第4章 不可思議をください


 再びエクスカリバーによって別世界に渡った我とアンナ。二回目とも成ればいかな我でも慣れようというもの。我は慌てず現状を理解する為に辺りを見回した。



「ふむ、やけに霧が濃いな……まるでわが国のようではないか。うむ、落ち着くのう」

『あぁ、そっかブリテンってイギリスか。イギリス霧多いですもんねぇ』



 我は落ち着いて自分の姿を見てみると、なにやら先程と似たような格好であった。少々手触りは違うが相変わらず心もとない生地の上下。ただ違うのは丸くて黒い帽子を被っている事と、何故かマントをしていた事だった。



「マント! ふはっ! マントではないか! よい、よいぞ!! やはり王にはマントが必要であるな!! 風を受けたなびく布地! 士気溢れる付け心地! 今、我は正に王である! 真の王であるのだ!! ふっはっはっは!!」



 我はエクスカリバーを地面につき、マントをたなびかせた。霧深き中瞳を閉じ風を感じる。あぁ、我が国が、故郷が見える。我に従いし騎士、愛する民が見える……。マントこそ、心の道標よ……。



『…………あの、アーサーさん。もういいですか?』

「うむ! 我は満足ぞ!! それで、アンナよ。この世界はどのような場所なのであるか? お主には分かるのであろう?」

『はぁ、まぁいいんですけどね……。』



 なにやら言いたげな口調ではあるが我は敢えて言及はせずに、前回の世界の事を思い出しアンナに催促した。自分で案内役と申したのだ。それぐらいしてくれねば名が泣くというものよ。



『はい。えっとジャンルは……"ホラー"……?……キーワードは"推理"、"アクション"……。あ、これってもしかして』


「きゃぁぁぁぁあああああああああ!!」



 アンナの次の言葉は突如聞こえたおなごの悲鳴によってき消された。


「ッ!?何事だ!?あちらの方角からか?」


 我は濃い霧の中、時折見つかる光を目印に走り出した。よくよく見ると辺りの風景は先程の世界の外観に似ている。違うのは地面がデコボコしており、なにやらレンガの様な物が敷き詰めてあった。


 「ふむ!この路地か!?」


 我は剣の柄に手を添えながら悲鳴が聞こえたと思わしき路地に入った。そこには何やら刃物を持った男と、地面に横たわる、おなご。夜の闇と霧が濃い中、血の紅が目に飛び込んだ。


「――ッツ!!貴様ァ!!何をしておるッ!!」


 我は自身の両足に力を込めて一足飛びの要領で男に近寄り、鞘からエクスカリバーを引き抜き斜めに斬り下ろした。男は斬光を見て後ろに下がりながら我の剣を避ける。どうやら敵の獲物は短刀、ナイフの様なものであるな。

 チラっと倒れているおなごを盗み見たが、既に事切れているようであった。


「貴様……容易く人の命を手に掛けるなど、しかもかようなおなごを……。恥を知れ下郎が!!」


 男は我の言葉を意に介さず、不利と悟ったのかすかさず背走した。


「待てッ!!逃がすものか――」

「止まれっ!!」

「っ!?」


 我が彼奴きゃつを追おうと走り出そうとしたところで、後ろから違う男に声を掛けられた。


「貴様、何をしている!?先程の悲鳴はなんだ!!」

「えぇい!遅い!我は今その下手人げしゅにんを!」

「待て!止まれ!!得物を地面に置いて投降しろ!!」


 そうこう言っている間に彼奴きゃつとの距離は空き、男たちの人数は増えていく。


『アーサーさん!ここは一旦落ち着いて、この人達の言うことに従いましょう!』

「だ、だが!」

『ここでわめいても仕方がないですよ!この人数を振り切れるんですか!?』

「……む、むぅ」


 我はアンナに言われおとなしくエクスカリバーを鞘に収めた。不本意ながら。


「け、警部!ここに女性が倒れています!……しかも、もう亡くなっています!」

「な、なんだと!?貴様がやったのか!?」


なにやらこの者共の長らしき人物が我に詰め寄ってくる。


「……なに?貴様今なんと言った?我がこのおなごを手に掛けた、だと?我を愚弄ぐろうするかッ!?何の力も持たぬ民を手に掛ける、などという人道にもとる行為を我がしただと!?このアーサー!!我が祖国、そして愛すべき民に誓ってそんな愚行ぐこうは死んでもやらぬ!!そんなことをしようものなら我は我の首を自ら切り落とすわッ!!たわけが!!」

