第45話 プロゲーマー見習い VS 元・底辺ストリーマー - Round 3


 圧巻だった。

 ジンケは仕込み刀《シダ院の戒杖刀》による不意打ち《雷轟刃》でHP差を稼ぐと、体勢を立て直すべくプラムが間合いを取った隙に自己強化セルフバフを行った。

 プラムもまたセルフバフを行うが、そもそも強化魔法を始めとする支援魔法の威力は、《神学》スキルを有するジンケの方に分がある。

 加えて、攻めるのを一瞬でも恐れてしまったことで、ジンケにトラップを設置する余裕を与えてしまった。

 結果、環境に存在するスタイルの中でもトップクラスの近接戦性能を持つはずの《剣士型セルフバフ》が、専門の前衛職ではない《モンク》に対して、白兵戦で圧倒されてしまう形となったのだった。


『ジンケ選手、圧倒的な試合運びで第2セットを奪い取るっ!! プラム選手、一度は《トラップモンク》を攻略したかに見えましたが、ジンケ選手はさらなる切り札を隠していたああああっ!!』

『なんというスタイルだ……! 踏めば即死のトラップ・コンボ。それによる心理的な束縛。さらに加えて仕込み刀による不意打ちとは……! 一体何重の罠が仕掛けられているというのか……!!』

『果たしてこのスタイルを打ち破る方法は存在するのか!? どうなんでしょうホコノさん!!』

『……ううむ……』


 プロであるはずのホコノが、渋い声で唸って黙り込んだ。

 その反応によって、視聴者たちの多くが思う。

 もしかして、このジンケというプレイヤーは、このゲームの『解答』を導き出してしまったのか、と。


 無論、本当に強すぎるスタイルならば、使用されるスキルやクラス、魔法などが弱体修正ナーフされて、最悪、ゲームから姿を消す。

 しかしその修正は、この大会には決して間に合わない。

 予選を全勝で勝ち抜いてきた猛者たちでさえ一度として土をつけられず、トップクラスで活躍するプロゲーマーでさえすぐには対策が思いつかないそのスタイルは、間違いなく《RISE》というこの大会を蹂躙するだろう。


 あるのは興奮であり、不安であった。

 ここに来てまったく新しい強力なスタイルを作り上げてきたジンケの実力への興奮と――

 ――それによって、この大会の結果が、わかりきったものになるかもしれないことへの不安。


 だから、多くの人々が、漠然と期待していた。

 今、ジンケが生み出した驚異にして脅威のスタイル《トラップモンク》と、ただ一人相対している彼女に向けて。


 ジンケも、《トラップモンク》も、決して完璧ではないことを証明してくれ――と。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




(……どうすれば、いいの……?)


 セット間のインターバルはさほど長くはない。

 もはや互いにスタイル選択の余地はないのだから尚更だ。

 プラムのスタイルは《ブロークングングニル》。

 ジンケのスタイルは《トラップモンク》。

 トラップの設置位置を見抜く術を得て、一度は攻略したと思った。

 しかし、この大会のためにジンケが用意してきた戦法は、そのくらいで崩れるほどヤワなものではなかった。


 距離を取ればトラップを置かれる。

 接近すれば仕込み刀で圧倒される。


 トラップ・コンボという凶悪なフィニッシュブローを持っていながら、セルフバフによって安定的な白兵戦性能をも両立させているのが、絶望的に厄介だった。

 望みがあるとすれば、《ダンシングマシンガンウィザード》などの、あまり動き回る必要がない――すなわちトラップを気にしなくてもいいスタイルか。


 しかし、プラムに残されたのは、近接型のスタイルである《ブロークングングニル》のみである。

 槍と仕込み刀のリーチ差を利用すればあるいは、とも思うけれど、近接戦に恐ろしいセンスを見せるあのジンケなら、そのくらいあっさりとどうにかしてしまうんじゃないかと思えた。


(ああ……だめだ、だめだ……!)


 希望を見つけようとしても、自分自身がすぐに否定してしまう。

 プラムは、これをよく知っていた。

 配信者になる前の自分が、10年以上もの間、陥り続けた考え方。

 何かをやる理由ではなく、やらない理由ばかりを探し続けていた、友達の一人もいないぼっちの思考。

 この考え方には何の生産性もないと、プラムは知っている。

 欲しいものに自ら手を伸ばした者だけが何かを手に入れられるのだと、プラムは知っている。

 けれど、頭が切り替わらなかった。

 わかっているのに、知っているのに、できない理由ばかりが頭の中に並んだ。


 ここのところは、環境が変わって、余裕がなくて、ネガティブになっている暇なんてなかった。がむしゃらに行動しているだけでいっぱいいっぱいだった。


(なのに……なんで……なんで今……!)


