第5話 初めての魔物
カーバンクルを追いかける中、意外な事実が明らかになった。
「ちょ、ちょっと休憩しようよ……」
「え、まだ少ししか走ってないですけど……」
「君が走るのが速いんだよ……。若いのはいいね」
「バルハラさんも十分若いですよ」
バルハラは走るのが遅い。追いかけ始めた頃はバルハラがハウウェルを引っ張って走っていたが、それもすぐに立場が逆転し、ハウウェルが疲れ果てたバルハラを引っ張ることとなった。
ハウウェルは出会って三日も経たぬうちに、バルハラ・ローウェンディートの【太陽の魔道士】としての完璧な人物像が揺らぐのを感じた。
バルハラがついに音を上げ、近くの木陰で休憩することになった。ハウウェルはカーバンクルがどんどん自分たちから離れていくのを心配したが、追跡魔法があるから大丈夫と、バルハラは呑気である。
「ねえ、依頼って初めて?」
バルハラは、額に浮かんだ汗をぬぐいながら、ハウウェルに問うた。
「それは……勿論。父さんたちの作業場には立ち入り禁止だったし、親が死んでからは落ちこぼれの僕のところに依頼なん……むごっ」
と、その時ふいにハウウェルの口を杖が塞いだ。バルハラの杖だ。
「それ、禁止ね」
「え?」
「その落ちこぼれっていうの。負の感情は大体の精霊が嫌うよ。もっと前向きに生きなきゃ。そのうち低級悪魔に憑りつかれてしまう」
さあそろそろ行こうかとバルハラは腰を上げた。ハウウェルも慌てて立ち上がる。
その直後、ハウウェルは自分の背後でかすかな唸り声がしたことに気付いた。それはバルハラも同じだったようで、注意深く辺りを見回していた。
ふと、バルハラの視線がハウウェルの背後で止まった。
「……!後ろだ!」
「えっ……?うわぁっ!」
バルハラはハウウェルの肩を掴み、自分の方へ引き寄せた。そして開いている手で軽く爆発魔法を発動させ、後ろで動き出したものを威嚇する。ハウウェルも、恐る恐る後ろを振り返った。
そこには、巨大な木の化け物――ツリーゴーストが、自分らに向けて唸り声を発しながら立っていた。
「え……さっきの木が……」
「俺たちが寄りかかってた木だ。きっと、最初から俺たちを襲うつもりで普通の木に化けていたんだ」
「あ、危なかった……」
あと少し、バルハラが引き寄せるのが遅かったら、ハウウェルはツリーゴーストの餌食となっていただろう。そう思うと、ぞっとした。
「よし、ちょうどいいや」
バルハラはそう呟き、左手を横に振った。すると、彼の右手にある杖より少し小ぶりな、水晶のように綺麗な石でできた杖が現れた。ハウウェルは、バルハラがその杖を使って、目の前の魔物を退治してくれるのだろうと思った。
しかし、バルハラが使うと思っていた杖は、ハウウェルの手に握らされた。
「さあ、これは今から君の杖だ」
「え?」
杖を渡された意味が解らず、ただ手の中の杖を見つめた。透明な石でできたそれには、自分の困惑する顔が映っている。
突然、背中に軽い衝撃が走った。振り返れば、杖を自分の背中に当てたバルハラが笑う。
「君なら出来るさ。これくらいの魔物、とっととやっつけちゃおう」
「え…………ええっ!?」
何ということだ。ハウウェルは心の中で絶叫した。ただでさえ落ちこぼれと呼ばれている自分が、実戦経験皆無な学生の自分が、こんな凶悪な面構えの魔物と戦うなんて。絶対倒せる筈がない。
「死にたくなければその杖を信じて。その杖は君の力を最大限に引き出してくれる筈だ」
「ぼ、僕なんかがっ……こ、こんな魔物倒せるわけがないじゃないですか!最大限に引き出すっていっても、落ちこぼ」
「そんなこと言わない。ほら、来たよ!」
ハウウェルは反論したが、バルハラはお構いなしに迫りくるツリーゴーストを杖で示す。
「魔法は授業で習っただろう?何でもいいから、攻撃になりそうな魔法を詠唱するんだ」
「そんなこと言われても……!」
「死にたくなきゃさっさと詠唱する!」
バルハラは絶対にハウウェルに魔物の相手をさせるつもりらしかった。ハウウェルは、慌てて頭の引き出しの中を探る。
(……あ、発火魔法なら……!)
先日授業で習った、発火魔法が頭に浮かんだ。その時は結局成功しなかった。
しかしそんなことを言っている場合ではない。ハウウェルは、口の中で呪文を詠唱した。
ぽんっと音を立てて、小さな火玉が呪文を詠唱し終えたハウウェルの前に現れた。
「やった、成功した!」
しかし、それだけであった。火玉は強い輝きを一瞬放つと、すぐに消えてしまった。ハウウェルは落胆を覚えた。この小さな火の玉が、自分の最大限の力なのか……と。そして間を置かずに恐怖が押し寄せる。
ツリーゴーストは木の魔物だからか、その輝きに少し怯んだようだった。
「それで十分だ。後は任せて」
バルハラがハウウェルの前に立ち、杖を魔物に突き出した。
「我、火炎の精霊ネロの加護を受けし者。イクスプロージョン!」
杖の先から、すさまじい炎がほとばしる。それは瞬く間にツリーゴーストを包んだ。
低い断末魔を発しながら、ツリーゴーストは灰となった。
ハウウェルは、魔物だった灰が風に飛ばされるのと同時に身体から緊張が抜け、その場にへたり込んだ。
「はぁ…………あ、危なかった……」
ツリーゴーストとの遭遇以降、危険な魔物と鉢合わせすることはなかった。
しばらく歩くと、バルハラはふと立ち止まった。
「カーバンクルはすぐそこだよ」
ハウウェルは、バルハラが示した方向を見た。追跡魔法の青い光が伸びている先に、広場のように開けた場所があった。そこからは、きいきい、と小動物の鳴き声がする。
バルハラは再び歩き出した。
一匹の魔物と交戦しただけで、こんなにも疲れるものなのか。ハウウェルは心の中でため息を吐き、急ぎ足で師の後を追った。
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