第42話 プロ見習いは推理される


 ショートカットの発動手段について改めて確認してみよう、とプラムは思った。


「えーと、公式のヘルプを読み上げますね」


 リスナーの女の子の一人が言う。


「『ショートカットにはそれぞれ、特定のキーワード、もしくはジェスチャーを設定することができます。設定されたキーワード、もしくはジェスチャーが認識されると、ショートカットに設定された魔法・スキルが発動されます。

 キーワード・ショートカットは、プレイヤーの声などを認識し、あらかじめ記録されたキーワードと近似していた場合に発動します。

 ジェスチャー・ショートカットは、プレイヤーの動作を認識し、あらかじめ記録されたジェスチャーと近似していた場合に発動します。

 いずれの場合も誤作動がありえますので、キーワード/ジェスチャーを普段は絶対に使わないものに設定するか、セーフティロックを設定することをおすすめ致します』」


 読み上げられたヘルプの内容を自分でも目を通し、プラムは「うーん」と唸った。


「改めて読むの初めてだけど……『近似していた場合に発動』なんて書き方なんですね」


『合致していた場合』ではなく。


〈多少は違っててもおkってことか〉

〈時間とか抑揚とかまで厳密に見られてたらほとんど発動しないもんな〉


 ここは集合知の出番だと思い、配信を開いていた。

 流れてくるコメントに目を通しつつ、プラムはうんうんと頷く。


「だけど、抑揚の違いだけでショトカ使い分けてる人もいるって聞きましたよ。相手に読まれないために」

「アリーナの対人だと相手の声聞こえないから意味ないけどね」


 リスナーの女の子たちが言う。

 アリーナでの対戦では迷惑行為防止のため、デフォルト設定で互いに声が聞こえないようになっているのだ。そのため、相手のショートカット・ワードを覚えようと思ったら読唇術を身につけるしかない。


「うーん……」


 いずれにせよ、ショートカットの発動方法はこの二つしか存在しないようだ。

 ジンケがスペルブックを出していない以上、必ずこのどちらかの方法でトラップ魔法を発動しているはずなのだが……。


〈自分でも見てみたけど、マジで手も口も動いてないね。位置から見てこの時にトラップ置いたのは間違いないんだけど〉

〈違う場所から遠隔設置ってできるっけ〉

〈遠隔設置はできない。その時いる場所の足元に設置される〉

〈なんだこれw 怖くなってきたわ〉

〈手品でも見てるみたいだな〉


 動画でジンケがトラップを設置した瞬間らしき時点を何度も繰り返すが、やっぱり不審な動きは見られない。

 しかし、発動したはずなのだ、この瞬間に。

 キーワードかジェスチャーのどちらかを実行したのは間違いのないことなのだ。

 とりあえずプラムは、キーワード・ショートカットの設定画面を呼び出した。


【録画ボタンを長押しし、キーワードを録音してください】


 そんなテキストの下に、[録音]というボタンが表示されている。ボタンを押している間に口にした言葉がキーワードになるのだ。


「……長押し……」


 テキストの一部をなんとなく読み上げ、

 ――ビリッと電撃が走った気がした。


(あっ……!?)


 テンションが急激に上がりかけ、慌てて冷静さを取り戻す。


(待って待って。喜ぶのはまだ早い)

「ちょっと思いついたことがあるんですけど……」


〈おっ〉

〈お〉

〈きたか?〉


「わかんないけど、とりあえず試してみますね」


 プラムは録音ボタンを押し、噛まないようはっきりと告げた。


「ショートカット発動!」


 適当に考えたキーワードを唱え終え――

 ――録音ボタンを


(……1……2……3……)


 何も声にしないまま、頭の中でちょうど5秒数えたところで、指を離した。

 続いて表示された使用魔法やスキルを決める画面で、適当に《ファラ》を設定する。


「え? なになに?」

「何したんですか、今?」


〈あー! そういうことかー!!〉

〈んん?〉

〈わかったわ。なるほど〉


「えっとですね」


 プラムは目の前の女の子たちと配信の向こうにいるリスナーたちに向けて説明し始める。


「設定したキーワードの後半に無音の時間を入れておけば、キーワードが終わる瞬間――つまり、ショートカットに設定した魔法が発動するその瞬間は、口は動いてないはずじゃないですか。時間差で発動するので」

「あっ! はいはいはい!」

「そっかそっかそっか! わかりました!」


〈あー! 時間差か!!〉

〈その手があったか〉

〈なんか使いにくそう〉


「まあ、まだできるかどうかもわからないので……試してみます」


 人に当たらないよう天井に手を向けて、プラムは唱えた。


「ショートカット発動!」


 プラムの考えが正しければ、キーワード詠唱から数えてちょうど5秒後に、《ファラ》によって手のひらから火球が飛び出す――はずだった。

 火球が飛び出したのは、プラムが詠唱を終えた瞬間のことだった。

 設定したはずの5秒のタイムラグは、綺麗に消えてしまっていた。


「あー……」

「ダメかー!」


 火球が弾けた天井を見上げて、女の子たちが残念そうな声を漏らす。


「いい線行ったと思ったんですけど……」


 だとすると、ジンケはどうやってショートカット発動の瞬間を隠しているのだろう?