 別に何が懸かっているわけでもない。

 ここで負けたって、本戦には出場できる。

 失うものなんて何もないのに――


(ああ、違う、違う……!)


 これも逃げ口上だ。

 今の自分に必要なのは言い訳じゃない。

 勝つための理由。

 闘うための理由。

 でも、時間だってもうなくて――


「ああもうっ!!」


 イライラと大声を上げて、プラムは思いっきり息を吐いた。

 いったん……そう、いったん、頭を空っぽにしよう。

 言い訳を並べ立てるくらいなら、何も考えていない方がまだマシだ。


 ぼうっと、プライベートマッチ・ルームの天井を見上げた。

 ……静かだ。

 誰の話し声も聞こえない。

 コメント欄もない。

 狭いプライベートマッチ・ルームに、プラムはただ一人だった。

 あのリスナーの女の子たちがここにいれば、励ましてくれただろうか。

 配信を開いていれば、コメントは応援してくれただろうか。

 そうやって背中を押してもらえれば、自分も前向きになれていただろうか。

 全部ないものねだりだ。

 ここにはプラムしかいない。

 自分自身、たった一人しかいない。


(……あ)


 不意に気がついた。


(そうだ……あたし、一人だから)


 誰も助けてくれない。

 誰も励ましてくれない。


 だから、自分で何とかするしかない。


 論理的帰結だった。

 反論なんてしようがなかった。

 とっくにわかっていたつもりのことだけれど、改めて理屈で理解した。

 ……だけど。

 だけど、だ。

 今、ここにいるのは一人でも。

 誰にも助けを乞えなくても。

 多くの人たちが、きっと自分を応援してくれている。

 ――そうだよね、プラム?


「……うん」


 自分で発した問いに、プラムは素直に頷くことができていた。

 それを信じられるようになったことが、このゲームを通じて得た、プラムの成長だった。


 瞼を閉じ。

 パチリと頭を切り替える。

 臆病で人見知りな簾原スモモから。

 今やトップクラスの人気を誇るゲーム配信者・プラムへと。


「よしっ!」


 声のトーンが上がり、表情が明るくなった。

 こうなったからには、プラムのやりたいことはひとつだった。


 ただ、面白い試合をしよう。

 そしてそれを、世界中の人たちに披露してやろう。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『ジンケ選手が第2セットを制しまして、現在1対1! 次の第3セットを勝利した方が、7戦全勝、予選1位の栄誉を得ます!

 解説のホコノさん、ずばりお聞きします! どちらが勝つと思いますか?』

『……現時点では、ジンケ選手に分があると言わざるを得ん。

 プラム選手の《ブロークングングニル》は、先ほどの《剣士型セルフバフ》よりは、ジンケ選手の《トラップモンク》に対抗しうるスタイルではあるだろう。

 しかしそれでも、ジンケ選手の実力を加味すれば、天秤がどちらに傾くかは明らかだ』

『ではジンケ選手が勝つと?』

『形勢は彼に傾いていよう。……だが、勝負は、やってみるまでわからぬものだ』


 プロゲーマーが重々しく呟いた言葉は、強い説得力を宿していた。


『そうですね……! 確かに、やってみるまでわかりません!! やってみましょう!! というわけで!!

 第7回戦、最後の全勝対決! ジンケ選手VSプラム選手! 第3セットを開始します!!』


 闘技場に《魔蝕大樹霊の剣枝》に見せかけた《シダ院の戒杖刀》を持ったジンケが姿を現した。

 時を同じくして、《獣王牙の槍》を持ったプラムも姿を現す。

 直後、何を思ったのか、カメラがプラムの表情をアップにした。


『あっ……』

『ほう……』


 その瞬間、実況解説の二人が、かすかに目を見張る。

 プラムの顔が、綻んでいたのだ。

 見ているだけで嬉しくなってくるくらい、楽しそうに。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 プラムの顔を見た瞬間、オレも返すように笑う。


「……そうだな。楽しむとしようぜ、お互いに……!」


 オレは杖を構え、プラムは槍を構える。

 正真正銘、今日最後の闘い。

 賭けるのはたった一つ、予選1位の名誉のみ。

 どちらかが勝つ代わりに、どちらかが負けるだろう。

 オレとプラムのどちらが勝ち、どちらが負けるのかは、この時点ではまだわからない。

 しかし、今の時点で、確実に言えることが一つだけあった。


 この試合が終わった後、オレとプラムは、笑って握手をするだろう。


 さて、闘いゲームを始めよう。

 今この瞬間を、ただ楽しく過ごすためだけに。


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