第6章 バトルを求めて


 その世界に降り立った時、最初に聞いたのは剣戟けんげきの音と裂帛れっぱくの声だった。


「「うぉぉおおおおおお!!!」」


 ――カァアン!!キンッ!キンッ!!


「な、なんだいきなり!?これは、戦か!?」

『そう、みたいですね!?――アーサーさん!後ろッ!!』

「ぬっ!?」

「アァァァアアアアア!!」


 アンナの声に後ろを振り返れば、漆黒しっこくの鎧を身に纏った兵士が我に向かって剣を振り下ろしてきた。マズイ!この距離では剣が抜けぬッ!!

 咄嗟に傷を受ける事を承知で左腕を振り抜いたが、なんと腕は斬られる事なく見事敵の剣を弾いた。


「なぬっ!?」


 冷静になってよくよく我の姿を見ると、我は懐かしい甲冑かっちゅうを着込んでいた。


「こ、これは我がさずかった聖鎧せいがいではないか!!ふはは!懐かしいのう!この感触!着心地!!安心感!!聖鎧せいがいを身にまとった我には剣も槍も通じぬぞ!!さぁかかって来るがよいわぁッ!!」


 我はエクスカリバーをさやから抜き放ち正眼に構え、改めて目の前の兵士と対峙たいじした。かの兵士は我の気迫きはくに押されたのか一瞬たじろいだが、後には引けぬと悟ったのか声をあげて剣を振りかぶってきた。


「アァッァアアアア!!」

「うぬぉおおおッ!!!」


 我の右側より飛来する片手剣をかち上げてはじき、手首を返すようにして袈裟斬けさぎりを放つ。だが相手の剣士もなかなかのもの、咄嗟とっさに右手に持っていた円状の盾で防がれた。

 我は勢いを殺すこと無く二度、三度と斬撃を繰り返す。


「せぁッ!!ハァッ!ぬぉおッ!!」


 数合打ち合ったが再度敵の剣をかち上げたところで、相手の盾の隙間に体をねじ込みエクスカリバーを突き刺した。漆黒の兵士は声を上げること無く崩れ落ちる。


「ふむ、許せよ兵士。戦ともなれば、手加減は出来ぬ」


 我はエクスカリバーで空を斬る様に振った。血が地面に飛ぶ。改めて状況を理解しようとしたところでアンナの声が聞こえた。


『アーサーさん!見て下さい!アレッ!』

「む!?」


 アンナに言われ前を見ると、そこには先程の兵士と同じ鎧を着込んだ者達が逃げ惑う民衆を襲っていた。民達は武器も持たず、為す術もなく無残に殺されている。

 それを視界に捉えた瞬間、我の全身の血が沸騰した。


「貴、様、らぁぁあああああああッ!!!」


 エクスカリバーを下段に構え、暴虐ぼうぎゃくの限りを尽くす一団へと我は身を投げた。

 その獣達を次々と一刀のもとに斬り伏せていく。手心は加えぬ、いや、微塵みじんも許してはおけぬ!!


「何の力も持たぬ無力な民に向けて剣を振るうなどど、貴様らそれが人の成す事かぁあッ!!」


 我は怒りで我を忘れ、がむしゃらに視界に入る敵を打ち倒す。その様子を見ていた民衆は感謝の声を述べ、戦場を離れていった。そして我の戦いぶりを見ていた一団があった。


「な、なんだあの人は……まるで神のごとき強さだ……」

「どうやら我らの敵ではなさそうだが……」


 あらかた殲滅せんめつし終わった我は、まだ敵が残っていないか一応警戒しつつ剣をさやに収めた。その様子を見て後ろにいた、漆黒の鎧を来ていた兵士とは違う者たちが我に近寄ってきた。


「あ、あなた様は一体何者なのですか?」

「待て、それより貴君きくんらはこの鎧の者たちの仲間ではないな?それだけは確認したい」

「いえ!違います!我々はデルゾアの兵士ではありません!!」

「でるぞあ?」


 聞きなれない単語に首を傾げる。


『多分、さっき戦ってた黒い鎧の人達の国の名前じゃないでしょうか?』

「ふむ、なるほど」

「そ、それで……あの」

「あぁ、すまぬな。我の名はアーサー、無辜むこの民を守る者。少なくともお主らの敵ではない。だが?お主らも民を手に掛けるというの言うのなら、敵に回るのもやぶさかではないがな」


