第53話 プロ見習いはデート(?)する
《手負いの獣》にいろんなスキルを組み合わせては試してを繰り返した。
既存の《ブロークングングニル》や《トラップモンク》の微調整もしなきゃいけなかったから、かなりの強行軍になったが、それでも何とか形にすることはできた。
名付けて《ビースト拳闘士》。
……まあ、開発者だからって名付けの権利があるわけでもないから、違う名前で呼ばれるようになるかもしれないが。
とにかく、自分でも納得のいくスタイルを作り上げて、締め切りギリギリに登録を済ませたのだった。
トラウマ克服のほうも順調だ。
きっと本番までには、ほぼ不自由なく拳を振るえるようになっているだろう。
《RISE》本戦への準備は、ほぼ万端となった。
そういうわけで、オレはかねてよりの約束を果たすことにした―――
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
放課後の駅前は人が多い。
ブレザーや学ラン、セーラー服で遊び歩いている同世代も多く見受けられる。
そんな中、オレはわざわざいったん家に帰ってまで着替えてきた私服で、一人ドキドキしていた。
やべー、思ったより緊張する。
どんな顔して待ってりゃいいんだ、この時間。
とりあえず端末いじってるフリしとこう。
携帯端末のデスクトップ画面を右に動かしたり左に動かしたりという謎の行為を繰り返していると、後ろから声がかかった。
「ジンケ、お待たせ」
振り返ると、くらりと目眩がした。
私服の森果がそこにいた。
ファッションのことはよくわからないが……なんかこう……女の子っぽくて……ガーリーっていうのか……全体的に明るい感じがする!(語彙力)
私服の森果を見るのは、予選の差し入れのとき以来か。
でも、なんだろう、あのときよりもずっと……。
「……どう?」
控えめに、森果はスカートの裾をちょこんと持ち上げた。
「気合い、入れてみた。……勝負服」
「あ、ああ……かわいい」
「ほんと?」
「すっげーかわいい」
心の底から言うと、森果は口元を隠して、「ふふ」と声を漏らした。
「いま笑ったか?」
「うん」
「もったいない。見せろよ、オレにも」
「お預け」
「ちぇー」
森果はまた口元を押さえてくすくすと肩を揺らす。
無表情が基本の森果が、こうも頻繁に笑うとは。
どうやら今日は、お互いに浮かれてしまっているらしい。
「じゃ、時間もないし、早めに動くか」
「うん」
「悪いな、放課後になっちまって。本当は休みの日がよかったんだが……」
「ううん。本番は、大会の後だから。……ね?」
言いながら、森果はオレの腕に自分の腕をそっと絡めた。
そう、今日はただの下見だ。
オレがプロゲーマーになれた暁には、森果との交際を正式にスタートする。
そのための
……まあ、なんというか。
未だかつてこれほどまでに恥ずかしいデートの口実があっただろうか。
「場所は、いくつか考えてあるから。順番に行こ」
「ああ。案内してくれ」
「うん」
でも幸せだから良し。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
候補その1。
「公園に置いてある電車」
「おお……なんか懐かしい……」
公園の真ん中にでんと鎮座している電車の廃車両。
展示とかではなく遊具代わりみたいで、中に乗り込むこともできる。
「小学生の頃、よくこの中でゲームしてたな……」
「格ゲー?」
「いや、3DSとか。スイッチ持ち込んでくる奴もいたな」
その頃はまだゲーセンに入り浸っていなかったのだ。
南羽を始めとした友達と秘密基地みたいに―――って、デート中にアイツの名前を出すのはNGだな。
懐かしさに導かれて、中に乗り込んでみる。
窓から光が射して、埃がきらきらと舞っていた。
「……なあ」
「うん」
「ケチをつけるようで悪いんだが、なんでここ?」
ファーストキスの場所選びという趣旨だったはずだが。
超埃っぽいんだが。
「流れがある。事に至るまでの」
「事に至るって……まあいいか、聞こう」
「突然夕立に降られて、傘を持ってなかったわたしとジンケは、すぐ近くにあったこの電車で雨宿りする……。雨が天井を叩く音が辺りを満たす中、ジンケはびしょ濡れになったわたしがすごくエッチなことになっているのに気付く」
「ほほう」
「そして興奮のままに……」
と言いながら、森果は右手の人差し指と左手の人差し指をぴとっとくっつけた。
「どう?」
くっつけた人差し指をぐりぐりと擦りながら、森果は小さく首を傾げてオレの裁可を待つ。
「……どう、というか」
これ、もしかして、そういう趣旨なの?
