第52話 プロ見習いは新スキルを考察する


「ただいまー! ……あ?」


 数日ぶりにアグナポットにあるEPSのVRゲーミングハウスに戻ってきたオレは、その惨状に言葉を失った。


「……きたなっ……!」


 なんだ、このゴミ屋敷は。

 玄関前の廊下から奥のリビングに至るまで、なんだかよくわからないゴミで散らかり放題になってる。


 オレは足の踏み場を探しながらリビングに向かった。

 とりあえず自前のストレージに放り込んでおけば片付けが完了するこの世界で、こうまで散らかるとは。

 こういうインテリアなんじゃないかとすら思えたが、だとしても一体誰が……。


「あ」


 リビングに足を踏み入れた瞬間、原因がわかった。

 モニター前のソファーが置かれた一角に、何やら真っ黒な雰囲気が漂っている。

 そこに、この有様の下手人たるメイドが、うつ伏せになっているのだった。


「…………ジンケジンケジンケジンケジンケジンケジンケ…………」


 こわっ。

 なんかぶつぶつ呟いてる。


「あっ!!」


 がばっと床のゴミが盛り上がったかと思うと、ニゲラだった。


「ちょっと! 起きなさい! 旦那様が帰ってきたわよ!!」

「……んー……?」


 リリィはのろのろと起きあがると、ぼーっとした目でオレを見た。


「よ……よう」

「…………ジンケ……?」


 黒い雰囲気がぱあーっと消えていった。


「ジンケっ!」

「うおっ!?」


 飛びついてきたリリィをかろうじて受け止める。

 リリィはオレの首筋に顔をうずめるやすりすりとこすりつけた。

 銀髪から甘い匂いが香るがそれ以上に、「すーはーすーはー」お前、人の匂い嗅ぎすぎ!


「はあー……ジンケ……すき……」

「うん、まあ、ただいま」


 子供をあやすように背中を叩くと、リリィはさらにぎゅーっと力を込める。失くしたぬいぐるみを見つけた子供のようだ。


「まったく、大変だったんだから! アナタがいなくなった途端、使いものにならなくなっちゃって、このメイド! ちゃんと手綱を握っておきなさい!」


 金髪にのっかったゴミを払い落としながら言うニゲラに、オレは「は?」と目を丸くした。


「……いや、確かにMAOでは会ってなかったけど、学校では毎日会ってたんだが……」

「……は?」

「毎日一緒に昼飯食ってたんだが……」


 だって平日だもの……。

 オレとニゲラの視線がリリィに集中した。

 リリィは堂々と言った。


「全然足りなかった」

「……そ、そうか」

「うん」


 そして、再びオレの首筋にすりすりし始める。

 愛が重い。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「こんにちは―――あっ! 綺麗になってる!」


 復活したリリィを中心に、ゴミ屋敷化したゲーミングハウスをあらかた掃除したところで、プラムがやってきた。


「おう、プラム。ただいま」

「あ、ジンケさん。武者修行の旅は終わったんですか?」

「まあな。ちょうどその話をしようとしてたところだ。これお土産」

「あ、これはどうも―――って、サウスドリーズ産のバナナじゃないですか!? どっ、どうしたんですかこれ!?」

「ギリギリ5つだけ穫れたんだ。その辺のことも話す」


 オレ、リリィ、ニゲラ、プラムが、それぞれソファーに座った。

 コノメタとシルは、今日はいないようだ。

 コノメタは仕事で、シルはハウスがゴミ屋敷化したので避難したらしい。


「で?」


 もきゅもきゅとバナナを頬張りながら、ニゲラが水を向けてくる。


「修行の成果はどうかしら?」

「ああ。それから話すか。予想以上のが手に入ったぜ」


 オレはウインドウを操作し、旅を通じて手に入れたあのスキルをみんなに見せた。



●《手負いの獣》 消費スロット:2

《拳闘士》専用スキル。

 HPが4分の1以下のとき、STRおよびAGIが1.5倍になる。



「えっ……!?」

「これは……!」

「おー……」


 スキル効果を見て、三者三様の反応があった。

 プラムは身を乗り出し。

 ニゲラは面白そうに笑い。

 リリィは平坦ながらも感嘆の声を上げた。


「こんなスキル、見たことないんですけど……あっ、あの! 差し支えなければ、どうやって手に入れたのか教えてもらっても……!?」

「ああ、いいぜ。って言っても、オレも詳しい条件はわかんねーんだけど」


 オレは人類圏外の山中であったことを3人に話す。

 と、


「「月の影獣ルナ・スペクターと夜通し戦ったあっ!!?」」


 ものの見事なハモりで、ニゲラとプラムが驚いてくれた。


「何なのそれ! アナタ、どうして逃げないのよ!?」

「逃げてもどうせやられてたって。だったら戦ったほうが得だろ」

「得ですか……得? ……ごめんなさい、ちょっとよくわかりません」


 そこまで変人扱いされるようなことかあ?

