第3章 恋という名のタイトル


 空間に空いた亀裂きれつの中へと飛び込んだ我は、気がつけばまた知らぬ場所へと降り立っていた。見たこともないような町並み、レンガ? ではないのか? 壁や丸くて灰色の円柱などが規則ただしく並んでいる道に我は立っていた。



「いったいここは? ――ぬぉっ!? なんだこの格好は!?」



 我自身の姿を見れば、我の姿はいつもの甲冑かっちゅう姿では無く、なんとも薄っぺらい頼りない服を着ていた。布、ではあろうが不思議な肌触りをしておる。斯様なものは今まで触った事がない。



「い、いつのまにこんな格好にされた!? こんな物では矢も剣も防げぬぞ!? 我に死ねと言うのか!?」

『アーサーさん。その服は"学生服"というものです。あと、ここには戦なんてないので死ぬ事もないはずですよ』

「がくせいふく?? おい、アンナ! どういうことだ!?」



 我が慌てふためいていると我の疑問に答えるように頭の中で声が響く。どうやらこの声の主、アンナもちゃんとついてきておるようだ。といっても相も変わらず姿は見えぬのだが。



『この世界はどうやら、現代日本って感じ、ですね。ジャンルはなんだろう……"ラブコメ"? あぁ、そういう感じかぁ』

「に、にほん? じゃんる? アンナよ、もっと我にも分かるように――」


「いっけなーい!! 遅刻遅刻ー!!」

「――ん?」



 と、我がアンナに言葉の意味を問いただそうとした所に若いおなごの声が響く。それはなにやらすごくわざとらしく素っ頓狂であり、おそらく聴いたものは気が抜けるであろう声であった。端的に言うと、変である。



『あぁーなるほど、ラブコメ。テンプレだなぁ……。今時こんなの使うかなぁ。まぁ古典として嫌いじゃないんだけど、使い古されすぎちゃってもうテンプレって言うよりネタになっちゃってるんじゃ……』

「アンナ、おいアンナよ。なにを一人で納得しておる。分かっておるなら説明せぬか。一体あの腑抜けた声はなんなのだ。そもそもここで我は何をしたらいいのだ?」

「いっけなーい!! 遅刻遅刻ー!!」



 こんなやりとりをしながらも件の声は相変わらず同じセリフを口にしながら近づいてきている。というより此奴は他に言う事はないのか? 少々不気味であるぞ……。



『え? あぁー、そうですね……。この場合はやっぱりぶつからなきゃ駄目なのかな……? じゃあアーサーさん。多分今からそこの角を女の子が曲がってきますので、そこで――』



 アンナが次の言葉を紡ぐ前にアンナの申す通りに目の前の曲がり角から、何やら口に物を咥えたおなごがものすごい勢いで駆け込んできおった。全くスピードを緩める気がない所を見ると、つまり――。



「ふむ、こうじゃな!」



 そのおなごに我は剣のつか鳩尾みぞおちに打ち込んだ。



「ぐっふぉ!!」

『えぇええええええ!!! ちょ、ま! ア、アーサーさん!! なにをやってるんですかっ!!?」



 件のおなごは口に咥えていたものを地面に落とし、自身も腹を抱えて崩れ落ちた。我は持っていた剣を数度空を切る様に振り使い勝手を再度確かめ、さやに収める。



「ふむ、先程も思ったがなんとも扱いやすい剣よ。妙に手に馴染なじむ。こやつには我の愛剣と同じめい、エクスカリバーをさずけようぞ!」

『いやいやいや! そんなこと言ってる場合じゃないですよ!! 普通にぶつかるとか受け止めるとかしてくださいよ!!』


「何を言っておるのだお主は。いきなり飛びかかられたら迎え撃つのが普通であろ?」

『なんでそんな常在戦場の心構えなんですか!? ここは平和なんです!!』

「おぉ? そうであったか。おいおなごよ。大丈夫であるか?」



 ついつい体が反応して打ち込んでしまったが失敗であっただろうか? 我はそんなことを思いながら未だ地面で腹を抱えておるおなごに手を差し伸べた。そこまで強く打ってはおらなんだが、なにせ此奴自身が勢いよく飛び込んできたからの。確かにあれは痛かったかもしれぬ。



