」
「いいえ、まだ大丈夫だけど……。近いうちに来ると思う。精霊がそう言ってるの」
マギィは、黒魔女一族の血をひいていて、精霊の存在やシルフの流れにとても敏感だ。
その黒魔女一族というのは、強い
「ハウくん、【太陽の魔道士】とメルちゃんと犯人捜ししてるんでしょ?」
「うん、そうだよ」
「だったら私も手伝えると思うの」
微笑むマギィに、ハウウェルは意味がわからず、首を傾げた。
「私の家をその泥棒を捕まえるための餌にすればいいんだよ」
「えっ……?餌?」
「そう。私も協力するって、【太陽の魔道士】に伝えてもらえるかな」
ハウウェルは迷った。本人が申し出ているとはいえ、クラスメイトの家を犯人を泥棒をおびき寄せるために使うのは気が引ける。
そんなハウウェルの心を読んだのか、マギィは穏やかに笑んで首を横に振った。
「気にしないで。私の家がなくなるわけじゃないし、ちょっとくらい荒らされても、それで街の皆が助かるならいいの」
呆気にとられていると、いつの間にやらマギィの姿が消えていた。少し遅れてから、マギィが転移魔法を使えることを思い出した。
バルハラもメルチェイも、情報収集はハウウェルと同じくあまり成果はなかったらしい。集合場所となっていた街の噴水広場にて、ハウウェルは二人にマギィの伝言を伝えた。
「…………というわけです。だから今夜にでもおいでって……」
「なるほど……それはちょうどいい」
「……マギィが?」
バルハラは興味深そうに頷き、メルチェイは何故か不機嫌そうに眉を寄せた。
「何か不満でもあるの?」
「別に何もないわよ!何なの?」
「……いや、何でもない……」
確かに今の彼女は不機嫌だ。それが何であるかが不思議だったが、これ以上詮索するのはよそう。
「えーと……メルチェイさん……だったっけ?もう暗いから家へ帰りなよ。心配しないで大丈夫だから、あとは俺たちに任せて」
「えっ、そんな!まだあたしは……」
優しく言ったバルハラに、メルチェイは今度は困った顔をして食い下がる。バルハラはそんな彼女にさらに優しい表情をした。
「君と俺たちとじゃ帰る方向が逆だ。これ以上暗くなると、魔物も出てくるかもしれない。…………今度、魔法教えてあげるから」
【太陽の魔道士】に魔法を教わることができる……それだけで、メルチェイの眉間の皺がすっと消えていく。途端に嬉しそうに顔をほころばせて「はいっ!おやすみなさい!」と踵を返して走り去っていった。あんなに嬉しそうに笑うメルチェイは初めて見た。
「……いいんですか?依頼まだ結構あるし、教える暇なんて……」
「まあ、時間を見つけて簡単なのを教えるさ。あの子はどんどん成長していくから、本当は俺の教えなんて必要ないんだけどね」
「そう……ですか」
メルチェイはバルハラの言う通り、何でもそつなくこなす。ただそれ故に何事も自分が優れていると思い込み、魔法の素養のない者を一方的に見下し馬鹿にすることがある。ハウウェルがいい例である。
おかげで彼女には友人と呼べる者が少なく、魔物を退治したとか、難しい魔法を発動させたとかいうことがなければ、その周りに人が集まることはなかった。
あの性格をどうにかすれば友人が増えるのでは……と指摘でもしようものなら、途端に魔法をお見舞いされるだろう。
「さあ、これからマギィさんの家へ行こうか」
「えっ、今からですか?」
もう真っ暗な夜である。てっきりアトリエへ帰るのかと思っていたハウウェルは、目を丸くした。
「当たり前じゃないか。一刻も早く泥棒を捕まえなきゃいけないんだから。このまま泥棒を野放しにすれば、この街から食べ物がなくなってしまうよ。それにまだ、依頼が溜まってるし」
「そう……ですね」
ハウウェルとバルハラを乗せた箒は、夜空へ舞い上がった。
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