5・ディルムン

 途中杯を重ね麦焼きをかじり語り続けて、すでに夜が更けていた。

 ジウスドラが卓の下に手を伸ばし、何かを取り出した。

 右手には灰色の石。左手には、赤い果実を握っている。両方を、ビルガメシュの前に置く。

「ここに、アラッタの石とメルッハの果実がある。どちらか選んでちょうだい」

 唐突な選択に、ビルガメシュは手のひらを突き出した。

「待て。どういうことだ?」

「神の死については、誰にでも話せることじゃないの。常人が相手なら、選ばせずに追い返している。ウヌグのビルガメシュが相応の経験を積み、覚悟をしてきているとみたから、聞いているの。答えなさい」

 閂のかかった門は、まだ続いているらしい。ビルガメシュは石と果実を見つめた。

 ごつごつした石。ところどころ黄色の輝きがある。金が中にあるのかもしれない。

 奇妙な果実。赤く輝く皮が瑞々しく張っている。上に小さな蔓が残っている。

 少し考えて、ビルガメシュは赤い果実をとった。

「なぜ果実を選んだの?」

 ジウスドラが鋭い視線をビルガメシュに向ける。

「その石はおそらく金を含んでいる。精錬すれば、永久に変わらぬ輝きを放つ黄金が取れるだろう。変わらぬが、黄金は生きてはいない。この果実は……食べればなくなる。だが、少しの渇きと疲れを癒すことができる」

 ビルガメシュは果実をかじった。酸味のある果汁が口を満たす。

「これは、何を求めるかの問いだとみた。変わらぬ黄金は不死を、飢えと渇きを癒す果実は生を表わしているのではないだろうか。おれは、不死を求めているわけではない。不死が存在しないのを目の当たりにして、どう生きていけばいいのかを求めている。そのために、神々とジウスドラがなぜ不死ということになっているのか、知りたいのだ」

「石を選べば、あなたも不死になれるかもしれないわよ?」

「不死などありえない。おれはエンキが死ぬのを見たのだ。あるとしたら、それは初めから生きていないのだ。黄金のように」

 ジウスドラは大きく息をつき、椅子に背を預けた。

「その果実はリンゴよ。味はどうかしら」

「悪くないな。醸造すればいい酒になりそうだ。菓子に入れて焼いてもいい」

 ビルガメシュはリンゴを卓の上に置いた。

「それで。どちらを選べば正解だったんだ?」

 ジウスドラは右手を頭にあてた。

「正解はないわ。どちらを選ぶにしろ、何をどういう理由で選んだか、自分の言葉で筋道を立てて解き明かせるかどうかを試すの。十分だわ」

「では、教えてくれ。エンキの身に何が起きた?」

 ジウスドラはまた、下に手を伸ばした。卓の上に出したのは、粘土板だった。

 表面にびっしり紋様が刻んである。神々が使うまじないだ。ジウスドラは言った。

「口で言うのは簡単よ。だけどそれだけでは、あなたは理解できないでしょう。ジウスドラがはるか昔にエンリルから授けられた神としての力、このまじないでできることすべてを、あなたに伝えるわ。彼らが言う不死の意味は、その過程でおのずと解けるはずよ」

 ビルガメシュは粘土板をしばらく睨み、ジウスドラの目を見据えた。

「見返りは? 何を求める?」

 ジウスドラは粘土板を置き、腕を組んだ。その腕の下で、胸が豊かに盛り上がる。

「旧態然とした神々は、人間が商売で利益を上げることを心よく思っていない。かつて同格と認めたジウスドラが相手でもね。ウヌグ王は、その神々に反逆を試みているのでしょう? あなたがウヌグを掌握して、アンやエンリル、その他の神々が行ってきた取引の条件をすべて見直してちょうだい。こちらにいくらか利益が増えるようにね。これを約束してもらうわ」

「反逆だというなら、あえて否定はしない。だが、あなたもそれに加担することになる。危険な決断だぞ」

 ジウスドラは微笑した。

「猛き雄牛のビルガメシュなら、成し遂げるかもしれないわ。あなたの武勇譚は知ってる。それに今日こうして会ってみて、あえて危険を冒すだけの価値があると踏んだ。それだけよ」

 スルスナブを評したアブラムの言葉を、ビルガメシュは思い出した。

「商人としての判断というわけか」

「そうよ。納得したなら、旅装を解きなさい。隣に天幕を用意させるわ。しばらくウヌグには帰れないわよ」

「従おう。そして感謝する」

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