騎士王読物巡り ―あなたという名の物語―
アーサー石井
第1章 目覚めのアーサー
目覚めるとそこは、何もない空間だった――。
白しか存在せぬ世界、雪に埋め尽くされた銀世界とは
視界に映るのは一辺倒の純白、距離感がわからなくなるほどの広大な大地。上を見ても空は見えず、下を見ても草木や土の色は一切混じっていない。白以外で存在するのは我自身の色であった。今、この世界には我一人だけが存在しているようだ。
意識はぼんやりとしているが、決して悪い気分ではない。見たことも聞いたこともない何処かも知らぬ場所に立っているというのに、不思議と心は落ち着いていた。どこか懐かしいような気までしてくる。だが依然ここに我が存在する理由が分からぬ。何故我はこんなところにいるのだ?先程まで我は確かに……。
『お目覚めですか?アーサーさん』
我が目覚める前の記憶を辿ろうと思案し始めたところに、突如頭の中に声が響いた。その声は空気を通して我の耳に届いたのではなく、直接我の思考に交じるように聞こえてきたのだ。
すわ!?
『あ、アーサーさん。喋る時はちゃんと"カッコ"をつけないと』
か……かっこ? な、なにを言うとるのだお主は!?
『ほら、私が喋るとかっこがつくでしょ? まぁ私のはわかりやすく二重のかっこですけど。分かりますか?』
頭の中の声は説明する気があるのかないのか、わけの分からぬ事ばかり喋り続けている。だがその声は何故かは知らぬがやけに楽しそうに、はしゃいでいるような印象に聞こえた。子供なのか?
『うーん、なんて言ったら分かるかなぁ……。声を出す、という事を意識する? 声を聞かせる事を意識しながら喋る? って言えば分かるかな……?』
…………? 意識して声を出す? なにが言いたいのだ此奴は。我は先程から普通に喋っておるではないか。此奴にも我の言葉が聞こえているようであるし。何が問題だと言うのだ? だが相も変わらず響く声は悩ましげに唸っていた。
『うーん、どうやって言ったらいいんだろう。うーん、そうだなぁ…………相手と分かり合いたいと思う……とか?』
……分かり合いたいと、思う。
「――これでよいのか?」
『わ! すごい! 出来るじゃないですかアーサーさん!!』
「ふん……騒ぐでないわ」
今ので正解だったのか、我が意識して声を出すと頭の中の声は喜びを
「えぇい! そんなことはどうでもよいのだ!! おいお主!! ここは一体何処だ! 何故我はこんな所にいるのだ! お主は一体なんなのだ!?」
『そうだ、それを説明しないといけないですね。でも何処から言えばいいだろう……。色々ありすぎてえっと、落ち着いて聞いて下さいね?』
「我はいつでも冷静である。早うせい」
『えぇー、ほんとかなぁ……。じゃあ言いますよ? ちゃんと聞いてくださいよ?』
どれだけ言いづらい事なのか、それともそんなに我の物分かりが悪いと思っているのか。声の主は念を押すように二度も口にした。いくら理解しがたい事を言われたとしてもすでに我を取り巻く現状が軒並み理解不可能なのである。これ以上に訳分からずな事もないであろう。もはや我は何を言われても驚かんぞ。そうして声はおごそかな雰囲気を醸しながら口を開いた。
『ゴホン。……アーサーさん、あなたは実在する人間では、ありません』
「…………。…………ん?」
『簡単に言うと、あなたは本の中の人間です。空想上の人物なんです』
おかしな場所に来た我は、どうやらおかしな事に巻き込まれてしまったようだ。
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