「あ、ありがとう……大丈夫、です……」



 そういいつつも引きつった顔で我の手を取り立ち上がるおなご。思ったよりダメージは少なかったのだろうか? 此奴も大概タフであるな。



「すまなんだな。突然の事ゆえつい反応してしもうた。許せよおなご」

「う、ううん! 私も、前を見ていなかったから……ごめんなさい!」


『いやいやいや、絶対アーサーさんが完全に100%完膚なきまでに悪いでしょ。なんでこの子謝ってるの? 聖人君子なの?』

「うるさいぞアンナ」



 頭の中でやいのやいの言うアンナを無視して目の前のおなごに話しかける。



「おなごよ。先程の礼は詫びよう。我の名はアーサー。円卓の騎士を統べる誇り高きブリテンの王なり! なんじの名を問おう!」

「え? ぶ、ブリテン? ……えっと、私の名前は鳥栖とりすあきらです。よろしく? ね」


「なに? トリス? お主、我の騎士と似た名を持っておるな! 気に入った! トリスよ気に入ったぞ!! はっは!」

「え? う、うん。ありがとう? 」


 我は嬉しくなってしきりにトリスの肩を叩いた。トリスタンよ、まさかこんな異界いかい貴君きくんの名を思い出すとはな……。



「は、そうであった! 我は国に帰らなければ!!」



 そう思いを改めて口にしたその瞬間、我の目の前の空間が色を無くし、残像を残してブレた。辺りは白とも黒ともつかない光景が目にも留まらぬ速さで過ぎ去っていく。まるで馬に乗っている視界を10倍早くしたような、いやそれ以上かもしれぬ。



「な、なんだこれは!? ええい次から次へと一体なんだというのだ!」

『これ、多分物語が進んでいるんですよ。私達はこの世界にとって異分子なので、このように中途半端な扱いなんでしょうね』


「おい! わけがわからぬぞアンナ! 我に理解出来るように説明せい!」

『えーっと、本のページがめくられてるんです。私達はこの世界という本を読んでいる立場なんですよ。ですがそれと同時に物語の登場人物でもある訳です。私達は読む立場と読まれる立場を行き来する様な事になるみたいです。ですが曖昧な存在なのでそれぞれを自由には出来ない。分かりますか?』


「分からぬわッ!!」

『あーーもう!! 無理! とにかく進んでるんです! これ以上は無理!!』



 我の一蹴にアンナは降参するようにヤケクソ気味に叫んだ。人の頭の中で叫ばんで欲しいのだが。大体いきなりそんな小難しい事を言われて分かるわけがなかろうて!



「ふん、まぁよい。進んでる、という事は止まってはいないという事だ。道も空も繋がっている。さすれば世界も繋がっておろう。歩めを止めなければ、歩き続ければいつか帰れるはずである!!」



 そう、どんな困難に見舞われようともどんな壁が立ちふさがろうとも、我は必ず国へと帰らねばならぬ。あそこには我が騎士と民草がおるのだ。王が不在とあらば国も乱れよう。我が愛すべき国を、民を見捨てる事など出来ん!!



「我は帰るぞ!! 待っていろブリテンよ!! いかな世界に飛ばされようとも、いかな試練が待ち受けようとも! 我はかの地へと舞い戻ろうぞ!! さぁエクスカリバー! 今一度道を切り開き、我をブリテンへと誘えッ!」


『あ、まだ行けませんよ』

「アンナァアッ!!!」



 志を改めさらなる一歩を踏み出そうという時に、出鼻をくじくがごとくしれっとアンナはそんな事を口にした。



「お主我に恨みでもあるのかぁ!? "行けない"とは一体どういう事であるかアンナァ! 説明せぬかッ!?」

『違います違います! お、落ち着いてください! 説明します、説明しますから! 怒らないで!?』


「早うせい! 我も暇ではないのだぞ!」

『わ、分かりましたよ……。あのですね、あなたが名付けたその剣、えっと、エクスカリバー? で次の世界へと渡るには、まずこの世界の行く末を見届けないといけません』


「行く末?? な、何故だ? 先程は使えたではないか!」

『あれはあの世界が"始まってもいなかった"からです。分かりますか?』

「な、なるほど?」


『分かってなさそうですが、まぁいいです。とにかくこの話を見届けてからじゃないと使えません』

「ふむ、では我になにをしろというのだ?」


『……恋を成就させてあげてください』

「うむ?」


『あの子、鳥栖晶ちゃんの恋が叶うのが、この世界の終着点です』



 アンナのその言葉が聞こえた時に世界が色づいた。



「ここは?」



 いつのまにか我が立っていた場所は、なにかの建物の上だった。遠くに山々が見え、その山間に太陽が沈みかけている。辺りを見回すとその広場の真ん中に人が一人立っていた。我は気になり近づくと、その者が知っている人物だという事に気づいた。


「なんだ、トリスではないか、おぬしこんな所で……」

「……ック…………ッ…………」


「お、おぬし、泣いておるのか!? 何故泣いておる!? 何かあったのか!?」

「な、なんでもない……の。なんにも……なかっただけ、だから……」



 我が声を掛けてもトリスはただ声を押し殺して涙を流し続けた。落ちるしずくが夕日の光を反射してきらめく。只ならぬ様子に我はどうしたら良いのか分からずただトリスの次の言葉を待つしかなかった。



「私が……なにも出来なかった、だけ……いつも、臆病で、肝心な時に……勇気が持てない。」

『…………』

「こんなに、泣いちゃうのも……私が、弱い、から……強く、なれない……から……」



 トリスは誰に向かって言うわけでもなく、ぽつぽつと己の心境を呟いていた。なにがあったのかはわからぬが、その涙が真摯しんしな心のもと、流されているものと知った。



「私……こんな、事なら、好きになんて、なるんじゃ――」


「……何を恥じる事があるッ!!」

「――ッ!?」



 我はトリスの言葉を遮る様に、声を張り大声で叫んだ。



「泣くことは恥ずべき事ではない!! 泣くことは弱くなどないッ!! お主は、お主の心はそんな事でけがれるものではないッ!!」

「……で、でも」


「お主は言った! 強くなれないから、と。それは裏を返せば強くなりたいと言う事! 己の弱さを認め己を律し、心を強くあろうとする者が、弱いはずがないッ!! 勇気が無いはずがないのだッ!!」

「……ッ」


「臆病? なにが悪い!! 戦地では無謀むぼうな奴から死んでいくのだ。お主は弱いのではない、勇気がないわけではない!!」

「…………」


「それでも尚、まだ前へと進めぬと言うのなら。我を思い出せ!!」

「君、を?」

「我がお主の代わりに前へと進もう! 我は止まらぬ! 未来永劫、歩き続ける!! この思いち果てぬ限りッ!!」



 そう叫んで我はエクスカリバーを力の限り地面に突き刺した。己を言葉を刻むように。流された乙女のしずくに誓う為に。我の言葉が切れるとあたりは沈黙がただよった。トリスの泣く声もしない。だがしばらく経った時、ふとトリスは顔をあげて言った。



「……ありがとう。私も、勇気出せるようにがんばる。アーサー君!」

「――。ふっ。やはり夕日は美しい。お主の笑顔がこんなにもえるのだからのう」



 我の一言を契機けいきにまた世界はブレた。



『……アーサーさん。その、お見事でした』

「ふむ? 何のことだ?」

『見てください』



 アンナが声をあげると、ブレている世界の中でトリスの笑顔が映った。同い年ぐらいの男に寄り添っている風景が見える。



『あの子の恋は叶いました。多分、あなたの言葉のおかげで』

「……そうか。それは、良いことだのう。あぁ、良いことだ。」


『アーサーさん、エクスカリバーを』

「うむ」



 未だブレ続ける世界の中で我はエクスカリバーを構える。そして国への思いを乗せ、トリスの幸せを願いつつ空を切った。



「トリスよ、達者でな」



 そして我は次の世界へと巡る。案内役のアンナと共に。






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