第43話 プロゲーマー見習い VS 元・底辺ストリーマー - Round 1


 6回戦を終えて、6勝0敗になった。

 予選のシステム上、7勝は1人、6勝は7人しか出ないはずなので、上位16位入りは確定だ。

 全勝同士の7回戦、予選1位を決める戦いは、だから名誉だけを奪い合う形になる。

 実際的なメリットがあるわけでもないが、ああ――人間ってのは欲深なもんで、ここまで来たらこう思っちまうんだ。

 勝ちたい。

 誰よりも上に立ちたい。

 賞金なんて関係ない、プロやアマチュアなんて関係ない、心の根源から沸き起こる原始的な欲求。


「……ふう――」


 7回戦の開始にはまだしばらくあった。

 沸き上がる闘志を宥めるため、オレは散歩に出ることにした。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「ジンケが今6勝だってよ」

「本戦進出確定か」

「何この《トラップモンク》って?」


 さすがは闘技都市と言うべきか、アグナポットは《RISE》の話題で持ちきりだった。

 オレが傍を何気なく通り抜けると、通行人たちの何割かがギョッと振り返る。


「え、今のジンケじゃね?」

「は? 予選中じゃないの?」


 やがて、モーセみたいに道を譲られるようになった。

 ……落ち着かねー。外に出たのは失敗だったか?

 どうにかひと気のない場所へ移動できないかと考えていると、前の方に異変があった。

 オレが近付くより先に、人混みが左右に分かれている。

 ……もう一人。

 向こう側から、誰かが歩いてくるのだ。


 モーセめいた道が、接続する。

 人混みの向こうから、そいつが姿を現す。


 そいつはオレの顔を見るなり、淡く笑った。

 オレもそいつの顔を見るなり、薄く笑った。


 つくづく、気が合う。

 オレたちは挨拶をするでもなく、互いに無言で近付き――すれ違う。




「―――勝ちます」

「―――やってみろ」




 きっとオレたちにしか聞こえない、一瞬の宣戦布告。

 ただそれだけを交わして、オレとプラムは背中を離してゆく。


 ジンケ――6勝0敗。

 プラム――6勝0敗。


 7回戦が始まる。

 128人の頂点が決まる。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『――さーあッ! お待たせしました、皆さん! 《RISE》MAO部門オンライン予選DAY1! 最終試合――第7回戦が開始されます! 来ましたねー、ホコノさん!』

『うむ。各選手、悔いが残らぬよう闘ってほしい』

『本戦進出の条件は上位16名! うち2名はすでに確定しております! 残りの14枠を誰が奪うのか! そして7戦全勝で1位となるのは誰なのか! 本日最強のプレイヤーは誰なのかあああ!!

 行きましょう! 皆さん待ちきれないかと思われます! 第7回戦! ジンケ選手VSプラム選手! 奇しくも先月、8月期ランクマッチで頂点を奪い合った二人っ!! 最後の全勝対決です―――!!』


 EPSのVRゲーミングハウスで、リリィとニゲラがモニターを見守っていた。


 ウエスト・アリーナのロビーで、ミナハが悠々と配信を眺めていた。


 アグナポットのあらゆる場所で。

 MAOのいろんな場所で。

 それぞれのパソコンや端末の前で。


【視聴者数:5,538人】


 5500人もの観客が、本名も知らない少年と少女の闘いを、固唾を呑んで待ちわびていた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『第1セット! 両者スターティング・スタイルが出揃いました!

 ジンケ選手――《ブロークングングニル》!

 プラム選手――《ブロークングングニル》!

 ミラーマッチ! 1戦目からミラーマッチとなります!』

『ぶつけてきたな』

『やはりそういうことですか、ホコノさん!』

『プラム選手のもう一つのスタイルは《剣士型セルフバフ》。《ブロークングングニル》に対して有利が取れるとされるスタイルだ。

 だが、ジンケ選手は再三に渡り、その不利マッチをはねのけている。多少の相性差で勝ちを拾える相手ではないと判断したのだろう』

『一番自信のあるスタイルで勝負してきたと!』

『左様』

『ですが、ご存じの方も多いでしょう! プラム選手は先月、ゴッズランク1位を賭けたジンケ選手との直接対決に敗れています! そのときのマッチアップが、まさにこの《ブロークングングニル》ミラー! を覆すことができるのでしょうか―――!?』


 闘技場の中央で、ジンケとプラムが槍を構えた。


『第1セット、第1ラウンド!』


 闘技場の上空に、数字をかたどった炎が現れる。


『3……2……1―――試合開始っ!!』


 カウントダウンの数字が弾けた瞬間、両者ともに動いた。

 牽制も様子見もない。

 まるでミサイル同士が激突するかのように、真正面から槍と槍が交錯する!


『おおっ……!? おおおっ―――!?!?』


 実況の星川るるが、身を乗り出して目を白黒させた。

 二人の槍が縦横無尽の軌跡を描いて、幾度となくぶつかり合う。

 星々にも似た光芒がとりどりに咲き乱れ、まるで夜空を彩る花火のよう。

 美しくありながら、一撃一撃が必殺。

 それは卓絶的攻撃術と超絶的防戦術が織りなす戦闘芸術であった。


『乱打、乱打、乱打ああああ――――っ!!! 両者、のっけから殺意満々の乱打戦っ!!!』


 バリッ、とジンケの槍が稲光を纏う。

 バリッ、とプラムの槍も稲光を纏う。


『《雷針》っ!!』


 繰り出された穂先が激突・相殺。

 間髪入れずに、今度は槍が炎を纏った。


『《炎旋》っ!!』


 旋回した槍が互いを弾き合う。

 そして――プラムの槍だけが風を纏った。


『《風薙かざなぎ》ぃいいっ!!』


 風と共に薙ぎ払われた槍が、硬直中のジンケの横腹を打ち据える。

 ゴウンッ!! という衝撃で彼の足が浮き、闘技場の地面をごろごろと転がった。


『クリーンヒットおおおおっ!! 対応できなかったんでしょうか、今のは!?』

『ジンケ選手とプラム選手とではおそらくショートカットの構成が違う。5枠のうち、ジンケ選手は2枠、プラム選手は3枠を通常の体技魔法に割いているのだろう。ゆえに、体技コンボの撃ち合いではプラム選手に軍配が上がる。それはジンケ選手もわかっていたはずだが、な、今のは』

『これでHPではプラム選手が有利に! そして《フェアリー・メンテナンス》のカウントでも、プラム選手が1回分リードします! これが8回を数えたとき、必殺の《ブロークングングニル》が火を噴くことになりますっ!!』


 瞬くような攻防に空いた一瞬の合間に、互いに《反治の呪》は使用済み。

《フェアリー・メンテナンス》による耐久値回復効果が反転し、体技魔法を使用するごとに《ブロークングングニル》の発動条件に近づいてゆく。


『リードを取られたジンケ選手! 一体どう出る――!? あっ!』


 地面を転がされ、起き上がろうとするジンケに、すかさずプラムが距離を詰めた。


『起き攻めだああああッ!!』


 まだ不安定な姿勢のまま、ジンケの槍が炎を纏う。

 猛然と旋回した槍に追い払われる形で、プラムは攻撃を中止せざるを得なかった。


『《炎旋》で暴れて拒絶! 仕切り直す形となります!』

『普通ならただの牽制でMPを使うのはもったいないと思ってしまうところだが、《ブロークングングニル》の場合はカウント稼ぎにもなる。悪くない手だ』


 しかし、ジンケは結局、このときに離されたHPを覆すことができなかった。

 以降、ほぼ互角の攻防が繰り返され、ラウンド1はプラムに渡る。


『プラム選手、ラウンド1先取! しかしジンケ選手の真骨頂はここからです!』

『ジンケ選手は比較的1ラウンド目を落とすことが多い。スロースターターと言うわけでもなかろうが、ラウンドを重ねるごとにキレを増すタイプであることは間違いない』

『ジンケ選手、逆転劇なるか!?』


 ラウンド2。

 1本落としたからとジンケが臆病になることもなければ、1本取ったからとプラムが守りに入ることもなかった。

 ラウンド1と同じく、正面からの打ち合い。

 槍と槍が空気を唸らせながら高速でぶつかり合う。


『またしても互角の打ち合いいい―――!! 実況が追いつきません!!』

『互角……? ――いや!』


 プラムの槍が稲光を纏った。

 ――直後。

 ボッ! とジンケの槍が閃き、プラムの肩を貫く。


『ああッ……!? 体技魔法の出始めを狙われたあああああああ――――っ!!! 読んでいたのかジンケ選手――――っ!!!』

『違う……! 見てからだ! ヤツは見てから動いた!』

『見てから……!? 間に合うものですか!?』

『間に合うとも……! ショートカット・ワードを覚えていればな! だ! ジンケ選手め、相手のショートカットをおったッ!!』


 配信のコメント欄が驚愕と懐疑の言葉で埋め尽くされた。


『ショトカ盗みぃッ!? まさか、この試合中に!?』


 実況の星空るると配信の視聴者たちは、ホコノの発言が正しかったことを、己が目で確認することになる。

 プラムが体技魔法を繰り出そうとするたびに、必ずジンケが反応してこれを妨害キャンセルするのだ。

 読みというレベルでは断じてない。ジンケは見てから潰している。プラムの口の動きからショートカット・ワードを盗んだのだ。


 やがてプラムは体技魔法を繰り出さなくなった。

 配信越しにも彼女の苦渋の表情が読み取れる。

 体技魔法の力を借りずして、動きのキレを増すジンケに対抗することは、彼女にはできなかった。


『ラウンド2勝者、ジンケ選手! まさかまさかのショトカ盗みでプラム選手を完封! なんて奴だコイツ!!』

『後半、プラム選手はMPを温存する方針に転換したな。実に冷静な判断だと思う』

『ショートカットの中身は変更不可能ですが、キーワードやジェスチャーに関しては、選手が望めばラウンド間に変更できるルールです! プラム選手はラウンド3に望みを託した形!』

『しかし、ジンケ選手は尻上がり型のプレイヤーでもある。勢いをつけた彼を、果たして止められるか?』

『注目していきましょう! ラウンド3開始です!!』


 ラウンド3は、両者打って変わって探り合いから始まった。

 慎重に間合いを測り、散発的に牽制を繰り出す。

 静かながらも張りつめるような緊張感が、タイムカウントが進むごとに漲ってゆく。


『……ジンケ選手の体技魔法カウントは7。対してプラム選手は5に留まっています』


 実況も声を潜めていた。


『MPにおいては、ラウンド2で温存したプラム選手が有利。カウントさえ追いつけば、プラム選手が優勢ということになるでしょうか?』

『そうとも言えぬ。体技魔法の撃ち合いでプラム選手が有利だったように、《ブロークングングニル》の撃ち合いでは《雷翔戟》と《炎翔戟》を両方使用するジンケ選手が有利となる』

『確かに。であれば、プラム選手としては、カウントを稼ぐと共にジンケ選手のHPを削っていきたいところですが……』


 間を稼ぐような実況解説の会話が終わったそのとき、プラムが動いた。

 1歩分間合いを詰め、強引に《雷針》を繰り出していく。


『これはっ―――!?』

『無理筋だ!』


 が。

 不思議なことが起こった。

 プラムが《雷針》を繰り出す寸前、ジンケの槍がピクリと不自然に反応したのだ。

 そのひと呼吸分の遅れが、ジンケから余裕を奪った。

 綺麗にいなせたはずの攻撃が、不格好に受け止める形になってしまう。

 プラムの槍は、続いて風を纏った。


『《風薙》! あっと!? ジンケ選手、これもうまく受けきれない! 一体どうした!?』

『なるほど……! そういうことか!』

『ホコノさん!』

『プラム選手が体技魔法を使うたびに、ジンケ選手が思わずといった風に反応しているように見える。おそらく、プラム選手がショートカット・ワードのシャッフルを行ったのだ!』

『シャッフル……ですか!?』

『ジンケ選手は先ほどの第2ラウンドでプラム選手のキーワードを盗み、自動的と言ってもいい速さで反応できるようになっていた。

 プラム選手はそれを利用した。キーワードの内容は変えず、

 かつて《炎旋》だったワードを《雷針》に、かつて《雷針》だったワードを《風薙》に――そうしてジンケ選手を幻惑しているのだ!』

『なるほど、それはややこしい! しかし、ここまで効果を上げるものですか!?』

『ジンケ選手が相手であればこそだ。相手のショートカットを盗み、すぐに条件反射に組み込めるほどの記憶力と、超絶的な直感力。

 そう、彼の圧倒的なまでのアバター操作力は、ことで成立している――

 思考を挟まないから速い。強い。

 しかしそれは、一度覚えたことを修正するのに容易ならざる労力が必要となることを意味する!』


 違うとわかっていても、彼の持つ優れすぎた直感力が、反応しないことを許さない。

 ジンケの人並み外れた反応速度は、実は諸刃の剣だったのだ。


『見事なり』


 侍風のプロゲーマー・ホコノは、プラムを手放しで賞賛した。


『ラウンド間のわずかな時間で、よくぞその答えを閃いた。――プラムよ、汝は今、ジンケというプレイヤーを攻略したのだ』


 プラムの槍が、激しい稲光を迸らせた。

 大砲のような轟音が弾ける。

 ジンケのHPが、凄まじい勢いで削れていった。


『第1セット終了おおお―――!! 勝者は、なんと、なんと、なんと!! プラム選手っ!! 格付けを覆し、ミラーマッチに見事勝利しましたああああ―――っ!!!

 そしてジンケ選手、7回戦にして初めての黒星スタートおおおおおおおおおおおお――――――っっっ!!!!』

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