「ぐっ!?」


 目の前の人間があまりにも愚かな事を言いだしたのでつい怒りに任せて喋ってしもうた。


『あ、アーサーさん!落ち着いて下さい!多分この人達は警官なので、あまり逆らわないで!』

「けいかん?なんだそれは?」

『あぁー、通じないのか!えーっと、ち、治安を守って、取り締まる人達です!それを仕事にしている人で……』

「なに!?なれば彼奴きゃつを捕まえるべきは本来この者達のやるべき事ではないか!おいお前達!なにをしているのだ!早くしなければ逃げられるのだぞ!!」

「うるさい!怪しいやつめ、こいつを確保しろ!」

「待ちなさい!!」


 男たちが我を取り押さえようとしたその時、さえぎるようなおなごの声が聞こえた。


「その人は犯人ではないわ!」

「あ、あなたは探偵の!?」


 そのおなごはつかつかとこちらに近寄ると、我を下から上へとながめてあらめて口を開いた。


「遺体の様子から見るに犯行に使われた得物は刃渡りがそんなに長くないもの。この人が持ってる……なにこれ?剣?ではないわ。それに血も付いていない。服に血がついていないのでは無く、得物によ?他に何か持っているようにも、見えないし。とてもこの人がやったとは思えないわ」

「む、むう……」

「警部さん?この人が言う様に早く"下手人げしゅにん"を探したほうがいいのではなくて?」

「う……うむぅ……おい!お前たち何をしている!早く散れい!」


 そのおなごに冷静にさとされて警部とやらは観念したようだ。我はその手腕に賛美さんびを送る。


「いや、助かったなおなごよ。礼を言うぞ。我は――」

「ただ!あなた、犯人ではないのだけれど、とても怪しいのはわかっている?こんな物まで持って」

「む?これか?これは我が愛剣エクス――」

「いいからこっちに来て!」

「おわっ!ぬぅ!こ、こら!離さぬかっ!」


 我はその強気なおなごに手を掴まれ、その現場を後にしたのだった。




「それで?あなたの名前は?」


 なにやらぼろっちぃ建物に連れてこられ、そこの一室で我は尋問じんもんのようにおなごに問い詰められていた。


「うむ、我はアーサー王!ブリテンの王なり!かの有名な円卓の騎士を従え、共に―」

「あぁ、もうそれ以上はいいから。それでなんであの場所にいたの?」

「う、うむ。いやなに、突如おなごの悲鳴が聞こえたので駆けつけてみれば人が襲われておってな。既に手遅れではあったが、せめて下手人を捕らえようと思い奮闘ふんとうしたが、まぁ後は見ての通りである」

「なるほどね…」


 目の前のおなごは何か考えるように右手を顎に当てて押し黙った。


「それよりもおなごよ。我は名乗ったのだ。お主も名乗るのが礼儀ではないか?」

「……え?あぁ、ごめんなさい。私名前は真柴ましば留々るる。一応探偵、なんて事をしているわ」

「ま、ましばーるる?」

「真柴留々!」

「ふむ言いにくいのう……いや、まてよ……まーしばーるーる……?……まーしばる?……パーシヴァル?ふはっ!!お主!パーシヴァルではないか!!ふはははは!こんなところにまで我が騎士がいようとはなっ!!いや!愉快!実に愉快である!!」


 我は楽しくなってしまってつい笑いが堪えきれなくなってしもうた。だが、また愛すべき我が騎士の名を思い出した事で望郷ぼうきょうの思いが強くなった。そうだ、国へ帰るためにも我は前に進まねば。


