第44話 プロゲーマー見習い VS 元・底辺ストリーマー - Round 2


「ぬおおあああ~~~~~~っっ!!!」


 第1セットを終えてのインターバル。

 プライベートマッチ・ルームの中でひとり、オレは悔しさに悶えていた。

 読唇術で相手のショトカ盗めば楽勝じゃん!

 ……なんて思っていた時期が、オレにもありました。

 ああ、くそ、くそっ……!! あんな落とし穴があったのか、くっそぉぉぉ……!!!


「やってくれるな、プラム……!!!」


 さあ、頭を切り替えろ。

 負けは負け。受け入れて先に進め。

 ここまでが、むしろ順調すぎたんだ。

 直感に従っているだけじゃ勝てない強敵がいる――

 面白くなってきたじゃねーか、なあ!




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「…………ふうぅぅ…………」


 高鳴る胸を、プラムは必死に落ち着かせる。

 勝った。

 ジンケに勝った。

 でも、まだたった1勝だ。

 本当に喜ぶのは、もう一度勝ってから。


「よしっ……」


 小さく拳を作って、自分を鼓舞する。

 果てしなく遠く感じる道のりだが、そこはもう手が届く場所にあるのだ。

 残るは《トラップモンク》。

 ショートカットの秘密は、すでに暴いている。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『さて! そろそろインターバルが終了致します!

 ジンケ選手の残りスタイルは《トラップモンク》!

 プラム選手の残りスタイルは《ブロークングングニル》と《剣士型セルフバフ》です!

 プラム選手には選択の余地がありますが、どう来ると思われますか、解説のホコノさん!』

『うむ。白星の勢いのまま《ブロークングングニル》を選択してくる……という考えもあるが、ここは《剣士型セルフバフ》を選択する可能性が高いと見る』

『と言うと?』

『いまだ未知の部分が多い新スタイルである《トラップモンク》に対して、1戦負けられる状況を作ることができたのは、大きなアドバンテージと言えよう。

 ゆえに、まずは《剣士型》を様子見として出し、本命の《ブロークングングニル》で雌雄を決する――これが賢明な計画ではあるまいかと、拙者は愚考する』


『なるほど! プラム選手はどう出るのでしょうか!』


 闘技場にプレイヤーたる二人が姿を現す。

 ジンケの方は、黒っぽい胴着に《魔蝕大樹霊の剣枝》を携えた《トラップモンク》。

 対するプラムは、右手に片手剣を、左手に小さめの盾を持った姿だった。


『プラム選手、ホコノさんの推測通り、ここは《剣士型セルフバフ》を選択! 《ブロークングングニル》は温存です!』


 ジンケとプラムは、互いの姿を見据え合い、緊張感を漲らせる。

 束の間の静寂を挟み、実況の星空るるが告げた。


『……始まります。第7回戦、ジンケ選手VSプラム選手! 第2セット第1ラウンド――――試合開始!!』


 同時、ジンケが左手のスペルブックを開き、プラムが早口でキーワードを詠唱した。


『両者、初手自己強化セルフバフ! これは近接戦の構えか―――っ!?』

『《オール・キャスト》コマンドが使える分、ジンケ選手の方が早い。しかも《神学》スキルによって、その効果も持続時間も上だ』


 スペルブックは使用可能なすべての魔法が記された本だ。

 そして《オール・キャスト》は、開いたページに記載されたすべての魔法を同時に使用するコマンドである。

 各魔法の紙幅ページ・コストは最小で半ページであるため、見開き2ページに2種類ずつで、最大4種類までの魔法を同時行使することが可能であった。


『しかし、初手《オール・キャスト》は、相手が距離を詰める選択をしてきたときに対応できないリスキーな行動です! ジンケ選手、プラム選手の初手を読んでいたか!?』


 左手にスペルブックを持ったままでは、満足に近接戦を演じることはできない。

 ジンケは即座にスペルブックを閉じて消滅させ、闘技場内を走り回り始める。


『さあ! ジンケ選手、トラップの設置を開始します! 相変わらずどこに設置されたかまったくわかりませんね!』

『面妖だ。どうやら巷でも議論になっているようだが、ジンケ選手はトラップ魔法を使用した素振りをまったく見せぬ。口も手も動いていないのだ。しかし、トラップはしっかりと設置されている。果たしていかなる手段でショートカットを発動させているのか……』

『設置の瞬間を確認して覚えておくしか、トラップの位置を見分ける方法はありませんからね! プラム選手、対抗策はあるのか―――!?』


 バフの光に包まれたプラムは、走り回るジンケに凄まじいスピードで向かってゆく。


『プラム選手、接近―――!! 思い切った動きだあああああっ!! トラップが怖くないんでしょうかー!?』

『これは……!?』


 プラムはスピードで翻弄しながら、強化された剣で激しく攻め立てた。

 その動きには、怯えと見られるものは一切なかった。


『踏まないっ! プラム選手、トラップを踏みません! まさか、これは……!?』

『トラップの位置を把握しているのか!?』


 連撃の途中で、プラムは思い出したように不意に距離を取って、別の位置で仕切り直す。

 何があったわけでもなく、ただその場所を避けたような動きだった。


『視えている……! 彼女には視えているぞ!』




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 プラムはジンケの動きを目で追いながら、その足音に耳をそばだてていた。


(あっ、詠唱した! 1、2、3、4――5! あそこ!)


 ジンケの口が動いてから、5回。

 5回目の足音が聞こえた瞬間にジンケがいた位置に、プラムは脳内でピンを刺す。

 そう――足音こそが、ジンケのショートカット・ワードだったのだ。

 公式のヘルプでは、ショートカットを発動させるキーワードに関して、『プレイヤーの声を認識し』と説明している。

 すなわち、必ずしも声である必要はないのだ。

 ショートカットの開始を意味するワードを口にしたあと、足音5回。

 口を動かさず、手を動かさず、ただ5歩移動することそのものを詠唱として、トラップ魔法を発動していた。そうして、トラップを設置した位置をわかりにくくしたのだ。

 タネが割れれば、ひどく単純。

 プラムは順当にトラップの位置を覚えていき、ジンケを攻め立てた。

 ――しかし。


(う、うう……!!)


 終盤になって、プラムはようやく気が付く。


(これ……きつい……!!)




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『ジンケ選手、《エアガロス》! これは牽制か!? ――ああああっ!?』


 ジンケが放った高位風属性魔法から逃れるため、プラムは大きく横に跳ぶ。

 そして着地した、その瞬間だった。

 彼女の全身を電撃が貫く。


『ついに踏んだああああ!! 《パラライズ・トラアアアアアアアップ》!!! コンボが起動するううう――――ッ!!!!』


 はね飛ばされ、爆発し、またはね飛ばされ、また爆発し。

 トラップ・コンボの凶悪な威力によって、プラムのHPが一気に削り取られ――呆気なくゼロになった。


『ほぼ即死!! まるで死のピタゴラ装置!! 第1ラウンドを制したのはジンケ選手ですっ!! いやー、ホコノさん! プラム選手はトラップの位置を見切っていたように見えましたが……』


 プラムの大胆な動きは、確かにトラップの位置を把握している者のそれだった。

 しかし、結果はこうだ。

 解説のホコノは難しい顔で頷き、理由を語り始めた。


『彼女には間違いなくトラップの位置がわかっていた。……しかし……その位置をすべて記憶しておくのは、凄まじい労力なのだろう』

『ああ、確かに! 想像するだけでもすごくしんどそうです!』

『しかも激しい近接戦を演じながら、となると、その難易度は想像もつかぬ。ゆえに、数を増やしたトラップの位置を把握し続けることができず、ジンケ選手の誘導に引っかかってしまったのだろう……』

『となると、一体どうすればいいんでしょう?』

『トラップを置かせぬよう立ち回るしかあるまい』

『やはりそうなりますか!』

『相手のやりたいことをやらせない。それが対策というものだ。相手の手管を見抜くのは、そのための入口でしかない……』

『どうやってかはわかりませんが、トラップの位置を把握してみせたプラム選手! しかし、ジンケ選手の新スタイル・《トラップモンク》の猛威は未だ薄れず! 果たして光明はあるのか!? 第2ラウンドが始まります!』




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 プラムは痛恨の思いを振り払い、頭を切り替える。

 トラップの位置を把握できるようになっただけじゃダメだ。

 トラップの設置を妨害する――つまり、ショートカットの詠唱を邪魔しないと。

 であれば、結論は一つだった。

 近付いて、張りついて、トラップを置く隙を与えない!




