第4話 追いかける
「…………わっ、もうこんな時間!?」
ハウウェルは部屋の時計を見て、ソファから飛び起きた。時計の針が、授業が始まる時間を指していたのだ。しかしその後すぐ今日が休日だということを思い出し、ほっと胸を撫で下ろす。
昨夜シトニアスの住人の依頼をまとめ上げたハウウェルとバルハラは、それぞれソファとベッドで寝た。居候の身だからと言ってソファで眠ろうとするバルハラをハウウェルが必死で自室のベッドに押し込んだのもあり、彼は非常に疲れていた。父母の使っていた寝室は掃除を全くしておらず、それをバルハラに使わせるわけにもいかず、自分もそんな埃まみれの場所で眠りたくなかったための選択である。
「おはよう。起きたみたいだね」
「あ、バルハラさん。おはようございます」
アトリエの応接間に行くと、バルハラは椅子に座ってパンをかじっていた。
「勝手に食べちゃった。このパン美味しいね。どこで買ったんだい?」
「ああ……、それは自分で作りました。喜んでもらえたならよかったです」
ハウウェルは、両親が健在だった頃から家事などを手伝っていたため、それらは一通り出来た。食事も自分で作るし、アトリエの裏庭で野菜の栽培もしている(掃除はただやらないだけである)。
「君が作ったのかい!俺、料理はからっきしだから、旅してた頃も好きな物を買って食べてばかりでね」
「そんな……好きな物ばっかり食べてたら体調崩しますよ。栄養の偏りが……ってごめんなさい、偉そうに言っちゃって」
「いや、そういう風に注意してくれる方がありがたいよ。別に俺は偉いわけでもないし、普通に接してくれると嬉しいな」
バルハラはパンを食べ終えると、昨夜まとめた依頼の記された書類を手に取った。
「よし。今日は迷子捜しをしなきゃだ」
「ああ、えっと……確か、飼ってたカーバンクルがいなくなったっていう依頼でしたよね」
「そう。準備が出来たら言ってね。街の外へ捜しに行くから」
「はい」
カーバンクルとは、額、耳の先端、尻尾の付け根に赤い宝石を持つ、兎のような魔物である。基本的に小柄で人懐っこいので、古くから愛玩動物として飼われてきた。そのカーバンクルが家から脱走してしまったので、見つけ出してほしい、というのが依頼の内容だった。依頼主も街中くまなく捜したが見つからず、ここ数日は街にカーバンクルの絵が描いてある貼り紙を張る作業ばかりだという。そのカーバンクルの首には、黄色のリボンが巻いてあるらしい。
ハウウェルはせっせと身支度をして、バルハラと共にアトリエを出た。
箒は高価な物で、持っている人間はハウウェルの周りにもあまりいない。なので仕方がなく箒に二人乗りしているわけだが、元々一人用の箒なので、ハウウェルは落ちないようにバルハラにしがみついていた。
聞けばバルハラは、箒は買ったものではなく自分で作ったという。流石【太陽の魔道士】ですねと言おうとしたが、やめておいた。
「あそこの森に行ってみよう。まだ捜してないんだろうし」
「えっ、ア、アンの森ですか……?」
「うん?何か問題があるのかい」
バルハラの指さした先には、黒々とした緑が広がっていた。アンの森である。
アンの森は、一度入ると魔物に襲われ殺されてしまう【魔物の森】として、シトニアスの住人たちは決して近付かなかった場所だ。
ハウウェルは、アンの森の噂をバルハラに説明した。それを聞いたバルハラは、おかしそうに笑う。
「ふふ、大体の魔物なら何とかなるから大丈夫だよ。俺といればね」
「そ、そうですか……」
「さあ、しっかりつかまってて!」
バルハラはアンの森の上空に差し掛かると、箒を急降下させた。それは、物凄いスピードで真っ逆さまに落ちていく。ハウウェルは悲鳴を上げてしがみつく力を強くした。
「お、落ちるっ!落ちますから!もう少しゆっくり……!」
「何言ってるんだい、これが箒の楽しいところじゃないか」
「お願いだからやめてくださいっ!怖いです!バルハラさん!」
ハウウェルの必死の願いも、バルハラは笑い飛ばした。
二人を乗せた箒は、アンの森の中心部へと突っ込んでいった。
無事に森に降り立った二人は早速カーバンクルの捜索を開始した。ただハウウェルの方はまだ箒の恐怖が忘れられないようで、僅かに足が震え、ふらついていた。
そんな彼にお構いなしのバルハラは、右手を無造作に振った。その直後、淡い青の光を纏った木製の杖が現れた。バルハラはそれを握り、小さく呪文を詠唱した。すると青い光が地面に一筋、道のように地面に浮かんだ。
「ここで問題だ。今俺が使った魔法は?多分授業で習っただろう」
ハウウェルは、頭の中の引き出しをかき回し始めた。確かあの光、数日前の授業で見た筈……。
「確か………………追跡魔法?」
「正解。探し物には追跡魔法が一番便利だよ」
追跡魔法とは、自分の目当ての物のある場所まで導く魔法である。呪文を唱える際、目的の物をイメージしながら行う。それは古くから、主に狩猟に使われてきた。
ただ、追跡魔法は自分のイメージに頼ることになるため、思い描いたものと追跡する実物が違うものであれば全く違うもののもとへ導かれてしまう。
「どうやら、ここに迷い込んでしまったみたいだね」
バルハラが指し示す先には、追跡魔法の光が浮かんでいた。おそらくその光の先に、カーバンクルがいるのだろう。
「さあ、行こう」歩き出そうとした二人の前に、赤い宝石を身に生やした、兎のような魔物が飛び出してきた。カーバンクルである。しかも、黄色いリボンを首に巻いている。間違いなく、今回の依頼のカーバンクルだ。
「あっ、このカーバンクル……」
「間違いないね。さ、いい子にしててね……」
バルハラが、ゆっくりとカーバンクルの前に手を差し出した。カーバンクルは、その手に近寄り、不思議そうに匂いを嗅いだ。
ぱしっ。
「なっ、ちょ、ちょっと待って!」
カーバンクルはふいに目を吊り上げバルハラの手を振り払うと、そのまま森の奥へ走っていってしまった。
二人はしばらく呆気にとられていた。
「お、追いかけるよっ!」
「わっ!?」
木が多い森の中では、箒では自由に飛び回れない。
バルハラははっと我に返り、ハウウェルの腕を掴んで走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます