第2章 小説投稿サイトの裏切り
「実在の人物ではない? 本の人間?……付き合ってられん、我は国へ帰らせてもらうぞ」
我は頭の中に響いた声の言葉を切って捨て行く宛もなく歩き出した。ばかばかしいにも程がある。我が実在しないなどと、全くもってばかばかしい! であるならこうして考え自身の体を持ち、自身の足で歩いている我はなんだというのだ! かように面妖な者の言葉に耳を傾けた我が愚かであったわ!
『あの……あの? 何処へ行くつもりですか?』
「……ふん。だから言うておろう、国へ帰ると。ここが何処かは知らぬが、歩いておれば何処かには着くであろう? であればいつか国へと帰れる道理である。進まなければ辿り着けぬ」
『いや、あの、その精神はとてもすばらしい物だと思うのですが。このままじゃ何処にも行けないですよ?』
「えぇいうるさい奴め! 我の事は放おっておくがいい! さっさと去ね!」
我は頭の中の声を無視して粛々と歩く。最初の場所からいくらかは歩いたと言うのに流れる景色は一切変わらぬ。自分が本当に動いているのかも分からなくなるようだ。横を見ても前を見ても白ばかり。果ては見えぬ、だがそれで諦める我ではない。
我の歩みに迷いはなかった。しかし頭の声は相も変わらず付いて来ておった。いや、どうやら此奴は本当に肉体を持っていないのか、我の頭の中にずっといるのか。とにかく声は離れなかったのである。
『あぁもう! 聞いて下さい! この場所も現実じゃあないんです! だからどれだけ歩いてもあなたの国には帰れないんですって!』
「……むむむ、おいお主! 我を
『本当なんですよ! ここは、現実じゃなくてネット上にある小説投稿サイトの中なんですよ!』
「な、なに? ねっと? さいと……? お主突然何を言い出したのだ? どうせならもっと分かるように言わぬか」
粛々と歩を進め声の言葉など気に留めまいと思っておった我だが、声がいきなり聞き慣れない言葉を言いだしたので思わず足を止めてしまった。
『ふぅ……いいですか? ここが今何も無くて真っ白なのは何も"書かれていない世界"だからです。空白なんですよ。生まれたばかりで』
「書かれていない?」
『そうです。何も書かれていないページ。何も描かれていない絵画。始まってもいない物語。それが今のこの世界です』
理解が追いつかない我を差し置いて尚声は言葉を続ける。それは到底信じられるものではなかったが、不思議とその声が嘘を言っているようには感じられなかった。
『あなたは私の中のアーサー王。私の思い描く"アーサー王"のイメージそのものなんです。これがあなたは実在する人間ではない、と言う意味です。分かりますか?』
「な、なにを言うておる。なにを言うておるのだお主は……?」
我がお主のイメージ? お主が想像するアーサー王? それはつまり、今ここに存在している我は此奴に造られたということか? 本当に此奴は何を言っておるのだ?
『私は案内役。これからあなたには
――ビィイイイイ!!!ビィイイイイ!!
頭の声が尚も言葉を続けようとした時、それを遮るように何処からともなくけたたましい音が鳴り響く。それはこの世界において我と声以外で初めて聞いた音であったが、それは聞く者に不穏な感情を想起させる様な音だった。
「な、何事だ!? 一体何が起こったのだ!?」
『な、なに!?』
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鳴り止まぬけたたましい音と共に人の声ではない様な、何かを通したような声が聞こえてくる。今もなお延々と同じ言葉を繰り返すこの声は明らかに意思疎通が取れるようには感じない。
「え、えらー? おい声! これはなんと言っておるのだ!?」
『な、なんでこんな事に!? 該当箇所をクリア、ってこの世界を消すって事!?」
「おい声! ぬぅう! えぇい名前も知らぬと呼びづらいッ!! 我はどうすればよいのだ!?」
『えぇーー!! 私だってなにがなんだか……ううぅ、もういい! そっちがその気なら! アーサーさん! コレを渡します! 受け取ってください!!』
なにやらやけっぱちにも聞こえた声がそう叫ぶと、我の目の前に淡い光と共に一振りの剣が現れた。拵えは両刃の如何にも西洋剣。それが我を待っているかのように宙をふわふわと浮いている。我は誘われるようにその剣の柄を握った。
「おぉ!! 剣! しかもこれは長剣ではないか!! ふむふむ、お主わかっておるのう!! 我と言えば剣よ!」
『その剣で、どこでもいいです! 空間を切る様に振って下さい!!』
「ふむ。――こう……かッ!!」
我は剣を構えて声の言う通りに無心で剣を振った。初めて手にした剣であるというのに
「んな!?なんだこれは!?」
『アーサーさん! 今すぐその穴に飛び込んで下さい!! このままじゃこの世界が消えちゃいます! その前に、早く!!』
自分でやった事に我自身が驚いてしまう。いくらやれと言われたからと言ってもまさか剣で空が切れるなどという事が起きるとは予想はできまい。剣を振った時とは対照的に慌てふためく我を他所に声は焦るように言葉を続ける。だが我はどうしてもこの声に聞かなければならない事があった。
「待て!! お主、名はなんという!?」
『えぇ!? い、今ぁ!? ここで聞く普通!?』
我の言葉に信じられぬという反応が返ってくる。先程から声だ何だと呼びにくい。此奴は我の名を知っているというのに我は知らないなど、対等な立場ではないではないか。
『あぁぁぁぁ早く早く! もう後ろまで来てるから!! すぐ後ろに来てるからぁああ!!!??』
「名は重要であろう! いつまでもお主と呼ぶわけにもいかん!!」
『いやそうですけど! 確かに言う通りではあるんですけど!! 状況! 今の状況がまずいですからぁあ!!?』
確かに声の言うように我の背後には白と対を成す漆黒が迫ってきていた。その黒は白いこの世界を塗りつぶすかの様にこちらへなだれ込んでくる。アレに飲み込まれればどうなるかなど検討はつかない。だが我はそんなことは構わず続けた。
「我は
『ッ!? ……私の名前は、―――です……!』
我の気迫に気圧されるように名乗ったのだが、確かにその声は聞こえた筈であるのに肝心の部分が掠れて届かなかった。
「なんだ! 聞こえぬぞ!? お主の名は!!」
『あぁ、やっぱりだめなのか。……じゃあ、アーサーさん! あなたが決めてください!』
「我が?」
『はい! きっと私の名前は伝えられないからあなたが! 私の理想の"アーサー王"である、私が想像した"アーサー王"である、あなたが!!』
今も崩壊していく世界の中で、声が我の頭の中で、心で響く。我が、名を? 唐突言われて逡巡したが、それも一瞬だった。ふと思いついた名が一つ。口をついて出る。
「……案内役……では、主の名はアンナ。案内役の、アンナだ!!」
『はいッ!!』
すぐ後ろまで迫っていた黒を、僅かに残っていた白を置き去りにして。我はその名を叫びながら、
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