 そう言って我は剣のつかに手を掛けた。ここは戦場である。いついかなる時でも気を抜くことはしてはいけないのだ。


「そ、そんなとんでもない!我ら自国の民を手に掛けるなどと!それにあなた様は我らの民を救ってくださった。そんな御仁に向ける剣を我らは持ってはおりませぬ!」

「ええ!私も同じ気持ちです!」


 そう言い放った二人の目は我を真っ直ぐに捉え、如何程いかほども曇ってはいなかった。


「――ふむ。お主ら、よい心根をしている。騎士だな」


 我はつかから手を離し身を正した。相手も我に習って胸に手を当て礼を示した。


「……あなた様のその腕を見込み、恥を忍んで申し上げます。前線でたった一人戦っている我らの味方がいるのです。助けに行きたいがここを放棄ほうきすれば守りが薄くなり、また民が襲われてしまいます。ですが、あのお方は、我らにとってかけがえのない存在なのです!!」


 そう語る目の前の騎士は己の無力を嘆いてか、唇を噛み締め血を流していた。


「……落ち着くがよい、若き騎士よ。おのが未熟は恥ずべき事ではない、そう思える騎士に弱い者などいないのだ」


 我はそう声を掛けマントを手で振り払い、後ろに振り返った。


「その騎士はどの方角にいる?」


「東に位置する門の前で戦っております!!あちらの方角です!どうか、頼みますッ!!」


 若き騎士は指を差して我に願いを託した。


「あい分かった!必ず無事に連れ帰ろうぞ!安心してここを守るがいい!」


 そう言って我は駆け出した。不覚にも懐かしい空気に身がふるい立つ。我は人を守る為に存在するのだ。その真価を問われているのならば、全力を持って事にあたろう。



 雨が降り出した曇天どんてんの中、我は件の門を目指してひた走っていた。


『アーサーさん!門が見えてきました!その向こうに何かむらがっている一団がいます!』

「そうか!我も確認した!」


 確かに黒い鎧を来た兵士共が何かを囲むようにして一箇所にまっている。


『どうするんですか!?アーサーさん!』

「どうするか、だと?そんなもの決まっておろう!この勢いのまま、斬り込むまでよォッ!!」

『えぇ!?』


 我は速度をあげ、歩幅を調整し、三段跳びの要領で飛び上がった。鎧を着込んでいるというのに、体が不思議と軽い。まるで羽のようだ。我は自身でも驚くほどの跳躍で飛び上がり、渦中へと飛び込んだ。


「でやぁぁああああっ!!」


 今まさに戦っている騎士の背後から、斬りかかろうとしていた黒の兵士を上から斬り下ろした。着地と共に牽制けんせいとしてエクスカリバーを数度振り我は名乗りをあげる。


「我が名はアーサー!!誇り高き一人の騎士!!義によって助太刀いたす!!さぁ、腕に覚えのあるものからかかってこい!!でなければね!逃げる者までは手に掛けぬ!!」


 いきなり現れた新しい敵に困惑しているのか、我らを囲んでいた兵士は牽制けんせいするように様子を見ていた。それを見て我は後ろの騎士に声をかける。


「おい!お主!大丈夫であるか!?怪我なぞ負ってはおらぬかっ!?」


 心配して声をかけたのにも関わらず、返ってきたのはやたらつっけんどんなおなごの声だった。


「あぁ!?なんだてめぇ!!手助けなんていらねぇんだよ!こいつらは全員俺の獲物だ!邪魔するなっ!!」

「お、お主なんだその口の聞き方は!それに、お主おなごであろう!?一人で大丈夫などと、数を見てから申せ数を!!」


 我らを取り囲んでいる兵士の数はざっとみて30は超えておる。そしてその数は増える一方だ。


「数なんて関係ねぇ!こいつらは……こいつらは生かしちゃおけねぇ!!一人残らず殺し尽くすッ!!逃がしゃしねぇ…!四肢ししをぶった切って、首を飛ばし、心臓をえぐり出してやる……ッ!!がぁぁあああああッ!!!」


 真紅の鎧を着たおなごは呪詛じゅそをばらまききながら、守りなどかなぐり捨てて黒塊へと身を投げた。いや、紅いと思っていたその甲冑かっちゅうはおびただしい返り血を浴びて染まっていたのだ。