 月の影獣ルナ・スペクターに自分から喧嘩売った奴なんて、枚挙に暇がないと思うけどな。


「……まあ、とにかく、その話がもし本当だとしたら。このスキルの入手条件は、『タイプ・ビーストの月の影獣ルナ・スペクターを倒す』か、『《拳闘士》を使って瀕死状態のまま一定時間戦う』ってところね」

「タイプ・ビーストを倒せたかどうかはちょっとよくわかんねーんだよな。HPが表示されてなかったし、朝になったから消えただけって可能性もある」

「それに」


 と言ったのは、オレの隣にいるリリィだ。


月の影獣ルナ・スペクターは、ただ現れてはプレイヤーを殺すだけで、それ以外にはゲームに関わらないって言われてる……。倒したときに経験値が入るかどうかすら、入るって言ってる人と入らないって言ってる人がいて、よくわからないくらいだし」

「です、ね……。あたしも、月の影獣ルナ・スペクターがスキルの入手条件に関わるっていうのは、ちょっと考えにくいかなー、と」


 となると、後者の説が濃厚か。スキルの内容ともリンクしてるしな。


「だとしたら、なかなか真似のしにくい条件なのだわ。ただ瀕死状態で戦い続けるっていうだけならまだしも、もしかしたら人類圏外でなきゃいけないかもしれないし、月の影獣ルナ・スペクター級の怪物が相手じゃないといけないのかもしれない。このスキルを公表したところで、《RISE》本戦までに準備してくる選手はいなさそうなのだわ」

「今回は《トラップモンク》の時みたいに初見殺しが目的じゃない。別に公表してもいいぜ。そのほうが研究も進むだろうしな」


 実際、同じく本戦参加者であるプラムにもこうして見せているわけだし。


「ま、その辺の判断はコノメタ辺りに丸投げでいいんじゃない? それか、そこのストリーマーの配信ネタにしてしまうとか」

「えっ、いいんですか? だったらやらせてもらいますけど」


 プラムの配信でか……。

《ブロークングングニル》の事例からもわかるように、プラムはスタイルビルダー気質のプレイヤーなので、リスナーもそういうタイプが多い。悪くねーかもな。


「いずれにせよ、その前にいろいろ自分で試してみようと思ってる。この《手負いの獣》……まったくの新スタイルを作るのに充分なスキルだとオレは思ってるんだが、お前らの意見はどうだ?」


 ニゲラもプラムも、同時にこくりと頷いた。


「可能性は感じるのだわ。形になるかはまだわからないけれど」

「いろいろ組み合わせてみたいです! ジンケさんには何かアイデアがあるんですか?」

「具体的にはまだ検討中なんだが……」


 オレはメモ帳アプリを呼び出して、そのウインドウを全員の真ん中に置く。


「スキルスロットは7枠。そのうち、クラスを《拳闘士》にするのに《拳闘》スキルと《直感》スキルが必須だから、それで2枠。ここに《手負いの獣》を入れて4枠」


 口にした通りのことを、メモ張に書き込んだ。


「残り3枠が自由枠だ。選択肢は―――」

「まず《受け流し》ね。近接戦闘で有利が取れてこその《拳闘士》だもの」


 選択その1《受け流し》。


「《縮地》でAGIを上げるのもいいと思います。やっぱり《拳闘士》の強みはAGIですし」


 選択その2《縮地》。


「オレは《魔力武装》もいいと思う」

「《魔力武装》……って、通常攻撃でも魔法を相殺できるようになるスキルでしたっけ?」

「対人戦の場合、大抵は威力が足りなくて弾くだけに留まるけれどね。魔法に物理的に触れるようになるスキルってところかしら。

 いいんじゃない? 《拳闘士》は武器も盾も持ってないし、魔法攻撃に対しては回避するしか対処のしようがないもの」

「ああ。セローズのほうでRvRに参加したときに、魔法で集中砲火食らってさ……。まあこれはあとで話すか」


 選択その3《魔力武装》。


「ここまでは、《拳闘士》クラスに合うスキルって感じだな……」

「きっちりスタイルとして確立させるなら、《手負いの獣》とシナジーがあるスキルが一つは欲しいところね」

「自分から《手負いの獣》を発動できるように持っていくか、あるいは発動できたときにより強くなるようにするか……方向性としては、そんなところですかね?」

「オレとしては、《手負いの獣》のためだけに自分から瀕死になるのは、あんま強くないと思ってるんだが……まだ早計だな。とにかく試していこう」


 オレは意見を書き込んだメモ帳を保存した。


「《手負いの獣》を軸にしたスタイルには、確かに可能性を感じるのだわ。……でも、スタイル登録の締め切りは近いわよ。本当に間に合うの?」

「間に合わせる」


 オレは立ち上がりながらはっきりと告げる。


「強さへの道がこんなにはっきりしてるんだ―――逃してたまるかよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る