オレが森果の妄想を順番に聞いていって、『それいい! 採用!』みたいな……?
どんなカップルだ。
「あのさ……オレが思うに、そのシチュはキスじゃすまなそうなやつなんだが」
前に友達に見せられたエロ漫画に似たような話があった気がする。
「雨で冷えた身体を暖め合うのもやぶさかじゃない」
「いや、水を差すようで非常に申し訳ないんだが、それはそれで普通に不衛生じゃないか……?」
マジで埃っぽいからな、ここ。
「そして最大の問題が一つある」
「……? なに?」
「それを実行するためには、夕立の降りそうな時間にあえて二人で外出し、あえて二人でずぶ濡れになり、あえてここに逃げ込むという段取りになる。
……オレたちは果たして、『何やってんだろうコレ』という気持ちになることを我慢できるか……?」
「……………………」
森果はおとがいに手を添えて、視線をわずかに俯けた。
「…………ベリーハード」
「だろ?」
「不採用」
そういうことになった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
候補その2。
「観覧車のてっぺん」
「おおー!」
ゴウンゴウンという揺れに身を委ねながら窓の外の景色を眺めて、オレは感嘆の声をあげた。
「いいじゃん。王道! このままマニアックな方向で攻めてこられたらどうしようかと思った!」
「ファーストじゃなくても1回は観覧車でしてみたい。そういう欲望が、わたしにはある」
「赤裸々か」
開けっぴろげすぎるだろ。
「ここも、ちゃんと流れを考えてきた」
隣に座り、そっと指を絡ませてきながら、森果は言った。
若干嫌な予感がする。
「……流れも何も、普通に順番待ちして、普通に乗って、普通にてっぺんまで待つだけだよな?」
「そう。でもそのとき、わたしたちは、完全にキスするつもり満々」
「……うん?」
「順番待ちの間も、ゴンドラに乗るときも、てっぺんに昇っていくまでの間も、キスするぞキスするぞキスするぞこれからキスする絶対にキスするぞキスするキスするって思いながら時間を過ごす。そうして最高に気持ちが高まったところで、満を持して……」
森果はオレの手を持ち上げると、その人差し指に、自分の人差し指を擦りつけた。
「きっとすごく気持ちいい」
こくこくと頷く森果。
……いや、うん、わかる。
言いたいことはわかるぞ?
「……そう言われると、なんか変なプレイみたいなんだが」
「ファーストキスなんてそれ自体がプレイみたいなもの」
「酷いことを言ったぞコイツ!」
今この時点をもって、今日のイベントから甘酸っぱさは消失した!
「なんか……全体的に、性欲を前面に出しすぎじゃねーか、お前?」
「積年の欲求を爆発させたくて」
「その点については完全にオレのせいなんだけども。……もうちょっとこう、ムード的なものを優先したほうがいいんじゃねーか」
すごくふわふわとした注文をつけるオレ。
ムードという点ではこの観覧車もなかなかのものだが、森果の話を聞いた後では公共物をいかがわしいことに利用しようとしているという印象が拭えない。
「ムードがある場所のほうが、ジンケは好き?」
「まあ……ファーストキスって、そういうイメージだし……」
やだ……オレの発言、童貞丸出し……。
「わかった。次はムードのある場所に連れていく」
そろそろ夕日が地平線に沈もうとしていた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
候補その3。
「夜の公園のベンチ」
「おおう……」
疎らな街灯が照らす夜の公園で、オレは森果と並んでベンチに座っていた。
「ここ、ムードがある場所で有名」
「ああ、うん。知ってる。それはオレも知ってる」
確かに、ムードはある。
死ぬほどある。
公序良俗に反するレベルでありまくる。
「……ぁ……っ……」
「…………やだ……」
「…………ん、…………っ」
ムードがありすぎて、林の奥から怪しげな声が聞こえてくるほどだ。
「……ジンケ」
森果はそっと手を重ねながら、こてんと肩に頭を乗せてきた。
「どう?」
「……そうだな。結局性欲を隠し切れてないな、お前」
「バレた」
バレいでか。
「ここもダメ?」
「ダメっていうか……」
そもそもからして、ファーストキスの場所を下見するという趣旨そのものに無理がある気がしてきたオレである。
そんなことをしたら、いざ本番となったときに、どうしても雰囲気が歪んでしまうんじゃないか。
始めから気付けという話だが。
「とりあえずここは、誰かに見られる可能性もあるし、ちょっと落ち着かない」
「落ち着く場所がいい?」
「なんだかんだでな」
「わかった。じゃあ次が本命」
「本命?」
「ファーストキスの場所の王様。堂々のド王道」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
候補その4。
「彼氏の部屋イズ最強」
オレの部屋だった。
いつも寝起きしている見慣れた自室だった。
下見とは一体。
「クラスの子からアンケートを採ったところ、一番多かったファーストキスの場所は彼氏の部屋。堂々の第一位」
「そうなのか……」
「そのまま大人の階段を駆け上がった場所ランキングでも堂々の第一位」
「そうなのか!?」
っていうか女子ってそういう話も結構明け透けにやっちゃうの!?