 時間差発動がダメとなれば、プラムにはもうアイデアは――


〈ちょっと待って〉


 溜め息をつきかけたとき、そんなコメントが目に入った。


〈時間差発動を念頭に入れてジンケの動きを見返してみたんだけど、トラップ設置の何秒か前に口が動いてるように見える〉


「えっ?」


 プラムは返事をするのも忘れて、慌てて動画を見直した。

 トラップを設置したと思われる瞬間から、何秒か前に戻す。

 ジンケが杖を抱えて走りながら――

 ――小さく、口を動かしているように見えた。


〈動いてるような動いてないような〉

〈動いてるな〉

〈動いてなくない? 俺の目が悪いのか?〉

〈動いてると思う〉


 コメントでも意見が分かれるほど、それは些細な動きだったが、プラムの目には動いているように見える。

 ということは――


「やっぱり時間差で発動させてるんだ……!!」


 そこで、ロビーのモニターに映った実況の星空るるがはきはきと告げた。


『第5回戦、全試合が終了しました! 間もなく6回戦が始まります!』


 時間切れだ。

 次の対戦相手を告げるメールを緊張しながら開いたが、相手はジンケではなかった。

 しかしプラムはここまで5戦全勝。

 ジンケも同様に5戦全勝。

 両者ともが6回戦にも勝利すれば、たった二人の全勝者として、7回戦で必ず当たることになる。


(次勝てば、本戦進出は確定だけど……)


 もはやプラムの目的は変わってしまっていた。

 ウエスト・アリーナのロビーでは、今も数多くのプレイヤーたちが《トラップモンク》について議論を戦わせている。

 これほど多くの人々を翻弄するジンケというプレイヤーに、一矢を報いてみたい。

 いいや――勝利してみたい。

 誰よりも早く《トラップモンク》を攻略し、予選を1位で通過するのは、自分であってほしかった。


「頑張ってくださいっ!」

「本戦でプラムさん見たいです!」

「ありがとうございます! それじゃあ配信もいったん切りますね!」


〈がんばれー!!〉

〈勝てええええええええええ〉


 声と文字の両方に背中を押されながら、プラムは再び対戦室へと向かう。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 6回戦は、これまでの5戦よりもさらに調子がよかった。

 集中モードに入ったプラムは、五感のすべてを使って対戦相手の動きを読む。

 タンタンタンっ! という足音に敏感に反応して、背後に回ろうとしてくる相手を槍で追い払った。

《剣士型セルフバフ》――プラムの《ブロークングングニル》に対して有利なスタイルをうまく当ててきた相手は、強化した敏捷性で盛んに動き回り、こちらを翻弄しようとしてくる。

 目で追いきれなくても、音が相手の位置を教えてくれた。

 足音や鎧の音を肌で感じて、相手を懐に入り込ませない。

 やがて相手のバフが切れ、強化し直そうとした隙を見計らって、一気呵成に攻め立てた。

 機を見るに敏なその攻めが功を奏し、プラムは不利マッチを見事に制する。

 同時に6勝となり、彼女の《RISE》本戦出場が確定した。


 いまいち現実感が持てないまま、プラムは対戦の記憶を反芻する。

 五感のすべてが、自分を勝利に導いていたかのような試合だった。

 見えるもの、聞こえるものを身体全体が感じ、脳を通さずに身体が勝手に対応していたような感覚。

 7回戦は、きっとジンケが相手だろう。

《トラップモンク》の攻略はまだ途中だけれど、今回のように、何もかも身体で捉えることができれば――


(……ん?)


 試合の記憶を反芻するうちに、頭の底から何かがふよふよ浮き上がってきた。


(え? あ? ……もしかして?)


 にわかに形を取った閃きを裏付けるため、プラムは慌てた動作で、試合前に閉じてしまった画面を呼び戻す。

 MAO公式のヘルプ――電子説明書。

 キーワードおよびジェスチャー・ショートカットについて説明したテキストだ。

 それを今一度読み返し――プラムは確信した。


「……これだっ……!!」


 ジンケが手も口も動かさずにトラップ魔法を発動した、その手段。

 全貌は、ここに暴かれた。


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