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ――と、プラムは考えることだろう。

 ショートカットの仕組みを見抜いてきたのには驚いたが、こんなものはただの初見殺し、単なるハッタリだ。結局は、何の衒いもない、シンプルな対策にたどり着くもんなのさ。

 見抜かれた手品に意味はない。

 オレはショートカットを再設定し、キーワード後半の足音5回を削除した。

 そのままにしておくと、詠唱に時間がかかって即効性を損ねるからな。


 さて。

 そろそろ出し時だろう。

 このスタイルの本当の姿を見せてやるぜ、プラム……!




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『第2ラウンド開始です! ――と、おおっ!』


 第2ラウンドの開始直後、プラムがセルフバフもかけずにジンケとの距離を詰めた。


『速攻―――!! トラップを置かせる時間を与えない腹積もりだあっ!!』

『否、見ろ!』

『え? はいっ?』

『ジンケ選手が、今度はスペルブックを持っていない!』

『あっ!』


 先ほどのラウンドでは最初から左手に抱えていたスペルブックを、今度は手にしていなかった。これが意味するのは――


『ジンケ選手、プラム選手の速攻を読み切っているううう――――!!!』


 ジンケは携えたロッド――《魔蝕大樹霊の剣枝》を両手で構え、迫るプラムを待ちかまえた。


『しかし《モンク》はプリースト系クラス! 本職の前衛である片手剣士に対抗できるのかあああ!?』


 配信視聴者の誰もが思ったであろう疑問。それを実況が代弁した直後に、ジンケとプラムが交錯する。

 プラムが大上段から振り下ろした剣を、ジンケのロッドが受け止めた。

 二つの武器が交差した瞬間、強く鳴り響いたのは、耳を刺すような甲高い―――

 ―――


『えっ?』

『むっ?』


 違和感があった。

《魔蝕大樹霊の剣枝》は、システム上、大剣として扱うという特異な効果を持つとはいえ、どう見ても木製のロッドである。今までの戦闘でも、そのロッドが響かせる音は、ボゴッ、という鈍いそれだった。

 なのになぜ、金属音が鳴り響いたのか。

 答えは――誰も予期し得なかった形で現れる。


『――えっ? えっ!? ええええっ!?』

『なっ……!!』


 ジンケの手にある《魔蝕大樹霊の剣枝》が、モザイクのようなエフェクトに包まれて――別の形に

 以前の形に比べればずっと細い、それは杖だった。

 長さはジンケの身長にも迫る。石突きの方が二股に枝分かれし、反対側の持ち手は丁字型になっていた。

 異様に大きいこと以外はただの杖でしかなかったが――おかしいのは、プラムの剣を受け止めている部分。

 そこだけが、銀色の光を反射していた。


『あれはっ!!』


 ジンケが丁字型の持ち手の、すぐ下を掴み――を、スィン、とすずやかに抜き放った。

 それは、わずかに反り返った、優美さすら感じさせる美しさの、片刃の剣。

 否。

 それは剣ではなく――


『――《シダ院の戒杖刀かいじょうとう》!』


 ホコノが武士めいた低音で叫ぶ。

 直後に、ジンケが杖から抜き放った剣が、雷をまとった。

 ―――《雷轟刃》。

 体技魔法《雷轟刃》!


『ああああ―――!! プラム選手に体技魔法がクリーンヒットおおおおおっ!!

 いや、あの、でも、杖が別の杖になって、その杖から刀が出てきて……もうわけがわかりませんっ!!』

『……あの杖は、《シダ院の戒杖刀》』


 ホコノが渋い声で、ジンケの隠し玉の正体を告げた。


『あらゆる杖系武器に形を見せかけられる特殊効果を持つ―――だ!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る