「な、なによもう……。まぁ、いいわ。それよりも犯人よ!あいつはもう既に何人も人を殺しているわ!それも女性だけを!許せないわ!」


 パーシはいきどおる思いを抑えずに声をあげた。どうやら奴をずっと追っているようだ。


『ふむ。どうやらこの世界はこの事件を解決することが結末のようですね。時代は大正、霧の中の連続殺人。日本版ジャック・ザ・リッパーってとこですかね』

「なんだ?そのジャックとやらは」

『まぁ実在した連続殺人犯なんですけど、まぁそれはここではあまり関係ないです』

「ふむ?」

『あ、物語が進みますよ』


 アンナのその声と共に世界がまた色あせてブレた。この現象を見るのも3度目だが、何回見ても不思議な光景よのう。だが今回の移動は一瞬だった。


「うむ?」


 いきなり世界が色を取り戻したと思ったら目の前にナイフが飛んできた。


「――ッハァ!!」


 我は眼前に迫っていたナイフを間一髪避け、それと同時に鞘からエクスカリバーを抜き切り上げた。敵はカウンターに反応しきれず我の斬撃をまともに喰らったようだ。


『あ、アーサーさん!?大丈夫ですか!?』

「う、うむ。我も驚いたが、大丈夫だ。傷は無い!」


 暴れる心臓を落ち着かせ目の前の敵を改めて見たが、その時に気づいた。切った感触が無かったのだ。目前の奴は影のように揺らめいていた。その姿を見て我は叫んだ。


此奴こやつ、人間ではないのか!?」

『まさか、妖怪!?いや、幽霊!?ホラーってそういう事!?』

「なんだアンナ!?どういう事だ!?」

『こいつは人間じゃないです!幽霊……ゴーストって言えば分かりますか!?』

「ゴースト……ふむ、つまりは魔、か……」


 相手が人間ならばこの剣でも対処できようが、魔物の類ではオリジナルでなければ……。我が対処に困っていたら何故か奴は笑った。それと同時にまた世界は色あせていった。


「……なんだったのだ、奴は」

『あの……気のせいか、あの影。私達の世界の移動を知っていた様に見えませんでしたか?』

「ふむ……言われてみれば……」


 確かに最初の一撃は我の出現を知らなければ打ち込みようもない一撃だった。しかも最後は我が移動させられる事を見越して笑ったようにも見えた。


「だが、それはありえぬのではないか?いかに奴が人外の者であろうと、この世界の住人なのであろう?それを事前に気づくなど……」

『そ、そうですよね……。気の所為、なのかな』


 世界は我々の不安など置き去りにして過ぎ去っていく。沈黙が続く中、段々とまた世界は色づいていった。


「きゃぁああ!!」


 そこに降り立った瞬間、先程名を交わしたおなごの悲鳴が聞こえた。見るとパーシがかの影に襲われていた。


「ッ!!」


 間に合うか!?いや、間に合わ、せる!!

 我は決死の覚悟で影とパーシの間に飛び込んだ。

 ナイフが我の右腕に突き刺さる。


「あ、あなた!アーサー!?」

「っつぅ……やはり、かような薄い服では、防げぬ、な……!フンッ!!」


 左腕一本でエクスカリバーを引き抜き、抜きがけに払う。だが影は人外らしく驚くべき跳躍で我の一撃を避けた。依然いぜん影は笑っておる。

 我は激戦になるのを覚悟し、改めて剣を構えたが。


(まぁ……今回は、これでいいか……)


 そんな声が聞こえたかと思ったら、目の前の影は闇に溶ける様に消えていった。


「な、に?逃げたのか……?」

『そう、みたい、ですね……一体、なんで?』

「いや、それよりも……おいパーシ!大丈夫であったか?怪我なぞないか?」

「ば、馬鹿なのあなた!?まず自分の心配をしなさいよ!!怪我をしているのはあなたの方でしょ!?」

「む、我は、大丈夫だ。このような傷、今まで何度も喰らってきた。痛くもないわ!」

「馬鹿な事言わないで!大丈夫なわけないでしょう!?」


 そう言ってパーシはぽろぽろと泣き出してしまった。困った。おなごの涙は見とうないというのに。


「ごめんなさい、アーサー。私のせいで……私が突っ走って、一人で事件を追ってたから……こんな危ない目にあったんだわ……ちゃんとした功績が欲しくて、頭に血が昇って……冷静じゃ、なかった。こんなんじゃ探偵失格よ……」


 パーシは弱音を吐き続ける。我に聞かせようと言っておるのではないと分かるが、我にはその言葉が誰かに聞いてほしいものであるというのが分かってしまった。


「パーシよ。泣くな。お主は最初我と会った時に我を助けてくれたではないか。お主が探偵ではなかったら、あの時我は厄介に巻き込まれておった。我はお主が探偵であってよかったと思うぞ」

「なんで、そんな事言えるのよ……私、なんにも出来ないのに……」

「それは……我は諦めぬと誓ったからだ。かの国に、騎士に、天に。諦めぬからこそ、我は人を見限らぬ。人を愛する事を諦めぬ。民とは、人とは愛しいものだ。民あっての王なのだ」

「……アーサー……」

「だからお主も諦めるな。己の職務を誇りに思うがいい。挫けそうな時はお主も我を思い出すがよい。遠い天地でいついかなる時でも我は諦めぬゆえの」


 そう言って我はパーシの頭を撫でて、我が身につけていた帽子を被らせた。


『……アーサーさん。移動します』

「……パーシ。強くあれ、我が騎士よ。さすれば天はお主に微笑む」


 その言葉を最後に我はまたブレて消えた。そしてその場に残ったのは留々一人であった。


「アーサー……不可思議な、人。いつか、絶対捕まえてやるんだから……待ってなさいよ!」


 その決意を聞く者は誰もいなかったが、少女は己の心に誓ったのだった。




『アーサーさん。どうやら、この世界も終わりを迎えられたようです』

「ふむ、そうか……」


 移動中の景色の中にパーシが浮かんできた。

 そこには我がやった帽子を被り、犯人らしき人物に指を突きつける姿が映っていた。先程まで見ていた泣き顔はどこにも見受けられない。


「……いや、違うぞアンナ。終わりではない。パーシの世界は続いてゆくのだ。人が思う限りな!」

『……えぇ。そうですね』

「はは!ふははは!!愉快よの!かくも人のきらめきは美しい!!」


 我は抑えられぬ笑みを浮かべながらエクスカリバーを構えた。


「さぁ!見せてくれエクスカリバー!その先を!世界を!人を!我はその全てを愛そう!!」


 そうして次元の扉は開かれる。

 いつしかこの旅が楽しくなった我は軽い足取りでその亀裂きれつをくぐったのだった。




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