第3話 ウワサ
”【太陽の魔道士】が、アトリエ・シルフィにとどまっているらしい”
噂は、いつの間にか街の隅々まで広がっていたらしい。
バルハラがアトリエを訪れた翌日には、誰が広めたのかはわからないが、既にシトニアスの住人全員にその情報が行き届いていて、学園へ登校する時も、すれ違う人たちにまるで挨拶のように同じ質問をされた。
教室に入ると、あっという間にハウウェルを中心にした人だかりができた。
「ハウくんハウくん、ハウくんのアトリエに【太陽の魔道士】がいるってホント?」
「シルヴァン……」
純白の髪をもつ小柄なクラスメイトが、無邪気な笑顔で訊いてきた。ハウウェルはクラスメイト――シルヴァンの質問に答えようとしたが、彼を押しのけて顔を出したメルチェイによって、それは実行できなかった。
「ちょっとハウウェル!【太陽の魔道士】があんたんとこのアトリエにいるって本当なの!?」
「……まあ、そうだけど」
「やっぱり!早く会わせなさいよ!教えてもらいたいことがいっぱいあるんだから!」
メルチェイはハウウェルの両肩を激しく揺さぶった。彼女を止める術もなくただされるがままになっていると、二人の間にぬっと腕が割って入り、そのまま引きはがした。衝撃から解放されたハウウェルは、ほっと息を吐く。
「そこまでだ。さ、そろそろ先生が来るぞ」
腕の主はノルエであった。「大丈夫か?」と彼はハウウェルの頭に軽く手を乗せた。ハウウェルはこくりと縦に頷く。
メルチェイは不満げに鼻を鳴らした。
「……ふん、いいもん。あたし自分で会いに行くから!」
授業が終わり、校舎の外へ向かうハウウェルの背はどこか丸まっているように見えた。いや、実際に猫背になっていたのだろう。
学園中の人間から何度も同じ質問をされては疲れるのも当然だ。顔も知らぬ生徒や、学園の教師までもがハウウェルへ「あの【太陽の魔道士】がアトリエにいるのか」と尋ねてきた。途中からそれらに言葉を返すのも面倒になってきて、ただ頷くだけになったほど、ハウウェルは疲れ切っていた。
「ハウウェル、待ちなさーい!」
猫背のハウウェルのもとへ、メルチェイが息を切らせて走ってきた。おそらくこのままハウウェルについていってバルハラに会おうとしているのだろう。
「メルチェイ……。……バルハラさんに会いたいなら、勝手についてくればいいよ」
「なっ、何よその言い方。……ま、【太陽の魔道士】に会えるならいいわ」
メルチェイと並んで歩いて、ハウウェルは自分の身体が自然と構えるのを感じた。
理由はわかっている。彼女にいつ嫌味を言われるか知れたものじゃないからだ。ハウウェルは、心の中でびくびくしながら校舎を出た。
校舎から出て、すぐのことだった。
「おーい!」
頭上から誰かの声が降ってきた。それを聞いた二人は、不思議に思いながらも空を見上げた。
「迎えに来たよ」
二人の前にゆっくりと降下してくる箒。そして、それに乗った薄青の髪の青年。そう、箒に乗って現れたこの青年は、紛れもなくバルハラであった。他の生徒たちの視線が、全て自分たちに向いているのがわかる。
「バ、バルハラさん!?どうして……」
「だから、お迎えに上がりましたって」
そこで、ハウウェルの身体がぐらりと倒れた。何が起こったかわからずにいると、上の方でメルチェイの高い声がした。どうやら自分は彼女に突き飛ばされたようだ。
「【太陽の魔道士】だ!本物!」
「え、君は?」
「あたし、メルチェイ・アンベリアっていいます!あなたに魔法を教えてもらいたいんです!」
メルチェイは、きらきらとした目でバルハラを見上げた。ハウウェルは、この時初めてメルチェイが素直な少女に見えた。一方でバルハラは、穏やかな笑みを絶やさない。
「君、シルフは十分にあるよ。だから俺が教えることなんて何もないさ。大抵のことなら自力で解決できちゃうだろう?」
このバルハラの言葉にメルチェイは少ししょげたような顔になり、「そんな……」と肩を落とした。しかしすぐに表情を戻すと、まだ倒れたままのハウウェルを見下ろした。
「あたし、【太陽の魔道士】に魔法を教えてもらえるまで、何度でもあんたのところへ行くからね!諦めないから!」
一人学園の外へ駆けていくメルチェイを見送ったバルハラは、ハウウェルの手を引っ張り、助け起こした。
「さ、大丈夫かい?帰ろう」
「は、はい」
生徒たちが注目する中、二人を乗せた箒は空高く舞い上がりアトリエを目指して飛んだ。
アトリエの前で箒から降りると、ハウウェルは目を疑った。バルハラはそんな彼の肩に手を置き、ため息を吐く。
いつも人の訪れることのないアトリエに、大勢の人が押しかけていたのである。彼らは、シトニアスの住人たちだった。
「君を迎えに行ったのは、これのせいでもあるんだよね」
「何でアトリエに人がいっぱいいるの……!?」
そう言いながら、ハウウェルは大体の見当がついていた。【太陽の魔道士】が
人混みの後ろで立ち尽くすハウウェルとバルハラを捉えた住人の一人が、「【太陽の魔道士】だ!」と声を上げた。その声でアトリエの方を向いていた他の住民も一斉に後ろを振り返った。
「あれが【太陽の魔道士】!」
「本物だ!」
次々とバルハラに住人が押し寄せる。バルハラはよろけて尻もちをついてしまった。しかし、そんな彼に構うことなく住人たちは口々に言う。
「どうか!私たちの頼みを聞いてください!」
どうやら、住人たちはアトリエに依頼があって訪れたようだった。こんなに人が一気に来たことは、父母の代にもなかった。
ハウウェルとバルハラは、住人の依頼を聞いてまとめるため夜まで奮闘した。
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