 よどみきった目で敵をにらみ、一太刀で人を両断するその様はまさに修羅しゅらそのもの。


「くっ……!お主!!そのような戦い方をしていれば死んでしまうぞッ!!」


 我は眼前の敵をさばきつつ後ろへと叫んだ。


「構うものかッ!!こいつらを一人でも多く殺せるのなら……こんな、こんな命なんかいらねぇッ!!」

「ッツ!?」


 がむしゃらに剣を振り、傷を受けようとも構わず、自ら死線へと飛び込む。気づけばその場には死体の山が出来ていた。その殆どがこの騎士が築いたものだった。

 だがその真紅の騎士はまだ動いているモノがいないか探すように辺りを見渡す。もう敵など残っておらんというのに。我はもう見ていられず声をあげた。


「お主よ!何故そのような真似をしている!血に染まり誇りを捨てるなど、騎士に有るまじき所業ぞ!!」

「うるせぇッ!!もう誇りなんざ意味ねぇんだよ!!」


 その声と共に我に向かって血みどろの剣が飛んできた。我は仕方なくエクスカリバーで受け止める。鍔迫つばぜり合いになりながら、我と騎士は至近距離で睨みあった。


「俺の誇りは、俺の全てだったアル様は……我らが王は無残に殺されたッ!!あいつに……あいつらにッ!!」

「な、に」

「主無き騎士に誇りなんてあるものか!!誰に尽くせばいい!誰に誓えばいい!!守るものを失った騎士なんて……この命になんて、もう意味なんかねぇんだよッ!!」


 叫びつつ騎士は何度も剣を振るう。まるで泣きじゃくり駄々をこねる子供のように。帰る場所が分からなくなってしまった迷子のように。人の死は、それも自分の全てとも言える者の死は、到底受け止めきれる物ではない。我にもそれは痛いほど分かる。

 我はこの者の瞳の奥に深い悲しみを見た。…………だが!!


「――ッ!!この、莫迦者ばかものめがぁッ!!!」


 我は大声を発し、騎士の剣を跳ね除けた。剣は騎士の手を離れ遠くに飛んでいく。


「主なき騎士に誇りなどない?その命に意味など無いだと?ふざけるのも大概たいがいにするがいいッ!!例え仕える主が死のうとも!例え生きる意味を見失おうとも!お主にはまだ守るべき民がおろう!!そして!!今までその平和を守ってきたという誇りがあろうが!!」

「――ッ!」

「お主の王は言ったのか!?民を忘れていいなどと言ったのか!?守るべき者の存在を、捨て去っていいなどと言ったのかッ!!?違うであろうッ!!」

「ぐっ……!!」

「お主が復讐の為に人を斬り、その命を使い潰したとして!それでお主の王が喜ぶとでも思ったのかッ!!それはお主自身が、かの王を侮辱ぶじょくしている事と同義だぞッ!!」

「なっ!?」

「騎士道とはッ!!例えその誇りのが無くなろうとも!己を貫き通すもの成りッ!!思い出せ!!なんじの使命を!!真に成すべき事を!!その誇りをッ!!どうしても立ち上がれぬと言うのなら!我がなんじの光となろう!!なんじしるべとなろうぞッ!!」

「――その、言葉は……我が王……」


 戦火の残滓ざんしただよう城門の前で、我の声が響き渡った。雨が降っているというに、光が差してきた。


「……あんたは……俺に、誇りをくれると……言うのか……?」

「いや、貴君きくんの誇りは既にその胸の中にある。その火種は消えておらぬ!!今一度、強く燃え上がらせるのだ!我はその篝火かがりびの支えとなろうッ!!」


 その声を聞いて騎士は我の前にひざまずき、こうべを垂れた。その姿勢は忠義の表しだった。


「……俺を、あんたの騎士にしてくれ!再び誇りに命を捧げる為に!再び騎士に戻るためにッ!!」

「―――よかろう。我、なんじの名を問おうぞ!」


 浄化の雨が血を洗い流す。真紅は次第に白銀へと移ろいでいった。騎士は顔をあげ、我の目を見つめ名乗りをあげた。


「我が名はランスロット。エミリア・デル・セ・フォン・ランスロット!!全てを断ち切る、白光びゃっこうの剣!!」


 我は何故か驚かなかった。そうであろうと思ったのだ。この者が我が騎士である、と。

 エクスカリバーをかかげ、ランスロットの肩に寄せる。そして我は誓いをあげた。


「――なんじ、エミリア・デル・セ・フォン・ランスロット。我、アーサーの騎士に命ずる。例えその命燃え尽きようとも、誇りを掲げる事を、ゆめ忘れるな」

「ハッ!!」


光指す晴天の雨の中、アーサー王は友を得た。

そして世界は色せる。ブレてゆらめき時を越える。


『……今度の世界ではあの子の、ランスロットの使命を果たすのが終着点でしょうか?でも、まだ見えては来ないですね』


 ……………………。


『あれ?アーサーさん?どうしました?』


 ……………………。


 いくら『私』が声を掛けても、アーサーさんから返事は返ってきませんでした。

 あれ?おかしい……地の文が『私』の視点になっている。いつもはアーサーさんの視点で綴られているのに?なんで……。

 そもそも、今この場所に、アーサーさんがいない・・・


『あ、アーサーさん!?なんで!?私とアーサーさんが別れることなんて……それに、この世界の移動はッ!』


 ―――まさか、この世界はっ!?


(そうです、アナタの予想通りですよ。『―――』さん。いえ、案内役のアンナさん)


 その時、私の思考に割って入るように、辺りに不気味な声が響いた。



(この世界はあなた達が最初にいた世界。あなたのアーサー王が生まれた場所。……あのイレギュラーのための物語です)

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