落ちこぼれのアトリエ

羽壬ユヅル

第1話 アトリエ・シルフィ

 この世界は、魔力――シルフによって支えられている。人間や魔物、精霊たちは皆シルフの恵みにより共存していた。人間は魔法で様々なものを生み出し、発展していった。子どもたちは魔法学校へ通い、日々魔力を高め合っている。


 ナルウェン魔法学園は、シトニアスという街にある大きな魔法学校だ。そこは、生徒が自由にのびのびと魔法を学ぶことをモットーとしている。ハウウェルもそこの生徒であった。

 ハウウェル・グランフェリデ、15歳。魔法器具のアトリエ【アトリエ・シルフィ】に一人で暮らしている。

 彼は凄腕の魔法使いの家系であるグランフェリデ家の出だが、彼の魔法の成績はいまいちだ。「あのグランフェリデ家の子どもなのに」「落ちこぼれ」などと、一部のクラスメイトから馬鹿にされることもある。

 魔法の名門であるグランフェリデ家は、代々【アトリエ・シルフィ】を営んできていた。ハウウェルの両親の代までは依頼が絶えなかったアトリエだが、その両親が他界し、「落ちこぼれ」のハウウェルがアトリエの主となってからは依頼は一つも入ってくることはなかった。


「ハウウェル、これは……?」

 ナルウェン魔法学園の教室の一つには、奇妙な形の岩が、どっしりと座っていた。それは、ところどころが土に汚れていて、かなり不格好な物であった。その岩を出現させた本人は、顔を悔しそうにゆがめた。

「……召喚魔法、やったんだけど」

 そう、この岩、召喚魔法の授業にてハウウェルが召喚した物だったのである。

 この授業は、自分で製作した魔方陣を使って、別の教室にあるぬいぐるみを召喚するのが目的だった。生徒たちが次々とぬいぐるみを召喚する中、ハウウェルだけは、どこの物とも知れぬ岩を召喚してしまったのだ。魔法は、いかなる種類でもイメージすることが大切だという。しっかりぬいぐるみをイメージしたんだけどな……と、ハウウェルは内心首を傾げた。

「あっはは!ハウウェル、こんなんも出来ないワケ!?あっ、落ちこぼれだからかぁ」

 突然、一人の少女が、ハウウェルを指さして笑い出した。桃色の髪を揺らし、腹を抱えて馬鹿にしたように笑う。

「おいメル!ハウを馬鹿にするな」

 そんな少女を、背の高い少年がとがめた。

「何よ、いいじゃない。ハウウェルってば落ちこぼれなんだし」

 あっははは、とまた少女は笑い出す。ハウウェルの失敗がおかしくて仕方ないようだ。少女をとがめた少年は諦めたように首を振り、ハウウェルの肩を軽く叩いた。

「ハウ、あいつの言うことなんか気にするなよ」

「……うん。ありがとう、ノルエ」

 ハウウェルは、いつまでも笑い続ける少女を睨めなかった。文句を言えなかった。

 彼女――メルチェイは魔法の天才で、何でも出来る。それに対して、自分は平均以下の落ちこぼれ。

「はいはい、静かに。授業の続きを始めますよ」

 先生の声でメルチェイの声は止んだ。そして、また静かに授業が再開された。


 ハウウェルの住む【アトリエ・シルフィ】は、客が来ないのとハウウェル自身が掃除をあまりしないのもあって、中は埃が積もった場所がいくつもあった。使わなくなった魔法器具を作るための道具には蜘蛛の巣が張っていて、煤で汚れていた。両親がまだ健在だった頃は毎日掃除をしていたので、どこも埃一つなかったほどだが、今ではそんな影すらない。

「……ただいま」

 幼い頃からの習慣である帰宅の挨拶。当然、「おかえり」と返ってくる声はない。

「おかえり」

 ……しかし、その日は違った。淡い青の髪をもつ青年が、応接用の椅子に腰かけていたのである。

「え……!?」

 ハウウェルは、その場に硬直した。珍しく客がいたからではない。その青年が、誰であるか知っているからだ。

 胸辺りまである癖のある髪を頭の高い位置で一つに結い上げ、その下にある貌は涼やかだ。人々を幻惑するかのように美しくも妖しい輝きを放つ紫の瞳は、ハウウェルを興味津々といったふうに見つめていた。

 震える口からは、空気しか出てこない。そんなハウウェルに、青年は優しげな笑みを向けた。

「依頼があって来たんだけど……、ここ、アトリエ・シルフィであってるよね?」

「な、何で……」

「え?」

 ハウウェルがやっとのことで絞り出した声は、青年の問いに対する答えではなかった。青年を、まるで化け物でも見るかのような目で見つめた。

「バルハラ・ローウェンディート……」

「うん、そうだよ」

 バルハラ・ローウェンディート。【太陽の魔道士】と称される彼の名を知らぬ者はいない。彼は、魔物退治に悪魔封じ、新しい魔術の作成や幻獣げんじゅうとの契約など、数多の功績を持っている。そのバルハラが、今、落ちこぼれの自分の目の前に、自分のアトリエの椅子に、腰かけているのだ。ハウウェルは夢ではないかと目をこすった。

「魔法器具の依頼があってね。クロードさんか、セレンナさんはいるかい?」

 クロードとセレンナというのは、ハウウェルの両親の名前だ。しかし、ハウウェルの頭に、バルハラの言葉は入ってきていなかった。

「た、【太陽の魔道士】が、僕の、め……目の前に…………」

 埃をかぶった床に、勢いよく倒れ伏したハウウェル。彼が意識を失う直前に見たものは、【太陽の魔道士】の、ひどく困惑した顔であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る