「……まあ、ファーストキス云々はともかくとしてさ」
オレはベッドの縁に腰掛けながら言った。
「もし優勝できたら、ここで祝勝パーティってのもいいかもな。チームのメンバーで、じゃなくて、ここで、二人だけでさ」
森果の瞳がきらっと輝く。
「それ、いい。すごくいい」
「だろ?」
「折を見ていいムードにすれば完璧」
「すればって言ってするもんじゃなくねーかそういうの」
「なんならなし崩し的に泊まりたい」
「……なし崩し的に歯止めが効かなくなるからダメ」
「なんなら妊娠したい」
「もっとダメ!」
……まったく。
こっちがきちんと自制して段階を踏もうとしてるのに、あっちは平気で一段飛ばししようとしてくるんだからな。
オレが真面目すぎるんだろうか?
森果がオレの隣に座り、ぎしっとベッドが軋んだ。
肩と肩が触れて、のみならず、少しずつ体重がかかってくる。ただの重さなのに、どこか甘えるかのようだった。
仮にここで押し倒したって、森果はむしろ喜ぶだけだろう。
オレの自制には、何の意味もないのかもしれない。
しかし、それでも、オレはコイツのことを、コイツとの関係を、大切に育てたいと思うんだ。
オレはきっと、これからますます、勝負の世界に沈んでいくことになる。
楽しくゲームをしているだけじゃいられない。
もし本当につらくなったとき、コイツがいなかったら。
……そう想像すると、怖くてたまらないんだ。
結局、オレは南羽を利用して自分を支えていたあの頃から、一歩も成長できていないのかもしれない。
南羽の代わりに森果を利用しているだけなのかもしれない。
そんなのわかってる。
わかってるから、だから、今度こそ……。
「……オレはさ」
今日初めて、オレのほうから手を重ねながら、ぽつりと呟いた。
「お前がいるから、頑張れるんだ。ここまで調子よくやってこられたのは、お前がいてくれたからなんだ。ホントだぜ?」
できるだけ、言葉にしたかった。
前は自覚すらできなくて……一度だって、言葉にはしなかったから。
今度はきちんと、伝えておきたかった。
「……うん」
森果は静かに頷いて、オレの手を握り返す。
「わかってる。わたしは……ジンケの、ご褒美役」
「そう言うとちょっと人聞きが悪いな」
「脱衣麻雀のご褒美CG役」
「もっと人聞きが悪い!」
森果はぐぐっとさらに体重をかけながら、淡く微笑んだ。
「それでいいの。ジンケが強くなるために、役に立ってる。わたしは、それでいい。それがいい。……すごく、幸せ」
……幸せなのは、オレのほうだ。
世界にプロゲーマーがどれほどいようと――森果莉々が隣にいてくれるのは、世界でたった一人、オレだけなんだから。
不意に、森果の人差し指がつんとオレの唇を押さえた。
「……な、なんだ?」
「いいムードになったから。……でも、まだダメ」
森果はオレの唇から指を離して、今度は自分の唇に触れさせる。
「今は、これだけ」
心臓が痛いくらいに暴れ狂った。
「……それ、どこで勉強した?」
「オリジナル」
だとしたら、お前はオレを惚れさせる天才だ。
森果は淡く微笑んだまま、オレの瞳をじっと覗き込みながら言う。
「わたしを、プロゲーマーの彼女にしてね」
「ああ。絶対に」
ベッドの上で、森果の細い身体を力いっぱい抱き締めた。
このくらいなら、今のオレたちにも許されるだろう。
オフライン最強の第六闘神 紙城境介 @kamishiro
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