第2話 バルハラ
――冷たい。身体が、ひんやりとしていて気持ちいい。
「……………ん…………?」
「大丈夫かい?頭は痛む?」
うっすらと開いた視界に最初に映ったのは、【太陽の魔道士】の心配顔だった。一気に意識が覚醒し慌てて飛び起きたハウウェルを見て、バルハラはおかしそうに笑った。
「えっ、あ、僕は……」
「急に倒れたから、勝手にソファに寝かせちゃったよ。あと、頭を打ってたみたいだから、冷却魔法も軽くかけといた」
あの身体の冷たさは、バルハラの冷却魔法のせいだったのだ。指先に冷気を纏わせ、それをもてあそんでいる彼の姿は、とても高名な魔道士だとは思えない。
バルハラは自分をソファに寝かせてくれて、その上冷却魔法を施してくれた。そう思うと、ハウウェルの心に申し訳なさと恐れ多さが一気に押し寄せた。
ハウウェルはバルハラに勢いよく頭を下げた。
「すっ、すみません!僕、勝手に倒れて、その上、【太陽の魔道士】に看病してもらって……!」
「や、大丈夫だって。それに【太陽の魔道士】なんて呼ばないでくれ。その異名、なかなか慣れなくてね」
「え……、そ、そんな、落ちこぼれの僕なんかが……」
「落ちこぼれ?」
バルハラのおうむ返しに、今日のメルチェイの笑い声がよみがえる。別に、いつものことだから気にしていない。そう、いつものように自分が失敗しただけなのだ。
「……いえ、何でもないです。あの、すみません。ご用件は……」
ハウウェルが倒れる前、バルハラは魔法器具の依頼があるとはっきり言ったのだが、【太陽の魔道士】を前にして混乱したハウウェルの耳には入っていなかったのだ。故に、ハウウェルは遠慮がちに、バルハラに用件を問うた。
そんなハウウェルを気にすることもなく、バルハラはハウウェルに言った。
「クロードさんとセレンナさんに、久し振りに魔法器具を作ってもらおうと思って。……あ、別に大した物じゃないから、忙しかったら作らなくていいんだけど」
ハウウェルの脳裏に、悪魔に喰われて死んだ父、病気で衰弱して逝った母が浮かぶ。既に二人がこの世を去ってから半年ほど経っているが、その月日だけで、アトリエと共に一人取り残されたハウウェルの心が癒える筈もなかった。
「あ…………その、父さんと、母さんは…………半年前に死んで」
「……そう。ごめんね、辛いだろう」
「いえ……、大丈夫です。もう、ここに一人でいるのも慣れましたし……」
それ以降互いに口をつぐんでしまい、アトリエ内には気まずい空気が漂った。
しかし、ハウウェルはそんな沈黙に耐えられる方ではない。空気に押されて重くなった口を、やっとことで開いた。
「……えーっと、今は、だから、その、魔法器具……何も、作れなくて……」
唐突に話し始めたハウウェルを気にすることもなく、バルハラは不思議そうに目を丸くした。先程の気まずさは、とうに霧散している。
「え?君、魔法器具作れないのかい?」
その言葉は単なる疑問から出たものだったが、物事を後ろ向きに捉えがちなハウウェルには、「あのグランフェリデ家の人間なのに、魔法器具も作れないのか」と聞こえた。
「……はい。僕は落ちこぼれですから。魔道の才能もないし、授業でも失敗してばっかりなんです。アトリエに依頼なんて入ってこないから、魔法器具も作ったことないし」
「君からは強いシルフの流れを感じるんだけど…………変だな。魔法学校の授業じゃ初歩的な魔法しか教わらないだろうに、どうして失敗ばかり……」
何気ないバルハラの言葉は、ハウウェルの気持ちを一気に重くさせた。天才的な魔道の才をもつメルチェイはおろか、他のクラスメイトにも、魔道の技術の点では遠く及ばないのを理解はしている。しかし、完全に自分が落ちこぼれだということを受け入れられているわけではなかった。
ハウウェルの周りに漂う重い空気を察知したバルハラは、急に声を明るくして言った。
「そうだ、そんなに君が落ちこぼれってことを気にしてるなら、俺が君の師匠になるよ!」
このバルハラの言葉にはハウウェルも驚き、「は……?」と聞き返した。
「し、師匠……?」
「そう。ずっとうじうじしてても何も始まらないよ。それに魔法は使う者の強い気持ちが必要なんだ。君、素質は十分にありそうだから、練習すればきっと落ちこぼれなんて呼ばれなくなるよ。今日からここが俺の家かぁ……」
一人勝手に話を進めていくバルハラ。しかも彼は今日からアトリエに住むつもりらしい。ハウウェルは戸惑いを隠せず、反論しようと口を開いた。
「あ、あのっ、ちょっと……」
「ああ、そうだったね。俺が寝る場所は部屋の隅とかでいいから。俺ずっと旅してきたから家、持ってないんだよね。アトリエの仕事とかも出来ることなら何でも手伝うから」
これからよろしく、と手を取られ半ば強引に握手をさせられた。
突然やってきた【太陽の魔道士】バルハラ・ローウェンディート。落ちこぼれの魔法使いと、天才魔道士の共同生活が、ここに幕を開けた……。
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